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働きたいすべての人に就労の場を ソーシャルファームの取り組み(埼玉県飯能市 認定NPO法人ぬくもり福祉会たんぽぽ)

公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2022年12月 1日 10時26分

写真:埼玉県飯能市にあるソーシャルファームたんぽぽ自然農園にある看板を表す写真。
無農薬の自然農法の「たんぽぽ自然農園」

「第三の雇用の場」としてのソーシャルファーム

 埼玉県南西部に位置する飯能市は、市の約75%を森林が占める自然豊かなまち。東京・池袋駅から西武池袋線の急行電車で約50分という立地から都心への通勤者も多い。休日になると、県内外から多くの観光客が訪れるムーミンバレーパーク(ムーミン物語のテーマパーク)があるまちとしても知られている。

 飯能駅から車で10分ほどの距離にある、「ソーシャルファーム たんぽぽ自然農園」(写真1)。ここは、認定NPO法人「ぬくもり福祉会たんぽぽ」が運営する農園である。広大な敷地には、ナス、トマト、ニラ、サトイモなどがきれいに作付けされている。農園では日に焼けた男性2人と高齢の男性1人が、汗を拭きながら雑草取りやナスの支柱づくりに励んでいる。

写真1:ソーシャルファームたんぽぽ自然農園にて、野菜が栽培されている様子を表す写真。
写真1:広大な農園では、ナス、トマト、ニラ、サトイモなど、多彩な野菜が栽培されている

 看板にある「ソーシャルファーム」(Social Firm)は、「社会的企業」と訳され、ヨーロッパを中心に広がっている活動組織。障がい者、引きこもりの人、ニート、母子家庭の母、高齢者など、一般企業では就業困難な人たちのために雇用の機会を提供する企業のことだ。その背景には「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」の考え方がある。社会的に弱い立場にある人々を排除・孤立させるのではなく、ともに支え合い生活していくことを理念とする。

 日本では2008年に設立されたソーシャルファームジャパン(理事長:炭谷茂氏)が中心となってソーシャルファームの普及・支援活動を行っている。

 ソーシャルファームは、授産施設などの福祉施設と一般企業との間に位置づけられ、「第三の雇用の場」として定義される新しい企業の概念。障害者福祉制度の指定を受ける就労継続支援A型、B型事業とは違って、「ビジネス」としての経営であり、雇用者には最低賃金を保障している。

 ソーシャルファームの業種に限定はない。「ぬくもり福祉会たんぽぽ」の農業事業の他、チーズ製造(北海道新得町・NPO「共働学舎」)、クッキー製造(滋賀県大津市・「がんばカンパニー」)、シイタケ栽培・レストラン経営(東京都多摩市・NPO「多摩草むらの会」)など、全国で取り組みが広がっている。

 「たんぽぽ自然農園」を運営する「ぬくもり福祉会たんぽぽ」は、市内にデイサービス、グループホームなど展開する高齢者福祉施設である。高齢者福祉施設がソーシャルファームを始めるきっかけは何だったのだろうか。

「困った時はお互いさま」から「たんぽぽ」は始まった

 「ぬくもり福祉会たんぽぽ」は、1986年、市の公民館で開催された婦人講座からスタートした。この講座で講師を務めていたのが「ぬくもり福祉会たんぽぽ」会長の桑山和子さん(写真2)。講座は終了となったが、このまま会を解散するのではなく、「これからの時代の女性の生き方を考えていこう」と「女性問題研究会たんぽぽ」を立ち上げた。そこから活動が発展し、1994年には「ぬくもりサービスたんぽぽ」を設立。家事援助や介護サービスを、いわゆる互助型のサービスとして展開していった。

写真2:ぬくもり福祉会たんぽぽの桑山和子会長、経営管理部長の岡田尚平さん、ソーシャルファーム担当の奥野洋さんの写真。
写真2:右から、経営管理部長の岡田尚平さん、桑山和子会長、ソーシャルファーム担当の奥野洋さん

 「樋口恵子さんたちが『女性問題』という言葉を盛んに使っていた時代です。当時、女性は結婚して子どもができると家庭に入るのが当たり前でした。子育てが一段落したあとは何があるのか。そのあとは介護の問題があるということで、介護に着目したのです」と桑山会長は当時を振り返る。

 1999年に埼玉県第1号となるNPO法人の認証を受け、「ぬくもり福祉会たんぽぽ」(以下、「たんぽぽ」)を設立。そして、2000年介護保険導入の年に介護保険事業所としてスタートを切る。その後はデイサービス、訪問看護・訪問介護事業所、グループホーム、ショートステイなどを立ち上げ、現在では飯能市で一番利用者の多い施設となっている。市から委託を受けて学童保育事業も運営し、地域福祉活動も盛んで、「介護者サロン」や「地域の茶の間事業」なども行っている。その後、2013年には認定NPO法人に移行した。

 「たんぽぽ」設立の当初から掲げる理念は、「困った時はお互いさま」。法人格取得前の互助型のサービスから介護保険事業所となった今でも、いつも根底にあるのは「助け合い」「支え合い」の精神である。

ソーシャルファームとの出会い 介護も農業もキーワードは「命」

 「たんぽぽ」がソーシャルファームに取り組んだのは、桑山会長が市の障害者福祉委員となったことに始まる。そこで委員長をしていた上野容子さん(東京家政大学教授・当時)と出会い、ソーシャルファームの取り組みを知った。その後、上野さんからの紹介でソーシャルファームジャパンの炭谷茂理事長(社会福祉法人恩賜財団済生会理事長)とのご縁を得た。

 2007年から「飯能市障害者就労支援センター」の委託を受け、障がい者への就労支援を行う中、40~50名を就労に結びつけることができた。しかし、受け入れ先は決して多いとは言えず、また、せっかく職に就いても職場になじめず辞めてしまう人もいるという厳しい現実を目の当たりにした。そこで桑山会長は、「就労先がないのなら、たんぽぽで創ろう。ソーシャルファームを始めよう」と決意した。

 ソーシャルファームの業種として選んだのは「農業」だった。地域住民から休耕地を使ってもらえないかと声がかかり、17,000平方メートルの広大な農地を借り受けることができた。

 「農業は土づくりから始まって、種をまき育てて、収穫して味わいます。冬になって枯れた葉っぱは土に戻って肥やしになります。休耕地の荒れた畑がたんぽぽの農園に引き継がれて命を吹き返す。介護も農業もキーワードは『命』なのだと。それで農業がいいと思ったのです」と桑山会長。農業を通じて命を育てることによって、障がいを持つ人に元気と自信を取り戻してもらえるのではないかと考えたのだという。

 厚生労働省より補助金交付を受け、2009年、農業によるソーシャルファーム事業が本格的に始まった。一番苦労したのは広大な農地の開墾だった。

 「開墾前は背の高い草が生えていて、スコップを使っても地面が固くて掘り起こせない状態でした。小石が多くて耕運機の刃をだめにしてしまうので、丁寧に小石を取り除きました」と話すのは経営管理部長の岡田尚平さん(写真2)。

 開墾作業には補助金を利用し、ハローワークで高齢者を雇い、土壌づくりに手間と時間を重ねた。そしてようやく「たんぽぽ自然農園」のオープンにこぎつけた。

 2013年には「ソーシャルファーム フラワーガーデン」がオープン。高齢の職員2名がビニールハウスでパンジーやビオラ、ポーチュラカなどを栽培している(写真3)。「たんぽぽ」の施設にはフラワーガーデンで栽培された花の寄せ植えが何か所にも設置されており、利用者や来訪者の目を楽しませている。

写真3:ソーシャルファームフラワーガーデンで花を栽培する様子と担当職員の斉藤弘次さんの写真。
写真3:「ソーシャルファーム フラワーガーデン」のこの日の担当は斉藤弘次さん

農園を始めて10年 ここからがスタート

 「たんぽぽ自然農園」では現在、農業指導者1名、障がいのある人4名が働いている。職員は障がい者雇用ではなく一般雇用で、最低賃金を満たした報酬が支払われる。健康診断も受けられ、「たんぽぽ」の他の職員と遜色ない待遇としている。指導者には農業経験のある地域の高齢者に来てもらうことで、高齢者の雇用の場を提供するだけでなく、世代間交流も実現できる。勤務は朝8時〜12時の約4時間、夏場は週3回、冬は週2回の勤務とし、無理なく働ける体制にしている。

 農園では、ナス、きゅうり、二十日大根、トマト、ニラ、長ネギ、ほうれん草、サトイモなどを無農薬の自然農法で栽培している。車で5分ほどの距離にある農園には約120本のブルーベリーの木が植えられている(写真4)。ブルーベリーは夏に収穫時期を迎える。収穫時には人手が必要となるため、学童の小学生たちが毎年摘み取りを手伝ってくれるそうだ。

写真4:たんぽぽ自然農園のブルーベリー畑の様子を表す写真。約120本の木が植えられている。
写真4:ブルーベリー畑には約120本の木が植えられている

 この日の農園の担当は、岩月一誠さんと原口崇仁さん、そして農業指導者の熊田勝男さん(写真5、6)。3名ともに2009年の農園オープン当初からの職員だ。

写真5:農園にて担当の岩月一誠さんと原口崇仁さんがナスの支柱立てを行う様子を表す写真。
写真5:この日の農園担当は岩月一誠さんと原口崇仁さん。ナスの支柱立てづくりに大忙し
写真6:たんぽぽ自然農園の農業指導者である熊田勝男さんが、農園で担当者に指導する様子を表す写真。
写真6:「農業には定年がないね」と話す農業指導者の熊田勝男さん

 「農作業はどうですか?」と声をかけると、「10年続けていると、作業がだんだん楽になってきました」と岩月さん。その傍らでは原口さんが手を止めることなくひたむきに雑草取りを続けている。農業指導者の熊田さんは「明日で78歳になるんですよ。自分でもびっくりです。農業をやっている人はみんな元気だね」と笑顔を見せてくれた。

 熊田さんは畑仕事が生きがいなのだという。岩月さん、原口さんに畑仕事を教えることも楽しく、岩月さん、原口さんも信頼して指導を受ける。穏やかないい関係性が見えてくる。

 毎年、試行錯誤を続けながら、「たんぽぽ自然農園」は10年の時を重ねてきた。

 「畑を始めて立派な野菜が収穫できるようになるまでには10年かかるといいます。今がその10年。ここからがスタートです。縁の下からソーシャルファームを支えていきたい」と話すのは、ソーシャルファーム担当の奥野洋さん(写真2)。障がい者福祉施設での勤務経験を活かし、今年からソーシャルファームの担当となった。奥野さんはケアマネジャーであり社会福祉士である。障がい者福祉のプロである頼もしい担当者が加わり、農園は次の10年に向かって進んでいく。

ソーシャルファーム創設促進条例が制定 未来への光が見えてきた

 「たんぽぽ自然農園」で収穫された野菜は、「たんぽぽ」の介護事業所での自家消費(写真7)や、施設の直売所での販売が中心となっている。新鮮な無農薬野菜でつくった食事は利用者にとても喜ばれ、また、直売所では早い時間に売り切れてしまうほど人気だ。

写真7:たんぽぽ自然農園で収穫された野菜を使ったデイサービス田園倶楽部での芋煮会の様子を表す写真。
写真7:デイサービス「田園倶楽部」での芋煮会。材料には農園の野菜を使っている

 一方、ソーシャルファームの収支は厳しく、「たんぽぽ」の介護事業の収益でソーシャルファーム事業の赤字を補填しているのが現状である。ソーシャルファームはあくまでも「ビジネス」であるため、雇用を守ることと同様に収益を上げることが重要だ。事業の黒字化がこれからの課題となる。

 今後は、企業にまとめて野菜を販売するなどの販路拡大や、ブルーベリーのパック詰めや販売を外部の人に取り仕切ってもらうといった販売方法の工夫を検討しているという。

 桑山会長は、「『皆がよりよく生きるためにはどうすればよいか』ということが、たんぽぽの出発点です。『困った時はお互いさま』という理念が職員に浸透して、法人全体でソーシャルファームを支えています。収益に結びつける努力をしながら、この理念のもと取り組みを続けていきたい」と力を込める。

 岡田さんは、ソーシャルファーム事業の相乗効果をこう話す。「経営的には厳しいですが、ソーシャルファームを始めた効果は大きいです。介護職員とソーシャルファームの職員が交流することによって、介護職員の福祉に対する見方、考え方が変わってきています」

 ソーシャルファームの普及にあたって大きな朗報があった。2019年12月、東京都は「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」を制定した。都知事やソーシャルファームジャパンの炭谷理事長の熱意によって条例が実現したという。条例の制定前には都の職員が「たんぽぽ自然農園」の視察に訪れている。

 条例の前文に「ダイバーシティ(多様性)」と「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」を掲げている。第三章には「ソーシャルファームの創設及び活動の促進等」が記され、「ソーシャルファームの定義」の他、「ソーシャルファームの創設と活動を支援するため、支援対象となるソーシャルファームを認証すること」などが示されている。

 奥野さんは、「ソーシャルファーム自体が日本ではまだまだ完全に認知されていません。この条例が第一歩だと思っています。世間にもっと認知されて日本中に広がっていけば、未来への光が見えるのではないか」と今後に期待する。

 ソーシャルファームが全国にさらに広がり、働く意欲のあるすべての人に就労の場が提供されることが期待される。

(2020年7月発行エイジングアンドヘルスNo.94より転載)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.94(PDF:8.9MB)(新しいウィンドウが開きます)

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