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派遣報告書(小島理志)

派遣者氏名

小島 理志(こじま さとし)

所属機関・職名

埼玉県立大学院保健医療福祉学研究科 保健医療福祉学専攻 博士前期課程

専門分野

リハビリテーション学

参加した国際学会等名称

Osteoarthritis Research Society International Annual Congress 2025(OARSI2025)

学会主催団体名

Osteoarthritis Research Society International (OARSI)

開催地

大韓民国 仁川

開催期間

2025年4月24日から2025年4月27日まで(4日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

The Location of Bone Marrow Lesion in Healthy Elder Subjects Related to Distinctive Gait Kinematics and Kinetics

健常高齢者における骨髄病変の位置と歩行運動学的特徴との関連性

発表の概要

目的

 変形性関節症(Knee Osteoarthritis;膝OA)は、関節組織全体の変化を伴う関節全体の疾患である。膝OAにおける退行性変化の原因は複雑で、相互に関連する生物学的、力学的、構造的経路が関与しており、特に発症に関して力学的ストレスは主要な検討事項となっている。その病態については磁気共鳴画像法(MRI)により、関節組織の病理学的変化の全領域を検出することができる。臨床的には、膝OA者では関節軟骨変性に先行して、MRI画像より骨髄病変(BML)が時折認められる。BMLは膝OA進行の指標に一つであり、関節部における構造的悪化の重要な危険因子である。そのため、我々は、BMLは関節軟骨変性とは異なる特徴的な歩行パターンから生じる機械的ストレスによって形成されると仮説を立てた。本研究では、膝OA発症前および発症初期におけるBMLの定量的データと、バイオメカニクス的歩行パラメータとの関係を明らかにすることを目的とした。

方法

 50歳以上の膝OA者16名を対象に、3.0テスラMRIスキャナー(GEへルスケア社製)を用いてMRI撮影を行った。MRI画像に基づき、BMLを伴う軟骨変性(K-L2,3)を有する群(OAg)、レントゲン上、変形性膝関節症の診断を伴わない群は、大腿骨関節にBMLを有する群(FTg)、膝蓋大腿関節にBMLを有する群(PFg)に分けた。その後、参加者は、フォースプレート(Bertec社製)を装着したトレッドミルで、快適歩行速度で歩行計測を行った。マーカーの動きは、3D動作解析システム(VICON)を用いて記録した。関節角度とモーメントは、最適共通形状法(OCST)を用いて対称回転中心推定法(SCoRE)と対称回転軸アプローチ(SARA)という方法により算出した。BMLは、プロトン密度脂肪抑3DFastSpinEcho画像上で、骨端骨髄の信号強度が増加した縁どりの乏しい領域と定義した。

結果・考察

 歩行試験中、痛みや不快感を訴えた参加者はいなかった。OAgの平均グレードはK-L分類の2であった。OAgでは、1名を除くほとんどの症例でFT関節とPF関節の両方でBMLが確認された。FTgでは、立脚相の可動域が制限され、膝関節屈曲モーメントが大きかった。これらの結果は、関節接触部にかかるモーメント圧縮力が他の群よりも高い可能性を示唆している。しかし、FTgのBML容積はOAgより有意に小さく、BML容積はOAの進行に伴って増加することが示唆された。OAgの最小膝関節屈曲モーメントは他の群より大きかった。このことは、OAg群では膝関節に一定の屈曲モーメントが加わっていたことを示唆しており、OAが進行する過程で、力学的ストレスが蓄積され、BML病変が誘導された可能性を示している。このような変化は、脛骨の構造的弱性を誘発すると考えられ、そのメカニズムを詳細に明らかにするためにはさらなる研究が必要である。PFgでは、最大屈曲角度と最小屈曲角度がFTgやOAgよりも大きくなっており、これは可動域がより屈曲側にシフトしていることを意味している。つまり、PF関節にかかる機械的な力は屈曲位でかかっていた。その結果、BML量はFTgと同様にOAgの方が大きかった。本研究のまとめとして、OAの進行過程における機械的ストレスの増加により、BML体積が増加することが示唆された。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 本ポスター発表では、まず、「BMLの定量化方法」に関する質問があり、MRI画像処理における閾値設定やROIの作成方法について説明を求められた。現在病変のROI作成は手動で行なっているものの自動的に処理する技術を今後学ぶ予定である。また、「歩行解析で得られた関節モーメントの算出法」に関して、VICONを用いた歩行解析に一般的に用いられているplug in gait(PIG)と異なるモデルを用いているため、今回使用した関節中心推定法のSCoREやSARAの内容について質問があった。これは股関節と膝関節の単関節運動を計測して計測したマーカー軌道などから詳細に関節中心と回転軸を算出できる方法であり、本研究において膝関節の詳細な運動を見る上で、有用なモデルであったため使用に至った。また今後の縦断的研究の必要性についても意見が交わされた。

会場外観
発表会場
ポスター発表を見学する来場者

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 本研究は、変形性膝関節症(Knee Osteoarthritis;膝OA)の早期病態に着目し、MRIによる骨髄病変(BML)の定量化と歩行時のバイオメカニクス的指標との関連を明らかにしようとするものである。膝OAは本邦の高齢者における罹患率は極めて高く、要介護の一因となる主要な運動器疾患の一つである。その進行により日常生活動作(ADL)の制限、活動量の低下、転倒リスクの増大、さらにはフレイルやサルコペニアとも関連しているため、健康寿命の短縮につながる。

 本発表の成果は、日本の長寿社会における健康寿命延伸に対して、次のような点で貢献する。第一に、従来はX線画像による構造的変化の評価が中心だった膝OAに対し、MRIを用いたBMLの評価を加えることで、より早期かつ詳細な病態把握が可能になる。BMLは軟骨変性に先行して出現することが多く、進行予測のバイオマーカーとして有望である。本研究は、BMLの存在と歩行時の関節モーメントとの関連を示したことで、単なる画像所見にとどまらず動的な機械的ストレスの蓄積という観点から予防介入の可能性を示唆する。

 第二に、バイオメカニクスに基づく歩行パラメータの解析は、運動療法や装具療法の個別最適化につながる。特に本研究が明らかにしたように、関節部位ごとのBMLと歩行中の負荷特性の関係が明確になれば、個々の病態に応じた運動指導が可能となる。これにより、OAの進行抑制や痛みの軽減が期待でき、結果として運動機能の維持・回復が促進される。

 第三に、こうした知見は、地域医療や介護予防事業における新たな科学的根拠として活用される。たとえば、定期的なMRI検査や歩行計測によるスクリーニング、個別化された運動介入プログラムの開発など、多職種連携による予防・介入戦略の立案に資する情報を提供できる。

 以上のように、本研究は加齢に伴う運動器疾患の理解と対応を深め、日本の長寿科学において「病気を治す」から「病気を予防し、生活機能を維持する」方向へと医療の重心を移す重要な一歩である。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Holmes Skylar
所属機関、職名、国名
Stanford University, PhD, Radiology,USA
発表題目
KNEE EXTENSOR MUSCLE FATIGUE ALTERS GAIT MECHANICS AND ACTIVATION PATTERNS IN OLDER ADULTS WITH KNEE OSTEOARTHRITIS/膝伸筋の疲労は変形性膝関節症の高齢者の歩行メカニズムと活動パターンを変化させる
発表の概要
本発表は、変形性膝関節症(KOA)患者における筋疲労後の歩行メカニクスと神経筋応答を健康な高齢者(OH)と比較することで、KOAの運動機能低下の一因を明らかにすることを目的とした研究である。30分間の歩行負荷(30MTW)に対し、KOAはOHよりも筋力が弱いにもかかわらず、筋疲労の程度は同程度であった。KOA群では、歩行時のバイオメカニクス戦略はOH群と差がないにもかかわらず、伸筋優位の共活性化パターンが亢進していたため、筋疲労に対する神経筋反応は異なっていた。このことは、KOAが関節の安定性を保つために、より多くの神経筋的代償戦略を必要としていることを示唆している。
この知見は、KOAの進行を抑えるためには、単なる筋力維持ではなく、疲労耐性や筋の協調活動を含めた神経筋機能全体の評価とトレーニングが重要であることが示された。また、活動後に見られる共収縮パターンの変化を把握することで、転倒リスクの評価や運動指導の個別最適化にもつながる。
将来的には、歩行負荷に応じたリハビリプログラムの開発や疾患進行を予測する指標としての神経筋応答評価の実用化が期待され、長寿社会における運動器の予防医学に大きく貢献する成果といえる。

発表者氏名
Burt Kevin
所属機関、職名、国名
University of Pennsylvania, PhD, USA
発表題目
Multi-Model Evaluation of the Impact of CD14 on Synovial Inflammation & Pain During PTOA/PTOA時の滑膜炎症および疼痛に対するCD14の影響に関するマルチモデル評価
発表の概要
本発表は、変形性膝関節症(OA)の炎症性疼痛に関与する分子メカニズムとして、免疫共受容体CD14の役割に着目し、CD14の阻害が外傷後OA(PTOA)モデルにおける疼痛および炎症反応を軽減することを明らかにした研究である。マウスモデルを用いた実験により、CD14遺伝子欠損や抗CD14抗体の関節内投与によって、膝の痛覚過敏や自発痛、体重負荷の非対称性が有意に改善され、CD14がOAにおける疼痛の制御において重要な役割を果たしていることが示唆された。さらに、空間的な免疫表現型解析およびシングルセルRNA解析により、CD14の欠損が滑膜内の免疫細胞・線維芽細胞・血管細胞の構成にも大きな影響を及ぼすことが示された。
この成果は、OAに対し、炎症と疼痛に着目した新たな分子標的治療の可能性を示すものである。現在、OAの治療は主に対症療法に限られており、疾患修飾性の治療戦略は限られている中、本研究の知見は根本的な病態進行の抑制や疼痛制御に資する新薬開発につながる。また、炎症に基づく疾患進行の理解を深めることで、個別化医療や高齢者に適した低侵襲な治療戦略の構築が期待され、日本の長寿社会において健康寿命の延伸に大きく寄与する可能性を持つ。

発表者氏名
Margain Paul
所属機関、職名、国名
Centre Hospitalier Universitaire Vaudois and University of Lausanne, Department of Musculoskeletal Medicine,PhD, Switzerland
発表題目
An automated pipeline for standardized cartilage thickness map: creation and sharing of a dataset for the entire Osteoarthritis Initiative (OAI)/標準化された軟骨厚さマップの自動パイプライン:変形性関節症イニシアチブ(OAI)全体のデータセットの作成と共有
発表の概要
本発表は、変形性膝関節症(膝OA)の主要な構造的バイオマーカーである軟骨厚(Cartilage Thickness,CTh)を高精度かつ標準化された手法で大規模かつ効率的に可視化・定量化するための自動化パイプラインを開発したものである。Osteoarthritis Initiative(OAI)データセット全体(n=4,796人,8時点)に適用可能な3D U-Netベースのセグメンテーションと位置合わせによる標準化プロセスを組み合わせ、再現性の高い2D CThマップの作成を実現した。さらに、ディープラーニングによる「遡及的CTh再構成フレームワーク」を開発し、過去に撮影されたMRIから発症前のCThマップを予測する新しい可能性を示した。
この技術的進展は、膝OA研究に対して多面的に寄与する。まず、従来のX線や粗大なMRI指標では把握できなかった局所的な軟骨構造変化を標準化されたマップで空間的・時間的に詳細に解析できるようになり、発症予測や進行メカニズムの解明に資する高解像度データを提供する。次に、発症前の状態を高精度に再現できる手法は、OAの初期病態における軟骨変化の特定や評価において強力なツールとなる。また、OAI全体へのスケーラブルな適用が可能であるため、他施設研究や国際的な比較研究への展開も容易である。
さらに、本研究が提供するCThマップのオープンアクセスは、研究者コミュニティにとって膝OAのビッグデータ解析の基盤を形成し、AIモデルの訓練やリスク評価アルゴリズムの開発を加速させる.これにより、より精密かつ予防的なOA医療への転換が期待される。