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アドバンス・ケア・プランニング推進のための共通ICTプラットフォーム構築 ―どこで療養していても高齢者本人の意思が尊重される社会作り―

三浦 久幸(みうら ひさゆき)

国立長寿医療研究センター在宅医療・地域医療連携推進部長

令和4年度長寿科学研究者支援事業「長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」採択プロジェクト

 長寿科学振興財団では、「長生きを喜べる長寿社会の実現~生きがいのある高齢者を増やす~」を主課題として掲げ、その実現のために課題解決となる研究開発・社会実装を行い、政策提言に向けた助成事業を行っています。本稿は令和4年度長寿科学研究者支援事業「長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」にて採択したプロジェクトの代表者に執筆いただきました。

はじめに

 このたび、公益財団法人長寿科学振興財団長寿科学研究者支援事業「令和4年度長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」の公募事業に採択されたプロジェクトにつき報告する機会を得たので、以下にこのプロジェクトの背景、プロジェクト概要、プロジェクトによって実現される社会等をまとめた。

長寿社会の問題点

 日本は超高齢社会となり、複数の慢性疾患や老年症候群を有する高齢者が増えており、治す医療から治し支える医療へのパラダイムシフトが進められている。高齢者の増加とともに2030年には全国の死亡者数が年間160万人を超える多死社会を迎えようとしている。このような中、「自宅で最期を迎えたい」など、自分の望む形での療養を続け、人生の最終段階において受ける医療やケアについても自分の意思を反映したいという高齢者が増えている。高齢者の意向に沿った医療・ケアの実現には、高齢者本人への意思決定支援、すなわちアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の充実は最も重要な課題である。

 現在、国は「人生会議」という愛称を作り、全国的な市民啓発活動を進めている。この一方で、ACPの重要な推進役である医療・ケアの専門職においては、この重要性の認識は広がってはきているものの、実践している現場は極めて限定的である。この要因の1つには、ACPの活動においてどのような情報を把握・共有するか、という基本的なポリシーの不足に加え、たとえ情報が得られたとしても、高齢者本人の意思を情報共有する仕組みがないため、療養場所・環境が変わることで、本人の意思が把握できなくなるという状況がある。特に救急医療においては、事前の意思を確認できないため高齢者本人の意思に反して救急搬送や蘇生処置を受ける高齢者が後を絶たない。

 この事前意思の共有化については、国内では病院や診療所の電子カルテ間や地域ICT(情報通信技術)システム等との共通基盤(プラットフォーム)がなく、救急隊だけではなく医療機関同士もICT連携がなされていない。慢性疾患を有する高齢者は疾患の進行とともに、在宅、病院、施設と療養場所が変わる人も多く、どこで療養していても高齢者本人の意思が尊重される社会の実現は喫緊の課題である。

プロジェクト立案のきっかけ

 著者らはACPの実践や啓発活動を国内で先駆けて行ってきた。2014、2015年に著者らが中心に開発したACPの研修プログラム(E-FIELD)は全国的な研修で用いられた。2018年からは国際的に標準的に用いられている共有意思決定支援(Shared Decision Making: SDM※1技能をACPプログラムに組み込んだ国内初のSDMACPを統合した研修プログラムを開発し、1,000名以上の研修を行い、この研修効果を報告している1)。この研修の参加者の実践における最大の課題が、患者意思の情報共有システムの欠如であり、この共有システムの構築を早急に行う必要性に迫られていた。

※1 「共有意思決定支援(Shared Decision Making: SDM)」とは、患者と医療やケア専門職の2名以上の人が協力し意思決定を行うプロセスのこと。患者と医療やケア専門職間の情報の共有と決定の共有を重要視し、意思決定の質評価は意思決定のプロセス(どのように決めたのか)で行う。(国立長寿医療研究センターホームページより引用)
共有意思決定支援 国立長寿医療研究センター(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年12月16日閲覧)

 このような折、長寿科学振興財団の公募が出たのを機会に、共有システムの構築を進めたいと考えたが、国内ではよい先行事例がなく、海外の医療DX※2に精通している国際社会経済研究所の遊間和子氏(本プロジェクトのプロジェクトマネージャ)に情報提供を求めた。その結果、英国の一部の地域では、救急隊を含む多機関連携が実現されており、このシステムを応用すれば国内への導入が可能であるという情報を得た。さらにシステム構築においては、国内で「終活クラウド」として、終活に関わる情報をICTにより管理・共有するようなシステム構築を進めていた日本電気株式会社(NEC)(共同プロジェクトチーム)の協力が得られた。

※2 「医療DX」とは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることと定義できる。(厚生労働省より引用)
医療DXについて 厚生労働省(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年12月16日閲覧)

 現場のACPの研修システムを保有する国立長寿医療研究センターと医療情報ICTシステム構築の実績があるNECがタッグを組むことで、目的を達成できる可能性が高いと考え、今回のプロジェクトを立案した。

プロジェクトの概要(図1、2)

 ACPの活動により把握した本人の医療・ケアに関する意思の共有化については、国内では病院、診療所の電子カルテ間や地域ICTシステム等との共通基盤(プラットフォーム)がなく、救急隊はおろか、医療機関同士もICT連携がされていない。このような課題に対し、英国では「本人意向」共有の共通基盤を先行し構築している。NHSイングランドは、患者の終末期ケアに関する情報共有システムである「電子緩和ケアコーディネーションシステム:Electric Palliative Care Co-ordination Systems(EPaCCS)」(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)2)を構築し、2008年からのパイロットの効果検証で、緊急入院を減少させる等の効果が得られたことで全国展開を進めている。このEPaCCSの中で、ロンドン地域で展開されているCoordinate My Care(CMC)3)は、聞き取りで得られた患者情報を、診療所の電子カルテ、二次病院や救急、ホスピス等で使われているシステムにApplication Programming Interface(API)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)で提供することにより、救急隊も含めた情報共有プラットフォームを構築している。このため、本研究は、日本版CMCというべき、国内の共通ICTプラットフォーム構築をめざすために計画した。

 著者らはこれまで、ACPの実践、人材育成、ACPに関する指針・提言等の発出など国内のACP推進に積極的に関わってきた。ACPの情報収集におけるデータセット作成については著者らを中心とした国立長寿医療研究センターが担う。また、日本版CMCというべき、共通プラットフォーム構築については、NECが協力する。NECでは英国の行政システム開発を行うNECソフトウェアソリューションズUKを擁することから、英国におけるシステムの情報収集が容易であり、また、国内では人生の最終段階において本人意思の尊重・共有を目的とした「終活クラウド」のシステム検討を進めてきた実績がある。英国のEPaCCSおよびCMCのシステム構成要素やあり方を調査、研究し、その知見を基に国内の状況にあったプラットフォーム構築を進める。

 今後、日本ではマイナンバーカードの保険証利用やマイナポータルと医療や保健、保険情報の連結などが進められる。このマイナポータルに、正確な共有意思決定支援技能を持つ医療や介護専門職が患者と共有した患者固有のACP情報を連結されることで、既往歴やヘルスレコードと同等に、その患者の価値観や療養嗜好やアイデンティティーを支える情報を位置づけることが可能となる。この取り組みは、患者のQOLに密接に関わる患者の価値観よりも病名が重要な情報とされている現在の社会価値基準から、その患者の支援において患者のQOLに密接に関わる患者の価値観情報も病名と同等に重要な情報であるという認識へ社会の価値観を変え、ケアの中心軸を変化させる取り組みである。

図1、プロジェクトの初期ステージのゴールイメージを表す図。
図1 初期ステージのゴールイメージ
図2、プロジェクトの最終ステージのゴールイメージを表す図。
図2 最終ステージのゴールイメージ

プロジェクト推進の方針

  1. 患者の治療やケアの意思決定に関わる専門職に対して、ACPの基本技能であるSDM技能訓練を受けられる場を確保する。
  2. 患者の治療やケアの意思決定に関わる専門職の意思決定の質を評価し指導、支援する専門職ネットワークを構築する。
  3. SDMおよびACP実践ができる専門職を確保する地域では、患者の人生ゴールや価値観などACP情報のICT共有と同時に、各療養場所で行われた意思決定の際に得られた患者の価値観、価値基準に関する情報を蓄積し、地域で共有する環境を整備する。
  4. ICTで共有された患者の価値観や価値基準に関する情報、ACP情報を基盤として、コミュニケーションがむずかしくなった高齢者に対して、ケア専門職はチームで患者の価値基準に基づく意思決定を支援する。
  5. 個々人の情報のプラットフォームに患者のACP情報を連結させ、その高齢者の価値観に基づく支援サービスの提案を行い、療養を支援する関係者がその情報を用いて高齢者の価値観に基づく生活の支援が可能な社会実装を行う。

プロジェクトによって実現される社会

 国内では病院や診療所に複数の電子カルテが乱立していることから、医療や介護に関する情報には共通基盤がなく互換性や情報の継続性に乏しい。地域包括ケア体制が推進されているが、地域医療情報ネットワークの整備の遅れから、病院や診療所の医療情報とは連携されず、情報が分断されている。今回、医療情報交換のための新しい標準規格として注目されているHL7 FHIR※3をベースに、高齢者の意向を共有する「ACPクラウド」を構築し、API連携することで、本人意向の地域での共有化が実現できる。

※3 「HL7 FHIR」については、「HL7 FHIRに関する調査研究の報告書」(厚生労働省)を参照。
HL7 FHIRに関する調査研究 厚生労働省(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年12月16日閲覧)

 今後日本で進められるヘルスレコードと個人番号情報との連結、個々人の情報プラットフォーム化が進められる動きと連動して、高齢者本人の意向や人生のゴール、価値観という情報と生活を支える買い物情報や、水道ガス電気などの生活環境のあらゆる情報と連結することにより、暮らすことと健康に生きること、自分らしく療養することを一体的に支えられる新たなサービスの創出や社会的価値を生み出すことにつながる。

 共有ICT基盤の構築により、どこで療養していても本人意向に沿った治療・ケア、緩和ケアが実践できる。最期の療養場所についても本人の意向に沿った実践ができ、結果として、本人の望まない緊急入院等が減少できる可能性がある。

 8050問題や独居高齢者の増加など、世帯が社会から孤立する問題が増加している日本において、1人ひとりの高齢者が生活圏内の信頼できる人との間で確認された価値観情報を統合し、社会と共有できる体制を整えることは、この国の国民が信頼と安心感を持ち、この国で最期まで暮らし続けることができることにつながる。

文献

  1. Goto Y, Miura H, Yamaguchi Y, Onishi J.: Evaluation of an advance care planning training program for practice professionals in Japan incorporating shared decision making skills training: a prospective study of a curricular intervention. BMC Palliat Care. 2022; 21(1): 135.
  2. Millington-Sanders C, Nadicksbernd JJ, O'Sullivan C, et al.: Electronic palliative care co-ordination system: an electronic record that supports communication for end-of-life care-a pilot in Richmond, UK. London J Prim Care (Abingdon). 2013; 5(2): 106-110.
  3. NHS. Coordinate My Care-digital urgent care planning service.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年12月16日閲覧)

筆者

みうらひさゆき氏の写真。
三浦 久幸(みうら ひさゆき)
国立長寿医療研究センター在宅医療・地域医療連携推進部長
略歴
1984年:山口大学医学部卒業、1990年:ドイツゲッティンゲン大学研究員、1993年:名古屋大学大学院医学系研究科修了(医学博士)、1994年:岡崎国立共同研究機構生理学研究所助手、1995年:名古屋大学医学部老年科医員、2006年:国立長寿医療センター外来診療部外来総合診療科医長、2012年:同 在宅連携医療部長、2019年より現職
専門分野
老年医学、臨床倫理学、在宅医学
過去の掲載記事
Aging&Health 2021年 第29巻第4号(PDF)(新しいウインドウが開きます)
Aging&Health 2018年 第27巻第3号(PDF)(新しいウインドウが開きます)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第31巻第4号(PDF:5.3MB)(新しいウィンドウが開きます)