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人や社会との関わりと高齢者の生きがいのダイナミックス

 

公開月:2023年4月

菅原 育子(すがわら いくこ)

西武文理大学サービス経営学部准教授

人や社会との関わりがもたらす生きがい

 人が生きていくうえで、生きていることに肯定的な感情を持てること、喜びを感じられるということは、不可欠な要素である。「生きがい」ということばに光を当て、その後の生きがい、およびikigai研究の端緒となった神谷恵美子の1966年の著書『生きがいについて』1)では、生きがいやはりあいという表現をとりあげ、多くの人にとって、自分が生きる意味や価値を認識するには、周囲の人や環境から得られる反応や手ごたえといったものが重要であることを指摘した。神谷は「もし老人に生きがい感を与えようと思うならば、なんなり老人にできる役割を分担してもらうほうがよいし、また何よりも愛の関係において老人の存在がこちらにとって必要なのだ、とかんじてもらうことが肝要となる」(p.32)と述べている。

 この著書が出版されて半世紀以上が経つが、その間、高齢者のQOL(生活の質)やwell-being(幸福、安寧、よい状態)、生きがいに関する研究は蓄積され、高齢者が高いwell-beingあるいは生きがいを得て日々を暮らすのにどのような要因が関連しているかが検討されてきた。中でも、人との関わり、社会参加、あるいは社会的役割を持つことと健康およびwell-being指標との関連は、繰り返し示されてきた2)-4)。他者と親密で深い関係を持ち、支え合うこと、あるいは社会的な活動や交流の中で自分の価値を認められたり、感謝されたりという反応を得られることは、私たちの多くにとっては、生きていくうえで欠かせない要素だといえるだろう。

人や社会との関わりの加齢変化

 同時に、高齢になると人との関わりや、社会的な活動の中で自分の価値を感じられる機会が減っていくというみかたがある。1960年にアメリカの社会学者E.W.Burgessが欧米文化における高齢者の役割を「役割無き役割(roleless role)」と表現したように、かつては高齢期とは社会的な孤立に苛まれる時期と見なされた5)。人口の高齢化が進んだ現在においては、かつてよりも高齢者がさまざまな分野で活躍し役割を担っているが、それでも現在に至っても孤独な高齢期というイメージは残っているのではないだろうか。

 実際に人々の社会関係や社会参加行動を数年にわたり追跡しその変化を分析した研究からは、加齢に伴い他者との交流頻度や知人数が減るという結果6),7)、増えるという結果8)、あるいは交流の一部は減り一部は緩やかに増えるという結果9)が示されてきた。高齢期は単なる孤独の時ではなく、社会との関わりに複雑でダイナミックな変化がおきる時期といえるだろう。

社会情緒的選択性理論

 ここで、アメリカの心理学者L.L. Carstensenの提唱する「社会情緒的選択性理論(Socioemotional Selectivity Theory: SST)」10),11)を紹介したい。この理論は動機づけの生涯発達的変化に関する理論である。SSTによると、人の心理社会的行動の土台には大きく「情報獲得動機」と「情緒的調整動機」の2つがある。情報獲得動機とは、多くの、新しい、あるいは幅広い情報を集めることで未知の未来を最適化することをめざす動機であり、若く将来が無限に開けているという認識をもつほど、情報獲得の動機づけは高いが、加齢や病気などにより将来が有限であると感じるほどにこの動機づけは低下する。もうひとつの情緒的調整動機とは、ポジティブな情緒的経験を最大化し、ネガティブな情緒的経験を減らすことで情緒的な最適化をはかることをめざす動機である。この情緒的調整の動機づけは、加齢などにより自分の将来が有限であると感じるほどに高まると想定される。

 SSTは、人の情報選好や感情経験、記憶等の加齢変化に加えて、社会との関わりの生涯にわたる変化を理解するのに役立つとされる。すなわち、歳を重ねるほどに情報獲得に有効な広く浅い社会関係には縮小が生じるため、知り合いの数や参加している社会集団の数などは徐々に減っていく。同時に、情緒的調整に有効な社会関係は歳を重ねるほどに重要性が高まるため、家族や親しい友人とのつきあい、お互いを思いやりサポートし合うようなつきあいは維持あるいは増加するというわけである。

 高齢期には、多くの人が職業的な地位の変更や職業生活からの引退を経験する。特に被雇用者であれば、自分の意思よりも暦年齢によって、仕事上の役割の変更や退職を余儀なくされることが少なくない。また、家族や友人など、身近な親しい人を亡くす経験も、加齢とともに増えていく。これらは、それまでの人生で大きな部分を占めてきた社会的役割、地位、人との関わりの変化を意味する。一方で、新しい地域活動をはじめる、しばらく疎遠だった学生時代の同級生とのつきあいが復活する、家族や親族との関わりの重要性が増す、日常生活の支援や介護の必要性に応じて新しい福祉サービスを利用し始めるなど、新たな社会的役割や人間関係が生じることも経験するだろう。高齢期に経験するこれらさまざまな喪失や獲得の中で、社会情緒的選択性理論でいうところの情緒的調整機能を持つ、豊かで親密な社会関係を再構築していくことは、高齢期における重要な課題として挙げられるのではないだろうか。

 近年、80歳代や100歳代などの超高齢者において、親しい人との関わりや社会参加をしているほど主観的なwell-beingが高い12)、あるいは、人や社会との多様な関わりを持つ人は亡くなる直前まで比較的高い人生満足度を維持している13)、という研究が報告されている。これらから、人や社会との関わりは生涯を通して、死の直前までも、私たちのwell-beingに深く関連していることが示唆される。私たちは、人と人のつながりや人と社会の関わりが、高齢になるとどのような変化にさらされるのかをより深く理解したうえで、社会としてどのように高齢者の人間関係や社会参加を支えることができるのかを考える必要がある。

高齢者が経験する人との関わりの変化:コンパニオンシップに着目して

 著者が参加している研究プロジェクトでは、都市部の75歳以上の地域在住高齢者を対象として、大規模な質問紙調査と少数への質的な聞き取り調査を実施し、日常生活や心理状態の変化について追跡してきた。以下ではそれらの研究から、家族や友人、地域との関わりの変化に関する研究結果を2つ紹介したい。

 ひとつは、日常に楽しさを提供する人間関係や社会的活動が、70代から80代にかけてどのように変化するかを探った質的な研究である14)。この研究では、誰かと一緒に遊ぶ、おしゃべりをして時間を過ごすなど、楽しみや喜びを共にする社会的な交流、交遊関係を指すコンパニオンシップに着目した。悩みをきく、困った時に手助けをするなど、人による支援を指すソーシャル・サポートと比べるとコンパニオンシップに関する研究は少ないものの、コンパニオンシップは、孤独感を低減し、ポジティブな感情経験を増やし、生活満足度を高めるなど、高齢者のwell-beingにポジティブに関連するとされる15)

 75歳から86歳の43人(男性18人、女性25人)へのインタビューから、日常的なコンパニオンシップの主な相手は、子ども、きょうだい、古くからの友人や近所の人のほかに、高齢になってからはじめた地域活動や趣味活動で知り合った人が多いことがわかった。またその内容は、散歩や買い物などの日課を一緒に行う、おしゃべりや食事、趣味活動等を共に楽しむ、といった共行動が多かった。それらの共行動から得られる心理的な経験は、楽しい、幸せ、といったポジティブ感情に加えて、そのような関係を自分と結んでくれる相手に対する感謝や、一緒に楽しさや喜びを共有できる嬉しさなど、人と交わることそのものへのポジティブな評価の側面を持っていた。

 コンパニオンシップ関係に影響する変化要因については、身体的な変化、心理的な変化、社会的な変化の3つに分類された(表)。身体的な変化では、自分の病気や入院等をきっかけに外出や活動が困難になることで交遊が妨げられるというネガティブな変化がもっぱら挙げられた。心理的な変化については、外出への不安や、趣味や社会活動に対する興味の減退、引退への願望などの変化が言及された一方で、新たなことへ挑戦する意欲などポジティブな変化も言及された。社会的な変化については、相手が亡くなる、活動の機会や場がなくなる、などのネガティブな変化とともに、新しい活動の機会や場が身近にできる、などのポジティブな変化もみられた。

表 地域在住高齢者の経験する、コンパニオンシップ関係に影響をあたえる変化
コンパニオンシップの縮小に関わる要因 コンパニオンシップの維持・拡大に関わる要因
身体的な変化
  • 病気の発症
  • 入院・手術
  • フレイルの進行
心理的な変化
  • 外出・遠出への不安
  • 外出・遠出への億劫さ
  • 社会活動からの引退希望
  • 参加や交流への関心の減退
  • 新しいことへの挑戦意欲
  • 参加や交流への願望、希望
社会的な変化
  • 転居による交流の断絶
  • 他者の死
  • 周囲の人が要介護になること
  • 参加や交流する機会や場の減少
  • 参加や交流する機会や場の増加
  • 参加や交流にかかる負担の軽減

 もうひとつの研究では、1,400人弱を対象とした質問紙調査を行い、居住地域の環境が友人や近隣との関係および高齢者の精神的健康や主観的well-beingに与える影響を検討した16)。この研究では、居住地域の環境をWHOのAge-friendly cities and communitiesの評価指標17)などを参考に、物理的環境(公共施設や空間の充実、公共施設や公共交通へのアクセシビリティ等)と社会的環境(社会参加の機会、社会的プログラムの充実、高齢者に対する人々の態度等)に分けて評価した。その結果、高齢者自身が地域での社会活動に参加していることだけでなく、公共施設の充実した地域に住んでいることが、高齢者の精神的健康を高める効果を持つことが示された。加えて、身体機能に制限がある高齢者および経済的な困難を持つ高齢者ほど、地域の物理的環境や社会的環境が整っていることがよりよい精神的健康に寄与していた。

 高齢になるにしたがって生じる身体的な機能の低下や経済的な制限には、どんなに個人が予防や対策を心がけていても避けがたいものが少なくない。人にはそれらの変化を受け入れていく柔軟性が備わっているという。しかし、それらの変化により日常生活が不便になったり、望んでいる社会参加や交流の機会を奪ってしまうとしたら、それは介入し解決していく必要がある社会課題となる。

 上で紹介した研究からは、高齢になるほど、外出や人との交流、社会参加を抑制するような身体的、心理的な変化が多くなる一方で、社会参加や人との交流を促進するような地域の環境を整えることによって、高齢者が新たに日常の中に楽しみを見出すことが可能となり、前向きな心理的状態をもたらしうることが示された。地域社会には、そこに暮らす人々が健康でいきいきと暮らすことのできる環境を提供するという役割があるのだ。

地域社会に求められること

 本稿では、高齢者のwell-beingや生きがいに深く関連する、人や社会との関わりに着目し、その高齢期における変化についての先行研究を紹介してきた。変化の中には避けられないものも少なくなく、時には本人の意向にそぐわない形で社会とのつながりを断たれたり、社会的役割を失うことがある一方で、高齢者自身の他者や社会に対する姿勢やニーズが変化する側面もあることがわかった。

 地域社会は、高齢者の日常的な人づきあいや社会参加が営まれる場であり、そこには2つの対応が求められる。ひとつは、社会的な規範あるいは偏見、社会制度や物理的環境などが壁となり、特定の年齢の人や障害を抱える人の参加が妨げられている状況があるならば、そのような壁を取り除くことが必要である。平成30年の高齢社会対策大綱(新しいウインドウが開きます)18)では基本的考え方のひとつとして「すべての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会」の実現を掲げているが、そのような国を挙げての取り組みを、身近な地域単位でも進めていくことで、高齢者個々人が希望する人との関わり、社会参加の機会をつくっていくことが必要である。

 もうひとつは、高齢者個々人に適した多様な社会参加、人や地域との関わり方を可能にする柔軟な地域のあり方を模索することである。それは就労やボランティア活動などの、見えやすい形で社会に価値を生む活動から、身近な家族や近所の人同士の支え合いのような、外からは得てして見えにくい営み、誰かと笑顔や言葉を交わすことが生み出すちょっとした喜びの積み重ねかもしれない。それらの人や社会との多様な関わりが生み出す有形無形の感謝や喜びが、私たちが生きていることの価値そのものであるということを、いま一度考え直し、それらの結びつきを地域全体のwell-beingとして評価し、促進していくような実践的まちづくりが求められている。

文献

  1. 神谷美恵子: 生きがいについて. みすず書房, 1966.
  2. Holt-Lunstad J, Smith TB, Layton JB.: Social relationships and mortality risk: a meta-analytic review. PLos Med. 2010; 7(7): e1000316.
  3. Pinquart M, Sörensen S.: Influences of socioeconomic status, social network, and competence on subjective well-being in later life: A meta-analysis. Psychology and Aging. 2000; 15(2): 187-224.
  4. Tanno K, Sakata K., Ohsawa M, et al.: Associations of ikigai as a positive psychological factor with all-cause mortality and cause-specific mortality among middle-aged and elderly Japanese people: Findings from the Japan Collaborative Cohort Study. J Psychosom Res. 2009; 67(1): 67-75.
  5. Warburton J, Ng SH, Shardlow SM.: Social inclusion in an ageing world: introduction to the special issue. Aging Soc. 2012; 33: 1-15.
  6. Shaw BA, Krause N, Liang J, Bennett J.: Tracking changes in social relations throughout late life. J of Gerontol B. 2007; 62 (2): S90-S99.
  7. 小林江里香, Liang J.: 高齢者の社会的ネットワークにおける加齢変化とコホート差―全国高齢者縦断調査データのマルチレベル分析―. 社会学評論. 2011; 62(3): 356-374.
  8. Schwartz E, Litwin H.: Social network changes among older Europeans: the role of gender. Eur J Ageing. 2018; 15(4): 359-367.
  9. Wrzus C, Hänel M, Wagner J, Neyer FJ.: Social network changes and life events across the life span: A meta-analysis. Psychol Bull. 2013; 139(1): 53-80.
  10. Carstensen LL, Isaacowitz DM, Charles ST.: Taking time seriously. A theory of socioemotional selectivity. Am Psychol. 1999; 54(3): 165-181.
  11. Carstensen LL.: Socioemotional selectivity theory: The role of perceived endings in human motivation. The Gerontologist. 2021; 61(8): 1188-1196.
  12. Cho J, Martin P, Poon LW; Georgia Centenarian Study.: Successful aging and subjective well-being among oldest-old adults. The Gerontologist. 2015; 55(1): 132-143.
  13. Nakagawa T, Hülür G.: Social integration and terminal decline in life satisfaction among older Japanese. J of Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 2020; 75 (10): 2122-2131.
  14. Sugawara I, Takayama M, Ishioka Y.: Companionship with family, friends, and neighbors in later life. Innov Aging. 2020; 4(Suppl 1): 406.
  15. Bromell L, Cagney KA.: Companionship in the neighborhood context: older adults' living arrngements and perceptions of social cohesion. Res Aging. 2014; 36(2): 228-243.
  16. World Health Organization: Measuring the age-friendliness of cities: A guide to using core indicators. WHO Centre for Health Development, Kobe, Japan, 2015.
  17. Takayama M, Ishioka Y, Sugawara I.: The neighborhood physical and social environment and well-being. Innov Aging. 2020; 4(Suppl 1): 440.
  18. 内閣府: 高齢社会対策大綱(平成30年2月16日閣議決定)(新しいウインドウが開きます)(2023年3月17日閲覧)

筆者

すがわらいくこ氏の写真。
菅原 育子(すがわら いくこ)
西武文理大学サービス経営学部准教授
略歴
1999年:東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒業、2001年:東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻社会心理学専門分野修士課程修了、2005年:同博士課程単位取得退学、厚生労働科学研究リサーチレジデント、2006年:博士(社会心理学)取得、2009年:東京大学高齢社会総合研究機構特任助教、2012年:東京大学社会科学研究所助教、2015年:東京大学高齢社会総合研究機構特任講師、2021年より現職
専門分野
社会心理学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第32巻第1号(PDF:7.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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