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令和元年度若手研究者表彰事業 長寿科学賞受賞者について

長寿科学振興財団長寿科学賞第20回若手研究者表彰式の写真

 令和元年度若手研究者表彰事業における「長寿科学賞」受賞者2名が決定し、令和元年12月26日(木)名古屋マリオットアソシアホテルにおいて、第20回若手研究者表彰式を行いました。受賞者には表彰状、表彰盾、副賞(研究費100万円)が贈呈されました。受賞者とその研究概要は以下のとおりです。

(1)受賞者氏名

中村 修平 氏

所属機関・職名

大阪大学大学院医学系研究科/高等共創研究院 准教授

研究課題名

加齢によるオートファジー低下機構の解明

研究期間

平成29年度~令和元年度

研究内容及び研究成果の概要

 老化がなぜおこるのか、寿命がどうやって決まるのかは科学的にはまだよくわかっていません。しかし、最近の研究で老化や寿命も遺伝子や環境によって「制御」されていることが少しずつ分かってきました。例えばカロリー制限や、インシュリンシグナルの抑制、生殖細胞の除去などで動物の寿命が延びることが動物を使った実験で示されています。興味深いことにこれらの処置を行うと、どの場合も細胞内分解システムであるオートファジーが活発化しています。そしてオートファジーを働かないようにした動物ではそのような処置をしても寿命が伸びません。つまり、オートファジーが寿命を決める鍵を握っていることが示唆されます。オートファジーとは、自らの細胞内の構成成分を分解するしくみを指し、2016年に大隅良典博士がノーベル医学生理学賞を受賞されて以来大きく注目されています。近年の研究より、オートファジーの多彩な生理機能が明らかになってきており、最近では個体の老化や寿命の制御にも重要な役割を果たすことが示唆されていますが、その制御や機能は不明な点が多く残っています。一方、近年の研究結果から、加齢に伴い多くの動物でオートファジーが低下することが分かっています。その原因を突き止めてオートファジーの低下を防ぐことによって、寿命の延長が期待できます。我々は加齢に伴うオートファジー低下のメカニズムを明らかにするために、Rubiconというオートファジーの負の制御因子に着目し解析を行いました。するとRubiconが加齢に伴い、線虫、ショウジョウバエ、マウスの組織で増加することを見出しました。次に、Rubiconを抑制するとオートファジーの活発化がみられ、線虫やショウジョウバエでは寿命の延長が、またマウスでは加齢性の表現系が改善することを明らかにしました。これらの結果は、Rubiconの増加が加齢に伴うオートファジー低下の要因の一つであり、個体老化を加速していることを示唆しています。今後Rubiconをターゲットにすることで健康寿命の延伸が期待されます。

代表論文

Nakamura, S., et al., Suppression of autophagic activity by Rubicon is a Signature ofaging. Nat. Commun. 10,847,(2019)

写真2:長寿科学振興財団長寿科学賞第20回若手研究者表彰式の中村修平先生の受賞風景写真

(2)受賞者氏名

間野 達雄 氏

所属機関・職名

東京大学医学部附属病院 助教

研究課題名

Alzheimer病剖検脳の神経細胞特異的メチル化解析から明らかになった、神経変性におけるDNA傷害蓄積の重要性

研究期間

平成23年度~平成29年度

研究内容及び研究成果の概要

 Alzheimer病は最大の孤発性神経変性疾患で、高齢化社会における健康長寿を考える上で喫緊の課題である。これまでの研究から、遺伝的背景に加え、加齢そのものが最大のリスク因子であることや、アミロイドβ(Aβ)やリン酸化タウが病態に重要であることはわかっていた。一方で、これらの物質をターゲットとした治療法開発は難航しており、神経変性の分子生物学的な実態を明らかにする必要があった。

 加齢をはじめとした後天的な発症要因が、病態の主座である神経細胞のエピゲノムに反映されていると考え、神経細胞のゲノムDNAのメチル化修飾プロファイルを解析した。この際に、脳組織全体を解析に用いると脳以外の細胞の情報が多く含まれてくることが問題であったため、脳組織から神経細胞の核のみを集めて解析した。

 Alzheimer病の神経細胞において、BRCA1プロモーター領域に低メチル化を認め、メチル化変化に一致して、脳内BRCA1量は増加していた。一方で、進行期Alzheimer病では、BRCA1は不溶化しており、細胞質に異所性に沈着していた。BRCAIAlzheimer病の脳内で発現誘導されたが、機能異常に至っていると想定された。

 BRCA1はゲノムDNAの修復に重要な遺伝子である。初期Alzheimer病ではAβの細胞毒性によりDNA傷害が誘導されるが、BRCA1によって十分に修復され、神経細胞機能は保たれていることがわかった。一方、進行期Alzheimer病ではBRCA1は不溶化リン酸化タウとともに共凝集して機能喪失していた。DNA修復タンパクBRCA1の機能喪失からAlzheimer病の神経細胞ではDNA修復機構が破綻しており、その結果として、DNA断片化の蓄積、および神経細胞の可塑性低下が観察された。

 従来の治療ターゲットであったAβおよびリン酸化タウは、病態において重要ではあるものの、本研究から、直接に神経細胞の機能を悪化させているのはDNA修復機構の破綻であったことを明らかにした。進行期ADではすでにAβおよびリン酸化タウはすでに蓄積しており、今回の知見は、神経細胞の機能を維持・回復させる直接的な治療ターゲットとして期待される。

代表論文

Mano T, Nagata K, Nonaka T, Tarutani A, Imamura T, Hashimoto T, Bannai T, Koshi-Mano K, Tsuchida T, Ohtomo R, Takahashi-Fujigasaki J, Yamashita S, Ohyagi Y, Yamasaki R Tsuji S, Tamaoka A, lkeuchi T, Saido TC, Iwatsubo T, Ushijima T, Murayama S, Hasegawa M, Iwata A. Neuron-specific methylome analysis reveals epigenetic regulation and tau-related dysfunction of BRCA1 in Alzheimer's disease. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2017;114(45):E9645-E54.

写真3:長寿科学振興財団長寿科学賞第20回若手研究者表彰式の間野達雄先生の受賞風景写真