認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドラインの解説
公開月:2023年10月
稲葉 一人(いなば かずと)
いなば法律事務所代表弁護士、元裁判官
本稿は、表記の本稿は、表記の
の解説を目的とするが、それを果たすために、次のような問いに答えながら解説をしたい。- なぜ、ガイドラインが作成されたのか
- ガイドラインが基礎とする倫理的・法的な考え方とは何か
- ガイドラインの読み方を解説する
- ガイドラインの活かし方を解説する
なぜ、ガイドラインが作成されたのか
本ガイドラインは、厚生労働省・老人健康局所管で作成されたもので、私が事業主体(中京大学)として、中心的に関わることになった。この背景には、障害者の権利条約の国内的な実現を図るところにあるといえる。
すなわち、2014年批准した「障害者の権利に関する条約」の第12条「法律の前にひとしく認められる権利」には、障害者の権利、意思及び選好を尊重することが謳われており、日本国は、これを国内的に達成することが求められることとなり、障害援護局では、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」が、老人健康局では、「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」が作成された。
ガイドラインが基礎とする倫理的・法的な考え方とは何か
ガイドラインは、着手から3年以上かかっているが、最初に行われたのが、「認知症の人の意思決定支援に関する倫理的・法的な観点からの論点の整理」(2015年度)が行われ、次のような原則が確認された。
以下のルールがその後のガイドライン等の基礎になっていくことになる。
- 論点1
- 認知症の人の尊厳は守られるべきではないか。
- 論点2
- 認知症の人であることで、その人の意思決定において差別を受けるべきではないのではないか。
- 論点3
- 認知症の人は、自己決定をする権利を有し、自己決定をしたことについては、関係者はその決定を尊重するべきではないか。
- 論点4
- 認知症の人は、意思決定をする上で必要な情報について説明を受けることが必要であり、医療者等は、医療等を提供するにあたり必要な説明が求められるのではないか。
- 論点5
- 説明は、認知症の人が理解できる方法で行われるべきではないか。
- 論点6
- 認知症の人の、医療・介護における意思決定支援を考えるにあたっては、法的な意思能力より、意思決定能力という言葉を使用することが適切ではないか。
- 論点7
- 認知症の人に意思決定能力がない、あるいは、相当低下している場合は、認知症の人は保護されるべきではないか。
- 論点8
- 認知症の人に意思決定能力がないという判断は慎重に行うべきではないか。
- 論点9
- 意思決定能力がない、ないし、相当低下している場合でも、認知症の人に説明をして理解を得るように努めるべきではないか。
- 論点10
- 認知症の人に意思決定能力がない、ないし、相当低下している場合に、家族等に対して説明をすることが考えられるのではないか。
- 論点11
- 認知症の人に意思決定能力がない場合に、説明を受けた家族等を交えて、現在の本人の意思を推定していくべきではないか。その際は、認知症の人の過去の意思表示等を十分尊重し、書面による意思表示がある場合は、現在の意思を推定するのに有力な資料となるのではないか。
- 論点12
- 認知症の人の意思を推定できる場合も、できない場合も、可能な限り、その人の希望、人格、価値観を踏まえた最善の治療・非治療・ケアを追求することが考えられるのではないか(主観的最善の利益)。
ガイドラインの読み方を解説する
1.ガイドラインの構成
ガイドラインは、概ねルール(「Ⅱ基本的考え方」と「Ⅲ認知症の人の特性を踏まえた意思決定支援の基本原則」)と、手引き(「Ⅳ意思決定支援のプロセス」)によって構成されており、前者は規範的である(少しとっつきにくい)が、後者はヒント集であり、すぐに実務に役に立つ。したがって、前者のルールをざっと読んで、後者のヒント集をよりどころにして、1つでもいいので、意思決定支援の実践をすることをお勧めする。
2.意思決定支援をする上での基本的なルールの要点
ルールの中で、特に現場が陥りやすい点で、重要な点を下記に示す。
- 普段から、我々一人一人が自分で意思を形成し、それを表明でき、その意思が尊重され、日常生活・社会生活を決めていくことが重要であることは誰もが認識するところであるが、このことは、認知症の人についても同様である。
- 本ガイドラインでいう意思決定支援とは、認知症の人の意思決定をプロセスとして支援するもので、通常、そのプロセスは、本人が意思を形成することの支援と、本人が意思を表明することの支援を中心とし、本人が意思を実現するための支援を含む。
- 意思決定支援者は、認知症の人が、一見すると意思決定が困難と思われる場合であっても、意思決定しながら尊厳をもって暮らしていくことの重要性について認識することが必要である。
- 意思決定支援は、本人の意思(意向・選好あるいは好み)の内容を支援者の視点で評価し、支援すべきだと判断した場合にだけ支援するのではなく、まずは、本人の表明した意思・選好、あるいは、その確認が難しい場合には推定意思・選好を確認し、それを尊重することから始まる。
- 本人の示した意思は、それが他者を害する場合や、本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生ずる場合でない限り、尊重される。
上記のうちで特に間違いやすいのは、4である。私たちケア提供者はどうしても私たちの観点から適当だと考えることをしようとするために、患者(契約者・入所者)の意思を評価して、それが適当な場合にだけそれを支援しようとするが、それは意思決定支援ではないということである。
3.意思決定支援を実践する際の手引き(ヒント集)
(1)意思決定支援の人的・物的環境の整備(図の点線の囲み部分)
以下がすべての意思決定支援に先立つとする。
①意思決定支援者の態度
- 意思決定支援者は、本人の意思を尊重する態度で接していることが必要である。
- 意思決定支援者は、本人が自らの意思を表明しやすいよう、本人が安心できるような態度で接することが必要である。
- 意思決定支援者は、本人のこれまでの生活史を家族関係も含めて理解することが必要である。
- 意思決定支援者は、支援の際は、丁寧に本人の意思を都度確認する。
②意思決定支援者との信頼関係、立ち会う人との関係性への配慮
- 意思決定支援者は、本人が意思決定を行う際に、本人との信頼関係に配慮する。意思決定支援者と本人との信頼関係が構築されている場合、本人が安心して自らの意思を表明しやすくなる。
- 本人は、意思決定の内容によっては、立ち会う人との関係性から、遠慮などにより、自らの意思を十分に表明ができない場合もある。必要な場合は、一旦本人と意思決定支援者との間で本人の意思を確認するなどの配慮が必要である。
③意思決定支援と環境
- 初めての場所や慣れない場所では、本人は緊張したり混乱するなど、本人の意思を十分に表明できない場合があることから、なるべく本人が慣れた場所で意思決定支援を行うことが望ましい。
- 初めての場所や慣れない場所で意思決定支援を行う場合には、意思決定支援者は、本人ができる限り安心できる環境となるように配慮するとともに、本人の状況を見ながら、いつも以上に時間をかけた意思決定支援を行うなどの配慮が必要である。
- 本人を大勢で囲むと、本人は圧倒されてしまい、安心して意思決定ができなくなる場合があることに注意すべきである。
- 時期についても急がせないようにする、集中できる時間帯を選ぶ、疲れている時を避けるなどに注意すべきである。
- 専門職種や行政職員等は、意思決定支援が適切になされたかどうかを確認・検証するために、支援の時に用いた情報を含め、プロセスを記録し、振り返ることが必要である。
(2)適切な意思決定プロセスの確保(図の二重線の囲み部分)
次に意思決定支援の本体について解説する。以下のヒントを参考に意思決定支援を進めてほしい。
①意思形成支援:本人が意思を形成することの支援
- まずは、以下の点を確認する。
- 認知症の人は説明された内容を忘れてしまうこともあり、その都度、丁寧に説明することが必要である。
- 本人が何を望むかを、開かれた質問で聞くことが重要である。
- 選択肢を示す場合には、可能な限り複数の選択肢を示し、比較のポイントや重要なポイントが何かをわかりやすく示したり、話して説明するだけではなく、文字にして確認できるようにしたり、図や表を使って示すことが有効な場合がある。
- 本人が理解しているという反応をしていても、実際は理解できていない場合もあるため、本人の様子を見ながらよく確認することが必要である。
②意思表明支援:本人が意思を表明することの支援
- 本人の意思を表明しにくくする要因はないか。その際には、意思決定支援者の態度、人的・物的環境の整備に配慮が必要である。
- 本人と時間をかけてコミュニケーションを取ることが重要であり、決断を迫るあまり、本人を焦らせるようなことは避けなければならない。
- 複雑な意思決定を行う場合には、意思決定支援者が、重要なポイントを整理してわかりやすく選択肢を提示するなどが有効である。
- 本人の示した意思は、時間の経過や本人が置かれた状況等によって変わり得るので、最初に示された意思に縛られることなく、適宜その意思を確認することが必要である。
- 重要な意思決定の際には、表明した意思を、可能であれば時間をおいて確認する、複数の意思決定支援者で確認するなどの工夫が適切である。
- 本人の表明した意思が、本人の信条や生活歴や価値観等から見て整合性がとれない場合や、表明した意思に迷いがあると考えられる場合等は、本人の意思を形成するプロセスを振り返り、改めて適切なプロセスにより、本人の意思を確認することが重要である。
③意思実現支援:本人が意思を実現するための支援
- 自発的に形成され、表明された本人の意思を、本人の能力を最大限活用した上で、日常生活・社会生活に反映させる。
- 自発的に形成され、表明された本人の意思を、意思決定支援チームが多職種で協働して、利用可能な社会資源等を用いて、日常生活・社会生活のあり方に反映させる。
- 実現を支援するにあたっては、他者を害する場合や本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生ずる場合でない限り、形成・表明された意思が、他から見て合理的かどうかを問うものではない。
- 本人が実際の経験をする(例えば、ショートステイ体験利用)と、本人の意思が変更することがあることから、本人にとって無理のない経験を提案することも有効な場合がある。
ガイドラインの活かし方を解説する
本ガイドラインでは、厚生労働省から様々なサポートツールが提供されている。これらを参考にして、ガイドラインを活かしてほしい。
文献
- (2023年9月20日閲覧)
- (2023年9月20日閲覧)
- (2023年9月20日閲覧)
筆者
- 稲葉 一人(いなば かずと)
- いなば法律事務所代表弁護士、元裁判官
- 略歴
- 1983-1998年:大阪地方裁判所判事補、1985-1988年:秋田地方家庭裁判所判事補、1992-1997年:法務省訟務局付検事等、1996-1997年:米国連邦最高裁判所連邦司法センター客員研究員、1997-1998年:大阪地方裁判所判事、2000-2005年:京都大学大学院医学研究科修士・博士課程後期、2002-2007年:三菱化学生命科学研究所特別研究員(文明科学研究所)、2007-2008年:姫路独協大学法科大学院教授、2008-2022年:中京大学法科大学院教授(現法務総合教育研究機構)、2021年より現職。久留米大学医学部客員教授、三重大学医学部客員教授
- 専門分野
- 臨床倫理、紛争交渉学、民事訴訟法
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