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高齢者に安全なモビリティ社会

 

公開月:2022年11月

鎌田 実(かまた みのる)

一般財団法人日本自動車研究所代表理事・研究所長


はじめに

 「長生きを喜べる長寿社会の実現」を考えると、日本の国土はいろいろな地域特性があり、面的な広がりにより、移動手段が確保されないと、生活における活動が十分行えないことが多い。地方に行くと、公共交通は貧弱なため、自家用車への過度の依存の状態になっている。自家用車で自由に動きまわれる間はいいが、加齢により運転能力が落ち、交通事故を起こすリスクが高まっていくという問題がある。代替手段がないため、運転をし続けないと生活できないケースも多くあるが、一方、高齢ドライバーが起こす交通事故が増えている。東池袋自動車暴走死傷事故 をはじめ、ペダルの踏み間違いによるとされる事故の報道が相次いでいる。こういった社会問題化した課題を、何とかして解決の方向に向かい、安全安心な社会をつくっていく必要がある。本稿では、そういった課題の現況と今後に向けて記していく。

高齢ドライバーの事故削減に向けての国の対策

 高齢ドライバーによる悲惨な交通事故が続発したことにより、2016年11月、国では関係閣僚会議が開かれ、関係省庁に対策を促した。警察庁では、それまでも高齢ドライバー対策として、免許更新時に高齢者講習を実施し、75歳以上には認知機能検査も課するようになっていたが、より一層対策の強化が求められた。有識者会議1)が設けられ、その傘下の分科会活動などで調査がなされ、活発な議論が行われた。

 加齢による運転能力の低下は人によりさまざまであるが、確実に低下傾向にある。どこかで運転を断念してもらう必要性は強く感じられたものの、自動車での移動ができなくなると自立した生活ができなくなるケースもある。そのため、よりきめ細かく運転能力を見ること、限定免許のような一定条件下のみ運転を認めるような方策の必要性が出された。また、認知機能検査の受講者が増えると、処理しきれない面もあるため、精度を維持しつつ簡便なやり方を模索することも必要と考えられた。これらの検討を踏まえ、2021年には道路交通法の改正がなされ、認知機能検査の簡便化、一定の違反者に対しての実技試験の導入、安全運転サポート車等限定条件付免許(サポカー限定免許)の導入などが盛り込まれた。

 一方、国土交通省では、高齢者の移動手段確保の検討会2)が開かれ、有識者や関係省庁の参加のもとで議論がなされ、2017年6月に中間報告がとりまとめられた。そこでは、免許返納後の足の確保方策について、地域のリソースの活用で移動手段を確保すること、互助による輸送の明確化、福祉行政との連携などが掲げられた。その後、地域公共交通活性化再生法の改正、MaaS(マース:Mobility as a Service※1などのIT技術を使ったモビリティサービスの展開などもあり、移動に困っている人への対応はなされてきているが、自家用車の利便性を享受した人が満足できるような利便性はなかなか提供できているとは言いがたい面もある。

※1「MaaS」とは、地域住民や旅行者1人ひとりのトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの。(国土交通省より引用)
日本版MaaSの推進 国土交通省(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

安全性能技術の進展など

 最近、自家用車に導入されてきている技術として一番顕著なものは、自動ブレーキとペダル踏み間違い誤発進防止装置の普及拡大であろう。国土交通省の先進安全自動車ASV3)のプロジェクトで、予防安全技術の検討がなされ、自動ブレーキは5年くらい前から装着が進み、今では新車のほぼ100%に装備され、義務化もなされている。有効な対象は当初は先行車だけであったが、検知範囲が広がり、歩行者や自転車も検知するようになり、夜間でも対応がなされるようになってきている。さらに交差点での作動も盛り込まれていく。踏み間違い防止については、新車装着に加え、後付けのものもいくつか提案されている。後者は、数万円の簡易なものから、自動車メーカー製のやや高価で高機能なものまでいろいろある。

 このような機能を有する車を、国では安全運転サポート車(通称サポカー)4)と呼び、普及促進に努めている。1,000億円規模の補助制度もなされた。安全装備を有する車の普及が進むことは歓迎すべきことであるが、現状の機能だけではすべての事故を防ぐことができないので、これに乗れば安全と過信してしまうことを避けなければならない。

 高齢ドライバーの事故形態で多いのは、ハンドル操作不適による正面衝突、路外逸脱、工作物衝突、そして一時不停止による出会い頭事故である。高速道路等60km/h以上では、レーンキープアシストの機能を有する車も増えてきているが、一般道での通常走行時に作動する車種はほとんどない。また出会い頭事故防止には、広角に検知ができる自動ブレーキも有効であるが、一時停止できちんと止める機能を有するものはまだない。したがって、予防安全機能を有しているからと過信せずに、慎重に安全運転に心がけることが必要である。

 最近は、自動運転への期待も強い。しかしながら、システム責任の自動運行装置が正式に認められたのは2つ(Honda レジェンドと産業技術総合研究所の永平寺カート)だけである。それ以外は(手放し運転ができるものでも)運転者責任の運転支援装置の位置づけである。

 自動運転レベル4※2が正式に認められる法改正がなされ、今年度中の施行が予定されているが、費用がかかるため自家用車での展開は考えにくい。いわゆるサービスカーといわれるようなカテゴリで、少しずつ社会実装されていくものと思われる(図1はレベル2ながら社会実装がなされた茨城県境町の例)。国のロードマップ5)では、2025年までに40か所でレベル4の移動サービスが社会実装されることが目標とされており、それに向けたプロジェクトも開始されている。しかし、技術の進展と費用等を考えた事業性の点から、極めてハードルの高い目標といえる。

※2 自動運転レベル分けについては、国土交通省の資料を参照。
自動運転のレベル分けについて 国土交通省(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

図1、自動運転バスの社会実装、茨城県境町の写真
図1 自動運転バスの社会実装(茨城県境町)

 自家用車については、高速道路での運転自動化の範囲が広げられていき、一般道でも部分的な自動化も期待されるが、ここ5~10年くらいのところでは完全自動運転ではなく高度運転支援の範疇にとどまると考えられる。それでも、運転支援の作動範囲が今のサポカーのレベルから広がっていくことは、事故防止に貢献できるであろう。

 一方、筆者は、先端技術の適用だけでなく、スローモビリティの活用も事故防止に役立つと考えている。歩行者の交通事故の致死率は、衝突速度が30km/hを超えると大幅に上昇する。最高速度が20km/hや30km/hの移動具と、それが安心して走れるような道路環境を用意できれば、歩行者の交通死亡事故は激減させることができると考えられる。

 現状の超小型モビリティ6)も原付4輪ミニカーも、最高速度は60km/hである。前者は衝突安全基準もあり交通の流れに乗ることも必要なので、そのままで自動ブレーキ等を装備させ、後者は欧州のL6規格7)の45km/hや、さらに遅い30km/hに制限できればよい。電動車であれば速度リミッターは容易につけられるので、万一ペダルの踏み間違いをしても、制限以上の速度にはならない。低速であれば衝突に至るまでの時間的余裕もできるので、冷静になって正しく対処できるようになるかもしれない。さらに、国土交通省が提案しているグリーンスローモビリティ8)であれば20km/h未満ということで、保安基準がもろもろ緩和される。ゴルフカートのようなものでもナンバー取得が可能であり、歩行者との親和性も高い(図2はグリーンスローモビリティの例で松戸市での実証実験の様子)。

図2、グリーンスローモビリティ、松戸市での実証試乗会の写真
図2 グリーンスローモビリティ(松戸市・実証試乗会)

 道路側も、ゾーン30とかゾーン20として速度制限をかけられれば、このようなスローモビリティは安心して走れる。全体の交通流が低速化できれば、歩行者や自転車にとっても安心な道路空間になっていくはずである。

安心安全なまちづくりの観点

 モータリゼーションの進展とともに、自家用車の所有率が上がり、地方では1人1台の世帯も少なくない。その結果、公共交通の利用者は減り、減便・廃止が相次いでいるのが現状である。加齢により運転が困難になっても、免許返納後の代替手段となるべき公共交通が十分な受け皿になれず、運転を止められない。人口減少により、空家・空地が増えてきており、それなりの人口を有していたところは歯抜け状態のスポンジ化も進んでいる。こういった現状を鑑み、もう少しまちづくりの視点で課題解決が目指せないかと思う。

 過疎地域で人口密度がまばらなところでは、サービスの提供において移動距離・時間が負担になることが多い。訪問看護や介護でも、移動に要する時間が過大で効率が悪いことも多く、さらに人口減少で事業性の悪化もあり、撤退の危機にあるところもあるという。そういうサービスが届かなくなると、自家用車で自力で移動ができないと住み続けられなくなり、ますます人口減が加速する。もう少しまとまって住むことができれば、サービス提供における移動時間の負担が軽減されるはずであり、事業性も向上しうる。

 一時期、里山を捨てて街中に人を集めるというコンパクトシティを進めようという動きがあったが、生活環境ががらっと変わることへの抵抗も強く、うまくいかなかった。最近では、中心部に集めるのではなく、周辺部に小さな拠点をつくり、その拠点と中心部を交通ネットワークでつなぐというコンパクト・プラス・ネットワーク9)という概念が打ち出された。そこでは、大きな生活環境の変化はなく、住み慣れたコミュニティのまま多少集住することで、小さな拠点を構成できれば、より顔を合わせやすくし、見守り機能を充実させて暮らすことができる。もちろん、元の家からは移転が必要となるが、こういう形で地域の持続性を高めるような努力も必要であろう。

 人口規模の大きいところでは、自家用車で移動ができない人は、コミュニティの中心から歩ける範囲に住んでもらい、その範囲を魅力あるまちづくりにより活性化できればよい。前述のようなスローモビリティが走るようになれば、トータルで安全安心なまちづくりとなりうるであろう。

超高齢社会を支えるモビリティ

 高齢者に安全なモビリティ社会に向けて、私見を述べてきた。移動手段がないと、過疎地に住む高齢者は自立した生活ができなくなる。何らかの手段確保を目指すか、あるいは、まちづくりの面からの改変で歩いて暮らせる生活環境を得ていくのか、いずれにせよ現在のような自家用車に過度に依存した社会を変えていく必要がある。特に、日本では人口減少の超高齢社会になっていくのが確実視されているので、ほどほどの人口規模で持続性のある将来像を目指さなければならない。

文献

  1. 警察庁: 高齢運転者交通事故防止対策に関する有識者会議.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  2. 国土交通省: 公共交通政策:高齢者の移動手段の確保に関する検討会.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  3. 国土交通省: ASV(先進安全自動車) | 自動車総合安全情報(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  4. 経済産業省: サポカー(安全運転サポート車)のWEBサイト.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  5. 内閣官房: 官民ITS構想・ロードマップ2020.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  6. 国土交通省: 超小型モビリティ. (外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  7. 国土交通省: 超小型自動車の安全性に係る調査. (PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  8. 国土交通省: グリーンスローモビリティ. (外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)
  9. 国土交通省: コンパクト・プラス・ネットワーク. (外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月15日閲覧)

筆者

かまたみのる氏の写真
鎌田 実(かまた みのる)
一般財団法人日本自動車研究所代表理事・研究所長
略歴
1987年:東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、1990年:東京大学工学部講師、1991年:東京大学工学部助教授、2002年:東京大学大学院工学系研究科教授、2009年:東京大学高齢社会総合研究機構機構長・教授、2013年:東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、2020年より現職、2021年:東京大学名誉教授
専門分野
車両工学、人間工学、ジェロントロジー

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公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2022年 第31巻第2号(PDF:6.0MB)(新しいウィンドウが開きます)

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