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認知症でも大丈夫 まちで、みんなで認知症の人を支える(福岡県大牟田市)

公開日:2020年3月27日 09時00分
更新日:2020年3月27日 09時00分

写真:大牟田市にある三池炭鉱宮原杭の写真。
2015年に世界遺産に登録された三池炭鉱 宮原坑

事業所と行政の協働による認知症ケアコミュニティ推進事業

 かつて炭鉱のまちとして栄えた福岡県大牟田市は、今は「認知症の人に優しい地域づくりのモデル」として全国に知られている。炭鉱最盛期の21万人ほどの人口は、現在は約11万9千人、高齢化率は34.4%。これは10万人以上の市において、全国で3番目に高い高齢化率となっている。

 大牟田市では2001年から「認知症ケアコミュニティ推進事業」を進めている。「地域全体で認知症の理解を深め、地域で支える仕組みをつくり、認知症になっても誰もが住み慣れた家や地域で安心して暮らし続けることのできるまちづくり」が事業の目的だ。

 事業の基盤となるのは、2000年に設立された「大牟田市介護サービス事業者協議会」(以下、協議会)。協議会は市内すべての介護事業者が加入し、その事務局を行政が担う。「2000年から始まった介護保険制度のもと、個々の事業者の努力でサービスの質を上げることが前提ですが、それを事業者だけに委ねるのではなく、行政も支援することが必要だろうという考えから協議会を立ち上げました」と話すのは、大牟田市保健福祉部の池田武俊さん(写真1)。

写真1:認知症施策に携わる大牟田市保健福祉部の池田武俊さんの写真。
写真1:大牟田市保健福祉部の池田武俊さん。大牟田市の認知症施策に事業立ち上げから携わる

 「介護保険制度がスタートし、現場も行政も混乱していました。とりわけ現場で苦慮していたのは、介護施設の『人員、施設及び設備並びに運営に関する基準』の中の"身体拘束禁止"という1項でした。認知症の人が点滴を抜いたり、人に危害を与えてしまったりなどで、これまではやむを得ず身体拘束が行われることがありました。そのほとんどが認知症の人で、認知症の人のケアをどのようにしたらよいかということは、切実な問題でした」と池田さんは当時を振り返る。

 そんな中、2001年に「グループホームふぁみりえ」を開設した大谷るみ子さん(ホーム長)が、施設の開設準備のために講師として招いたデンマークの認知症コーディネーターの話を聞いてほしいと、市内すべての介護事業所に声をかけ、そこに多くの現場職員が駆けつけた。

 「当時、認知症ケアを学ぼうという気運がとても高かった。私は今後の認知症ケアについて大谷さんに相談に行きました。大谷さんは『認知症の人がいつでも、どこでも、誰といても幸せになるためには、自分の施設だけがよくてもだめ』と話されました。市内すべての事業所が質の高い認知症ケアを提供できるようにならないといけない。これこそが市を挙げて取り組むテーマであろうと。そこで、『認知症ケア研究会』を立ち上げましょうという話になりました」

 2001年11月、協議会の専門部会として、「認知症ケア研究会」がスタートした(2013年に「認知症ライフサポート研究会」に改称)。介護事業所の職員9名の運営委員でスタートし、協議会と同様に事務局は行政が担う。そして同年から、行政と認知症ライフサポート研究会(事業所)とのパートナーシップのもと、認知症ケアコミュニティ推進事業がスタートした。

 事業を始めるに当たって最初に取り組んだのは、市内全世帯を対象にした認知症高齢者を支える地域づくりについてのアンケート調査だった。「地域で認知症の人を支える意識や仕組みが必要ですか?」の問いに、回答者の8割以上が「思う」と答えた。住民から2,200もの意見が寄せられ、その後の大牟田市の認知症施策の方向性を決定付けていった。

 大牟田市の認知症ケアコミュニティ推進事業は、その市民の声に1つひとつに対応してきたものだ(図)。さまざまな推進事業がある中で、ここでは①認知症コーディネーター養成研修、②認知症SOS模擬訓練、③子どもたちと学ぶ認知症「絵本教室」――を中心に取り組みをみてみたい。

図:大牟田市・認知症ケアコミュニティ推進事業の取り組みの経過を表す図。
図:大牟田市・認知症ケアコミュニティ推進事業の取り組みの経過

中核となって地域を支える認知症コーディネーター

 認知症コーディネーター養成研修は、2003年からスタートした。認知症コーディネーターは、「ケアの現場や地域で認知症の人の尊厳を支え、認知症本人や家族を中心に地域づくりを推進していく人材」だ。養成研修に当たっては、長谷川和夫 認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長に相談しながら人材育成をめざした。

 受講資格は認知症ケアの経験が5年以上の専門職。研修は12人程度の少人数で行われ、毎月2日間の研修を2年間かけて修了する。2015年度末で13期までの115名が修了している。「1学年12人、2学年で合計24人の研修生と2年間にわたって関わっていくので、受講生と事務局(行政)の間に深いつながりができてくる。行政にとっても現場が身近になるし、真に困っている認知症の当事者の方のお話がリアルに伝わってくる」と池田さんが話すように、地域と行政の連携に認知症コーディネーターの存在は大きい

 「研修を修了しただけでは、あくまでも"修了生"に過ぎません。本当の意味での認知症コーディネーターの道はこれからです」と池田さん。認知症コーディネーターには、所属するケアの現場で認知症ケアの向上を図るとともに、さまざまな市の認知症支援事業に携わり、地域で認知症の人を支えるリーダー役を担うことが求められる。

 市では地域包括支援センターや小規模多機能型居宅介護事業所の地域密着型サービスの責任者には、認知症コーディネーター養成研修の修了者の配置を義務付けしている。

 さらに、2009年から設置された「地域認知症サポートチーム」の中に、認知症コーディネーターをメンバーとして位置付けている。「認知症の早期発見から進行していくプロセスの中で、状態の大きな変化点が必ず現れます。介護者も介護現場もみなさんが戸惑い、対応に苦労される場面は必ずある。そういったときにも認知症コーディネーターが専門的な視点から認知症専門医と協働して、現場へのアドバイスや本人支援に介入し、終末期に至るまでずっと関わっていくという仕組みをつくっています」

 このほか、認知症コーディネーターは専門医らと一緒に、「もの忘れ予防相談検診」や「認知症予防教室」、後述する「認知症SOS模擬訓練」や「絵本教室」でも中核となって活動を行っている。

ほっと・安心ネットワークまちを挙げての認知症SOS模擬訓練

 毎年9月21日の国際アルツハイマーデーの前後の日曜日、まちを挙げての「認知症SOS模擬訓練」が行われる。認知症の人が不明になったという想定で、行方不明役の人が地域を歩き、連絡を受けた地域ネットワークが捜索に協力するというもの。このネットワークは「ほっと・安心ネットワーク」と呼ばれ、地域住民、警察、消防団、学校、タクシー会社、商店などが協力する。

 今年で12回目を迎える模擬訓練は、もともと2004年に駛馬(はやめ)南校区で始まった取り組みだった。2007年には市内全域の模擬訓練の範囲が広がり、2011年には22校区すべての小学校区の住民が参加するまで広がった。

 「最初からスムーズに進んだわけではありません。模擬訓練の範囲を市内全域に広げた際には、猛烈な反対もありました。『高齢化が進む地域組織にこれ以上の負担をかけるな』と、行政からの押し付けのように捉える方もいました。ですが、回を重ねるごとに意義を理解いただいて、すべての小学校区で実行委員会による模擬訓練が開催されるようになりました。いまでは訓練の時期が近づいてくると、地域の方のほうから声がかかるくらいで、毎年の恒例行事として定着しました」

 実行委員会は、民生委員・児童委員協議会、公民館連絡協議会(自治会)、社会福祉協議会、地域包括支援センター、地域交流施設(小規模多機能型居宅介護事業所)、認知症ライフサポート研究会、市の長寿社会推進課で構成される。小規模多機能型居宅介護事業所や地域包括支援センターに配置されている認知症コーディネーター養成研修の修了生が、地域住民と協働して取り組みを進める。

 模擬訓練の直前には、全体連絡会議を開催。全小学校区の関係者が一堂に会して、準備状況の報告や情報の共有を図る。これは模擬訓練の開会式や総決起大会も兼ねている。

 模擬訓練の当日は、実際の行方不明者の捜索と同じような手順で行われる。警察から行方不明者の情報が市役所に送られ、介護事業所、医療機関、民生委員など関係機関に情報を伝えられる。各小学校区はその情報を受け取り、各小学校区のネットワークに情報を伝達する。この連絡網がきちんとつながっているか、情報が正確に伝わっているか、情報伝達のスピードを確認するのも訓練のひとつだ。

 もうひとつ重要になるのは"声かけ"だ。「高齢者に声をかけるのは意外にむずかしいものです。そこで、声かけの啓発に力を入れている小学校区もあります。1軒1軒、インターフォンを鳴らして、『今から認知症(役)の方がここを通るので声をかけてください』とお願いする。日曜日の午前中ですから、まだゆっくりしたい時間です。そこで小学生に手伝ってもらって、各世帯にお願いしている校区もあります」と池田さん。すべての地域住民が声をかけた経験を持つことが大切になるという。

 模擬訓練参加者は、2007年度は311人だったが、2015年(平成27年)度には3,127人となり(全住民の約1/4)、地域住民の認知症への関心の高まりが感じられる。毎年の訓練には他の自治体からの視察が絶えず、全国に模擬訓練の取り組みが広がっている。

子どもたちと学ぶ認知症「絵本教室」

 子どもたちと学ぶ認知症「絵本教室」は、「子どもの頃から認知症について学び、認知症の人と触れる機会をつくる」という市民アンケートの声から生まれた。2004年、認知症ライフサポート研究会(当時:認知症ケア研究会)は絵本『いつだって心は生きている』(中央法規出版刊)(写真2)を制作した。

写真2:認知症について家族と子どもが一緒に学べる絵本「いつだって心は生きている」の表紙。
写真2:絵本『いつだって心は生きている』。挿し絵は市内の子どもたちが描いている

 絵本の第1章には、3つの物語を掲載している。認知症になったおじいさん、おばあさんを温かく見守る子どもの目線で、家族と地域が描かれる。「徘徊」を「冒険」と捉える少年の視点が印象的だ。第2章は、認知症という病気についての解説。第3章は、大人が子どもと認知症について語り合うためのポイントを掲載。子どもたちが認知症を学ぶための絵本あり、家族と子どもが一緒に認知症を学ぶための本でもある。

 この絵本教室は小中学生を対象に、総合学習の時間を利用して行われる。認知症を正しく理解し、「認知症になってもその人の素晴らしさは変わらず、尊い存在であるという人間観」を育むことを目的としている。

 絵本の読み聞かせと認知症の学びのあとは、グループワークを行い、「認知症の人の気持ちって?」、「私たちにできることって何?」などをテーマに意見を出し合う。

 「認知症になっても僕たちと同じようにやりたいことをやってほしい」、「認知症は不便だけど、決して不幸ではない」、「心も体もそばにいてあげたい」などの子どもたちの声が上がるように、絵本教室を通して、子どもたちの認知症への理解は確実に深まっている。

 子どもたちは地域ネットワークのメンバーとして模擬訓練にも参加する。大人以上に"声かけ"が上手だという。子どもたちも認知症の人を支える地域の一員だ。

認知症をキーワードにひろがる地域づくり

 市では小規模多機能型居宅介護事業所やグループホームに「地域交流施設」の併設を進めている。「それまでご近所付き合いがあった人が、要介護認定を受けた瞬間に介護サービスだけの世界へ移ってしまう。これまでの人間関係が断ち切られてしまうのは寂しいことです」と池田さん。小規模多機能型居宅介護事業所と地域交流施設が同じ場所にあることによって、介護サービスを受けながら、地域の人たちと交流ができるようにと考えた。

 地域交流施設は、地域のつながりを広げる場であり、介護予防や健康づくりの場である。「餅つき大会」、「ご近所さんによるお茶会」、「体操教室」などの多彩なイベントが開催される。そこには高齢者や子育て世代、子どもたちが集い、多世代交流が実現できている。地域交流施設には、「ほっと・安心ネットワーク」の事務局も置かれており、模擬訓練の打ち合わせも行われる。現在45か所の地域交流施設が地域の絆づくりを底上げしている。ここはまさに地域包括ケアシステムを進めていくうえでの拠点である。

 大牟田市認知症ケアコミュニティ推進事業は、今年で15年目を迎える。「大牟田では小学校区が地域住民のひとつの生活の単位で、"つながり"で、アイデンティティです。子供の頃から活動していた地域の中で、みんながずっとつながり合って支え合っていくというまちづくりを、"認知症"に巡り合ったことで、ここまでの事業に発展させることができました。介護現場の職員たちは、手弁当で自分の時間をこの取り組みに費やしてくれました。これから先もこのチームワークが継続して、さらに発展させていくことが責務です」と池田さんは15年を振り返る。

 今後の認知症ケアコミュニティ推進事業については、「市の第5次計画のマスタープランの中に、『認知症介護研修センター(仮称)の設立』という項目が盛り込まれました。ようやく人材育成の重要性が理解されたのです。これは15年間取り組んできたことの集大成になると思います。15年が経ち、取り組みの中核を担ってきた認知症ライフサポート研究会のメンバーも15歳年を取って、引退間近になってきました。そこに新たな世代の人材を引き上げていくことが急務になります」と話す。

 大牟田市の認知症施策の成功のカギをうかがうと、「行政が現場の職員にいかに近づいて、現場の声や地域の声、抱えている課題を吸い上げて、施策や制度という形にしていくのかだと思います。そういう意味でも協議会の事務局を行政が担ってきたということが大きいと思います」と池田さんの答え。

 "認知症"をキーワードに、子どもから大人までまち全体が関わり、地域のつながりを構築していく。そして、専門職と地域住民、行政が一体となった取り組みで、誰もが安心して地域で暮らせるまちづくりをめざす。地域包括ケアシステムの実践そのものといえる大牟田市の取り組みに今後も目が離せない。

(2016年10月発行エイジングアンドヘルスNo.79より転載)

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