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ユニバーサル・フレンドリ・ファシリティが認知症の人と地域住民の社会参加向上とスティグマ軽減、ウェルビーイング向上にもたらす効果検証

採択状況

プロジェクトリーダー氏名所属団体・部署・役職プロジェクト名分類助成額
斎藤 民 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部 部長 ユニバーサル・フレンドリ・ファシリティが認知症の人と地域住民の社会参加向上とスティグマ軽減、ウェルビーイング向上にもたらす効果検証 A:探索研究(研究期間:令和5年度から令和6年度)
1年目
令和5年度:10,000,000円

プロジェクトリーダー

写真:さいとうたみ氏の写真。
斎藤 民(さいとう たみ)
国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部 部長
国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
略歴
2000年:東京大学大学院医学系研究科博士課程中退、博士(保健学)、東京大学大学院医学系研究科助手(制度改変後、助教)、2010年:ミシガン大学客員研究員、2012年:国立長寿医療研究センター室長、2019年より現職
専門分野
疫学、公衆衛生学、社会老年学
財団刊行物掲載記事
Aging&Health 2021年 第26巻第2号 特集 高齢者の孤立を考える 独居・老老世帯の「危機」を支える周囲の役割(新しいウインドウが開きます)

プロジェクト概要

はじめに

 認知症の人は2025年には約700万人と推計され、今や少なくとも日本人の20人に1人は認知症を有するといえる。認知症を治す根本的な治療法は現時点ではまだ確立していないため、高齢になるにつれて有症率の高まるひとつの慢性疾患として、うまく付き合いながら、可能な限り豊かに過ごし続けられる方策を検討することが重要である。外出や他者との交流、地域でのグループ活動、ボランティア等社会貢献、就労等のいわゆる社会参加は、国が推進する「認知症施策推進大綱」にも明記され1)、認知症になっても幸福で健康に生きる(ウェルビーイング)ための重要な要素のひとつである2)。今後も世界的に認知症の人が増加する中、認知症になっても社会参加し、ウェルビーイングでいられる社会を実現することが重要と考えられる。

なぜこのプロジェクトが必要なのか?

 認知症になると記憶や遂行、判断、見当識等の障害から、社会生活に支障を生じ、社会参加がより困難となる。実際にこれまでの研究では、認知症診断前後では、他者との交流が半数以下に低下するという報告がある3)

 一方、社会が認知症の人の参加を困難にしている側面も否定できない。認知症の人が診断を受けると、患者や要介護者としてケアや支援を受けることにより重きが置かれ、社会と関わり続ける生活者としての視点が必ずしも重視されていない場合がある。これまでの研究では、認知症の人の社会参加に関連する環境的要因として、道路標識・レイアウト等の物理的環境や、周囲の理解や支援等の人的環境要因が関与する可能性が報告されている4),5)。「認知症になればおしまい」という声は社会に根強く、認知症に対するネガティブな意識の問題は深刻である。実際には認知症と診断された時点では、多くの人が周囲との交流や外出が可能な状態にある。ところが周囲による過剰な心配や不安により、社会参加を損なうケースも珍しくない。例えば、軽度認知障害や認知症の人とその家族を対象とする外出についての意識調査では、実際に外出した認知症の人の経験に比べ、「歩行中の転倒」「交通事故」など家族の方が不安を抱える可能性が報告されている6)

 このような認知症に対する偏った思い込み等のネガティブな意識を「認知症スティグマ」と呼ぶ。前述の通り、認知症スティグマのうち、周囲の人が認知症や認知症の人に対して抱くネガティブな意識(パブリック・スティグマ)はよく知られる。さらにそのネガティブな意識が内在化して、認知症の人本人(セルフ・スティグマ)や家族(アフィリエイト・スティグマ)が抱くスティグマも、パブリック・スティグマと同様に、認知症の人の社会からの孤立や援助希求行動の妨げ、抑うつや不安などさまざまな悪影響を及ぼす可能性がある7),8)

 世界保健機関(WHO)は認知症スティグマの解消を2025年までの行動計画に位置づけており9)、現在世界的な課題となっている。認知症スティグマはどのようにすれば改善するのだろうか。これまでの介入研究では、認知症や認知症の人に対する理解と認知症の人やその介護者との交流促進がスティグマ軽減に関連する可能性があると報告している10)。わが国では認知症サポーター養成講座が幅広く実施されており、認知症や認知症の人に対する理解の促進に一定の役割を果たしているといえる。しかしながら、「感情を持つ生活者」としての認知症の人と交流する機会は、家族など親しい相手が認知症でない限り、必ずしも多くはない。近年では、認知症の人がさまざまな啓発活動の中で当事者の声を発信している。このような認知症の人との直接的な交流促進がスティグマの軽減に有効な可能性がある。

誰もが社会参加できる地域づくりを目指して

 筆者らは、長寿科学振興財団からの研究助成を受けて、2023年4月より「ユニバーサル・フレンドリ・ファシリティが認知症の人と地域住民の社会参加向上とスティグマ軽減、ウェルビーイング向上にもたらす効果検証」というプロジェクトを開始した(図)。このプロジェクトは、認知機能障害の特性をはじめ、さまざまな利用しづらさを解消した施設を開発し、認知症の人を含めた地域住民同士の肯定的交流を促進することにより、認知症スティグマの軽減、最終的には地域の人々のウェルビーイングの向上を目指している。今回開発する施設の特徴として「ユニバーサル」「環境づくり」「産官学民連携」という3点が挙げられる。

図、「ユニバーサル・フレンドリ・ファシリティが認知症の人と地域住民の社会参加向上とスティグマ軽減、ウェルビーイング向上にもたらす効果検証」プロジェクトのコンセプトを表す図。
図 プロジェクトのコンセプト

アプローチ①:認知症フレンドリから「ユニバーサル・フレンドリ」へ

 「ユニバーサル・フレンドリ」というのは筆者が本プロジェクトのコンセプトを表現するために用いた造語である。これまで「認知症フレンドリ」と呼ばれるさまざまな取り組みが全国各地で行われてきた。例えば認知症フレンドリなスーパーマーケットが国内外で紹介され、比較的利用客の少ない時間帯に、ボランティアが買い物をサポートしたり、スローレーンを設ける仕組みである。これらの「本人支援」あるいは「本人と家族支援」が果たしてきた役割は大きい。本プロジェクトの「ユニバーサル・フレンドリ」アプローチはこれらをさらに一歩進め、「認知症の人にもそうでない人にも」フレンドリな施設づくりを目指す。

 医療・介護・保健の領域の事業では、「ハイリスク」と「ポピュレーション」の両アプローチがある。例えば介護予防事業の場合、当初は要介護リスクが高い特定の対象者のみを抽出し、予防教室に勧奨する「ハイリスク・アプローチ」が採用されていた。しかし、こうしたハイリスク者限定の事業では、対象者を「ハイリスク」とラベル付けするリスクのためか、参加者が少ない課題がみられた。一方「ポピュレーション・アプローチ」は、誰でも参加できるタイプの事業である。その代表的事業である「通いの場」には、かえってハイリスクの人が多く参加していたという事例も報告されている11)。ハイリスクまたはポピュレーション・アプローチのいずれが優れているかは実際には難しい議論であり、疾患や状態像による場合分けが必要なことも多い。しかし少なくとも社会参加においては、環境の側面から徹底的に参加しやすい施設をつくることにより、認知症の人や、認知症ではなくともこれまで参加しづらさを抱えていた人々の行動変容を促進することが期待される。さらに肯定的交流を促進する働きかけが加わると、スティグマ軽減にもつながる可能性がある。

アプローチ②:「0次予防」の環境づくり

 保健医療介護の領域では、健康度に応じた支援アプローチとして1次予防(健康維持増進)、2次予防(早期発見)、3次予防(機能回復・重度化予防)が用いられている。本プロジェクトが目指すのは、そのさらに手前にある0次予防(環境づくり)である。環境づくりによるアプローチはWHOにおけるヘルス・プロモーションやヘルシー・シティのコンセプトとも一致しており、たばこ税など政策的なものから、歩きやすい歩道整備等の物理的環境づくり、人材育成まで多岐にわたる。こうしたアプローチは、認知症の人の社会参加の枠組みにも十分活かせると考える。前述の買い物サポーター制度や認知症サポーター研修等も、人的環境の充実という面では0次予防といえる。一方、物理的環境についてみると、これまでのユニバーサル・デザインは主に身体機能低下や感覚器障害(聴覚・視覚等)といった身体障害に対応するものが主流である。人的側面をどれだけ整備しても、急速な超高齢化に対応するには限界があり、認知機能低下等に応じた物理的環境づくりの推進が重要と考えられる。本プロジェクトでは、人材育成、施設環境、補助デバイス、肯定的交流プログラム、認知症の人の就労、システム整備といった多面的な開発を目指している。

アプローチ③:産官学民が連携し、みんなに優しい健康政策

 認知症の人の社会参加を図るには、さまざまな立場の人が一体となって解決することが求められる。産官学民連携は、より複雑な今日的課題を解決するうえで有用な方法といえる。これまでの認知症フレンドリな取り組みにも、さまざまな連携がみられる。ただし参画する双方にメリットをもたらしているかどうかの評価については、知る限り既存資料から把握できない。

 本プロジェクトでは、認知症等により社会生活機能が低下した人も参加し続けられる施設づくりを通じて、超高齢社会における産業界の顧客維持・拡大も目指している。これはアクセシブル・デザインのコンセプトであり、受益者と産業界の双方にメリットをもたらしうる取り組みといえる。また行政にとっても、この活動を推進することによる地域づくりやその帰結としての地域の健康度改善、住民のウェルビーイング向上というメリットが期待される。行政では科学的根拠に基づく健康政策が重視されているが、本プロジェクトのように学術組織との協働を通じて、さらなる推進が期待できる。

 こうした誰にも優しい健康政策を推進するうえでは、当事者はもちろんのこと、行政、産業界、住民組織、家族会等の支援者組織、多様な領域の学識経験者など、できるだけ立場の異なる方々から構成される合議体が必要である。本プロジェクトでは計画初年度からコンソーシアム立ち上げを目指し、現在準備を進めている。ただし、産官学民のメリット・デメリットが互いに異なる場合も多々あることが予想される。まずそれぞれの立場の違いを相互に理解し合うところから始める必要があるが、その合意形成過程を知見として、多地域での展開に役立てたいと考えている。例えば、マルチステークホルダー分析は、ひとつの課題について誰が関与しうるのかを明確化し、課題意識の共通性と相違点を見える化し、それをもとに立場間の理解を促す合意形成プロセスと合意がもたらすメリットを評価する。こうした枠組みが、現在ますます複雑化する認知症の人をめぐる今日的課題の解決につながるのではないかと考える。

おわりに

 超高齢化した人口減少社会では、誰もが地域づくりの一翼を担うメンバーとして、ともに活力ある社会づくりを目指すことがますます重要と考える。本プロジェクトに参画する一員として、情熱と冷徹な分析視点を心がけつつ、本プロジェクトの社会実装を目指し、汗を流したい。

文献

  1. 認知症施策推進関係閣僚会議: 認知症施策推進大綱. 2019年6月18日(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年6月20日閲覧)
  2. Sabatini S, Martyr A, Gamble LD, Jones IR, Collins R, Matthews FE, et al.: Are profiles of social, cultural, and economic capital related to living well with dementia? Longitudinal findings from the IDEAL programme. Soc Sci Med. 2023; 317: 115603.
  3. Hackett RA, Steptoe A, Cadar D, Fancourt D: Social engagement before and after dementia diagnosis in the English Longitudinal Study of Ageing. PLoS ONE 2019; 14(8): e022019.
  4. Maki Y, Takao M, Hattori H, Suzuki T: Promoting dementia-friendly communities to improve the well-being of individuals with and without dementia. Geriatr Gerontol Int. 2020; 20(6):511-519.
  5. Olsona NL, AlbensiaBC: Dementia-Friendly "Design": Impact on COVID-19 Death Rates in Long-Term Care Facilities Around the World. J Alzheimer Dis. 202; 81(2): 427-450.
  6. 人とまちづくり研究所: 令和3年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)認知症の人の地域における参加・交流の促進に関する調査研究事業報告書, 2022(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年6月20日閲覧)
  7. Alzheimer's Disease International: World Alzheimer Report 2019: Attitudes to dementia, 2019(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年6月20日閲覧)
  8. Chen YJ, Su JA, Chen JS, Liu CH, Griffiths MD, Tsai HC, Chang CC, et al.: Examining the association between neuropsychiatric symptoms among people with dementia and caregiver mental health: are caregiver burden and affiliate stigma mediators? BMC Geriatrics. 2023; 23(1): :27.
  9. World Health Organization: Global status report on the public health response to dementia: Executive summary, 2021(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年6月20日閲覧)
  10. Kim S, Richardson A, Werner P, Anstey KJ.: Dementia stigma reduction (DESeRvE) through education and virtual contact in the general public: A multi-arm factorial randomised controlled trial. Dementia (London) 202; 20(6): 2152-2169.
  11. 加藤清人, 竹田徳則, 林尊弘, 平井寛, 鄭丞媛, 近藤克則: 介護予防制度改正による二次予防対象者割合の変化:複数市町データによる検討―JAGES横断分析. 地域リハビリテーション2020; 15(5): 382-388.

プロジェクトに関するお知らせ

 国立長寿医療研究センターにおける当プロジェクトの紹介ページは以下となります。

NCGG‐UniCo(ユニコ)プロジェクト | 国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部  (外部サイト)(新しいウインドウが開きます)