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"つなげる組織"が街の活性化へ挑戦(東京都文京区本郷 NPO法人街ing(まっちんぐ)本郷)

 

公開月:2021年4月

写真:街ing本郷のミッションであるみんな(街・人)つないで、笑顔にするを表す写真。
ing本郷のミッションは「みんな(街・人)つないで、笑顔にする」

街に関わりながら暮らす「書生生活」

 「書生、募集中!」「街を活性化させる地域活動に参加して、月3.8万円の家賃で本郷3丁目交差点近くに暮らしたい学生を募集します!!」

 NPO法人街ing(まっちんぐ)本郷のウェブサイトの「書生生活」のページにこう書かれている。「書生」とは、かつて学生街に多く存在した、親戚や知人宅に住み込みで手伝いをしながら勉学に励む地方出身の学生のこと。

 街ing本郷が運営する「書生生活」は、築古(ちくふる)で空き部屋となっているアパートを、街の活動に参加してもらうことを条件に、安い家賃で学生に貸し出すプロジェクト。"親戚・知人宅の書生"ではなく、"本郷の街の書生"となり、「街に関わりながら暮らす」がコンセプトだ。

 文京区本郷は、樋口一葉、宮沢賢治、石川啄木など、数多くの文人たちが暮らした歴史ある街。東京大学など多くの大学があり、本郷界隈は若者であふれる人気の街である。そのため家賃相場は高く、ワンルームマンションの家賃が10万円という物件もある中、敷金・礼金・仲介手数料ゼロで家賃月3.8万円、別途共益費月5,000円は並外れて安い(家賃3万円の部屋もある)。

 「『大学の近くに住みたい学生』と『築古で空き家となっている物件を抱える大家』と『担い手不足の街』の三者をウィンウィンの関係にするのが書生生活です」と話すのは、街ing本郷の代表理事の長谷川大さん(54)(写真1)。長谷川さんは本郷3丁目にある大正末期創業の鮮魚店「魚よし」の三代目店主で、生粋の本郷っ子である。NPO法人街ing本郷は2010年12月、街・人・学校・商店をつなげる組織として設立された。「マッチング」という名の通り、「つなげる」をキーワードに、本郷の街の活性化や地域課題の解決に向けて取り組みを進めている。

写真1:街ing本郷の代表理事である長谷川大さんの写真。
写真1:街ing本郷の代表理事で、大正末期創業の鮮魚店「魚よし」三代目店主の長谷川大さん

見えない境を越えて"つなげる組織"の誕生

 「どこの地域も同じですが、街のしくみの中で"つながらない"という課題があります。街には自治会、商店街、消防団などいろいろな組織があって、複雑に絡み合って形成されています。街には"見えない境"があり、道路を隔てて向こう側とこちら側では、自治会・商店街が違っていて、その境を越えて活動することはできません。そういう街の見えない境を乗り越えて"つなげる組織"があれば、活気ある街づくりができるのではないかと考えたのです」と長谷川さんは言う。

 街ing本郷は2010年設立だが、その2年ほど前から準備をし、自治会・商店街にNPO法人設立の趣旨を説明して回った。そこには、街の担い手の高齢化、担い手となる若い世代の不足、そして、新たに街に参加したい人がいても結びつかない現実があった。「長年、本郷の街を見ていて、この先10年後には機能しなくなる街の姿がありました。それで10年後、20年後の未来を見据えてこの組織をつくろうと思ったのです」と当時を振り返る。

 代表理事の長谷川さんのほかに2人の理事がいて、副代表理事の栗田洋さん(和菓子店「喜久月」経営、70代)川又靖則さん(薬局「芙蓉堂」経営、60代)。それぞれマッチングの得意分野があり、防災関係や小学校PTA関係なら栗田さん、医療福祉関係なら川又さん、全体の調整役は長 谷川さんといった具合。3名は別の自治会の役員で、理事の中でも見えない境を越えている。

 「街ing本郷は、街の既存の組織を否定するものでも代替するものでもない。すべての組織を下から持ち上げて効果的につなげて、街を活性化する組織」と長谷川さんは強調する。「街にはいろんな元素があって、水素の能力を持っている人、酸素やレアメタルもある。それを融合させて結合させるパレットのような場所が街ing本郷です。私らは触媒の役割。マッチングでうまく化学反応を起こすように活動をしています」(図)。

図:街ing本郷の活動イメージを表す図。
図:街ing本郷の活動イメージ

 街ing本郷の主な活動は、買い物弱者への宅配事業、地域の美化活動、地域催事・イベントでの協力、商店街活性化の支援、学生による小学生向け夏休みセミナー、多世代交流会の開催(写真2)、「書生生活」や「ひとつ屋根の下プロジェクト」(後述)など多岐にわたる。

写真2:街ing本郷の主な活動のひとつである多世代交流の様子を表す写真。
写真2:多世代交流会。この交流会を経て、シニアと大学生が一緒に住む「ひとつ屋根の下プロジェクト」に発展することもある

 現在は、「書生生活」に注力し活動を進めているという。この活動は地域課題の解決に多くの要素と可能性を秘めているからだ。少子高齢化や代替わりが進む中、街に関わる人、特に若い世代を増やすことが街の活性化の要となる。

人と交わらない暮らしに辟易(へきえき)する学生が増えている

 街の活動に参加することを条件に、学生に安い家賃でアパートを貸し出す「書生生活」は、街ing本郷設立直後の2011年4月から始まった。現在、稼働中の部屋は9室で、そのうちアパートを一括して法人が借り上げしているのは2棟(写真3)。いずれも東京メトロ「本郷三丁目」駅から徒歩5分以内という好立地で、東京五輪(1964年)より前に建てられたレトロな木造アパート。ミニキッチン付きの4畳半の個室、洗濯機・シャワー・トイレは共用、Wi-Fi完備の半シェアハウスのような形だ。

写真3:書生生活のアパートである真光荘とみのる荘の外観写真。
写真3:「書生生活」のアパート、「真光(しんこう)荘」(左)と「みのる荘」(右)。ともに築50年以上のレトロな木造アパート

 築古アパートは相続や建て替えの問題があり、空き部屋のまま大家が貸し出さないことが多い。それを街ing本郷のようなコーディネート組織が一括して借り上げることによって賃貸契約につながる。このコーディネート役は誰にでも務まるわけではない。NPO法人を長年運営してきた実績と、理事たちの老舗商店主としての信用力があるからこそである。

 書生の入居の際、長谷川さんが面接をしてコンセプトをしっかり伝えるそうだ。「"街に関わりながら暮らす"がキャッチコピーである以上、街に関わることができる人に入居してもらいたい。"街に関わることが喜び"という人でないとこの活動に入ってはいけない。お祭りでお神輿(みこし)を担いだり、イベントを手伝ったり、子どもたちと関わりを持ったり、そういうことがセットになっている住まいだと思う人に入ってほしい」

 募集をしなくとも、ウェブサイトや口コミで入居希望者があり、ほぼ満室だという。「コロナ禍では特にその傾向が強くて、部屋が空いた瞬間に入居が決まるほどです。コロナの影響で地方からオンラインで大学の授業を受けていたが、この春からは東京に出てきたいという学生。また、地方から東京に移り住んで1~2年の学生が多いです。みな人と交わらない暮らしに辟易していて、人と関わることができる書生生活のアパートに暮らしたいと言います」

"本郷の街の書生"の地域での活動

 本郷の街には、「書生生活」の学生のほかにも街に関わりながら暮らす学生がいる。2014年から始まった「ひとつ屋根の下プロジェクト」の学生である。いわゆる"異世代ホームシェア"と呼ばれ、ひとり暮らしのシニアと大学生がひとつ屋根の下に暮らす、新しい共生の形だ。シニアと大学生はそれぞれの生活を送りつつ、時には共通の時間を持つ。例えば、夕食や団らんを共にしたり、地域の活動に一緒に参加したりする(写真4)。

写真4:ひとつ屋根の下でシニアと学生が一緒に暮らす様子を表す写真。
写真4:ひとつ屋根の下に住むシニアと大学生。シニアが軽い脳梗塞を発症したところを学生が発見し、難を逃れたケースもあった

 このプロジェクトも街ing本郷の"つなげる"活動のひとつ。「大学の近くに住みたい学生」と「見守りが必要なひとり暮らしのシニア」と「担い手不足の街」の三方よしの取り組みである。プロジェクト開始以来、8件のケースが実現し、2021年1月現在は1組が共に暮らしている。

 「書生生活」と「ひとつ屋根の下プロジェクト」の学生、いわゆる"本郷の街の書生"は、街の祭事に参加したり、商店街のイベントに協力したり、それぞれの得意分野を街に還元する取り組みとして卓球教室や哲学カフェ、フランス語教室などを開いたり、街に溶け込みながら暮らしている(写真5)。

写真5:フランス人留学生が開催するフランス語教室の様子を表す写真。
写真5:フランス人留学生のフランス語教室は大盛況

 その他、書生は2か月に1回、「書生閑話」という広報誌の発行も担当している。毎回300字の原稿を執筆することによって、常にアンテナを張りながら街を歩き、街づくりの気づきを得てもらうのが狙いだそうだ。

 「書生生活」のアパートに住んで3年になる荒川龍平さん(写真6)は、「地方から東京に出てきたら、大学と家とアルバイトの往復だけになりがちですが、ここでは商店街のお祭りに参加したり、神社でお神輿を担いだり、街に関わりながら暮らしている実感があります」と話す。大学4年生(2021年1月現在)の荒川さんは、春には就職と同時に書生を卒業してアパートを出る。

写真6:書生生活3年の荒川龍平さんと長谷川さんが街の活動の話で盛り上がる様子を表す写真。
写真6:「書生生活」3年になる荒川龍平さん(左)。長谷川さんと街の活動の話で盛り上がる

「本郷百貨店」の商品は"人"

 商店街振興キャンペーン事業として、「本郷百貨店」という取り組みがある。商店主に焦点を当て、商いへの想いや店の歴史などを冊子やウェブサイトで紹介するもの。本郷の5つの商店街が参加している。「本郷百貨店」の事業は、フリーペーパーや各種グッズ、関連イベントなど、一連の取り組みのデザインや姿勢が評価され、2015年度グッドデザイン賞を受賞している。

 「本郷では街づくりの多くを商店主が担っているので、商店が閉まってしまうと街の活動が立ちいかなくなります。だからこそ、商店街を活気づける企画が必要でした。それが最終的に街を守り、街の魅力の底上げにつながるからです。『本郷百貨店』の商品はあくまで"人"です。人に焦点を当てることによって、こんな店主のお店で買いたいと思う人を呼び起こしています」

 店主へ取材の際には、書生がインタビュアーとして関わっている。毎年秋に開催される「本郷百貨店祭り」でも書生たちが祭りの運営の下支えをしている(写真7)。

写真7:本郷百貨店祭りで書生たちが商店街の一員となって支える様子を表す写真。
写真7:2020年10月開催の「本郷百貨店祭り」。書生たちは商店街の一員となって祭りを下支えする

認定NPO法人移行で街づくりの構想がさらに広がる

 NPO法人街ing本郷は、2020年12月で設立10周年を迎えた。運営にあたり、目下の課題は収入源の確保だという。

 街ing本郷は「認定NPO法人」への移行をめざし、現在申請中である。「NPO法人」と「認定NPO法人」の違いは、寄付に関する税制である。認定NPO法人に寄付した場合、税額控除や所得控除といった税制上の優遇が受けられ、一方、NPO法人の場合はそれが大幅に少ない。寄付控除組織となることによって、企業からの寄付が期待できるほか、遺贈も可能となるため、例えば、書生生活に不動産を遺贈すると相続税対策になり、寄付者には「控除」という形でお返しができるようになる。

 認定NPO法人移行後の構想が頭いっぱいにあると長谷川さんは言う。「持続可能な街にしていくためには、担い手を育てること。今はNPOを通して、書生が街づくりに参加して、街の活性化につながっていますが、その人たちが今後は本郷に戻ってきて担い手になってくれることを夢見ながら活動をしています。商店街の事業継承の点では、担い手不足で空き店舗が増えるのをなんとか食い止めたい。認定NPO法人に移行し、資金面が充実すれば、学生がこの街で起業や事業継承するときのサポートもできるのではないかと考えています」

 鮮魚店「魚よし」三代目として店を切り盛りしながら、街ing本郷の代表理事として2つの肩書を持ち、忙しく飛び回る毎日。最近は街づくりに関する講演会の依頼も増えている。店の壁には、街ing本郷と鮮魚店、そして自身のスケジュールを書いた3つのカレンダーがかかっていた。「3つでは足りないので、もう1つカレンダーを増やす予定です。泳ぎを止められないマグロみたいだとよく言われますよ」と長谷川さんは笑顔を見せる。

 "つなげる組織"、街ing本郷の街の活性化への挑戦はこれからも続く。


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公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2021年 第30巻第1号(PDF:5.6MB)(新しいウィンドウが開きます)

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