健康長寿ネット

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「いつまでも住み続ける町づくり」でNPOが化学反応を起こす(静岡県榛原郡川根本町 かわね来風)

公開日:2019年4月17日 09時00分
更新日:2022年11月30日 11時05分

写真:大井川鐵道のSLに子供たちが手を振る様子を表す写真。
写真:大井川鐵道のSLに手を振る子どもたち

「この町に住み続けるために今私たちができること」

 川根本町は静岡県島田市金谷から北に車で約1時間、大井川沿いに南北に細長く広がる(図1)。90%以上が森林という自然豊かな山あいの町だ。全域が南アルプスユネスコエコパークに含まれ、ブナの原生林が広がる。毎日1便走る大井川鐵道のSLやアプト式鉄道で、全国の「鉄(てつ)ちゃん」の"聖地"でもある。寒暖の差が大きいことから良質の「川根茶」でも知られている。

図1:静岡県榛原郡川根本町とNPO法人かわね来風の位置を表す図。
図1:川根本町は静岡県中央北部に位置する

 しかし、全国どこでも起こっている人口減少・少子高齢化は、人口約7,000人のここ川根本町も例外ではない。しかも茶の価格の低迷、生産者の高齢化で茶畑は減少してきた。まさに"限界集落"がひしひしと迫ってきていた。2005年に本川根町と中川根町が合併して川根本町が生まれて3年後の2008年に任意団体の「かわね来風(ライフ)」が活動を開始し、その年にNPO法人として本格的な活動をスタートした。

 最初に手がけたのが、SLが通る線路沿いでイベントを開いたこと。次に、近くの町営の「三ツ星オートキャンプ場」を町から管理・運営を委託された。年間利用者数がわずか500人と低迷を続けていたが、高校生の遠足受け入れ、ピザ焼きやヤマメのつかみ取りなどのワークショップで人気を集めて、利用者はうなぎ上りに増え、今や年間約1万2,000人といっきに24倍増となった。この「三ツ星オートキャンプ場事業」の収益をきっかけに「この町に住み続けるために今私たちができること」を合言葉にNPO法人の活動は大きく広がっていった。

 NPO法人かわね来風の理事・事務局長の浜谷友子(はまたにともこ)さん(写真1)に話を聞いた。

写真1:NPO法人かわね来風の理事・事務局長の浜谷友子さんの写真。
写真1:「奔放すぎるから」と、最初は夫に止められると苦笑する浜谷さん

人気の「ママ宅事業」で孤立していた高齢者とママをつなぐ

 かわね来風の事業の中で注目されるのが、高齢者宅配サービス事業の「ママ宅事業」だ。町から委託されて高齢者にお弁当を配達する。その配達は、幼児とママさんが高齢者宅を車で訪れてお弁当を届けるというもの。可愛い子どもがお弁当を持ってくれば、おじいちゃん、おばあちゃんは大喜び(写真2)。お返しにチョコレートなどのお菓子をあげようとするが、昼食前にこれを食べてはいけないと、「ママが預かっておくから、後でね」と子どもをしつける。そんなルールもできてきた。

写真2:かわね来風が行う「ママ宅事業」の様子を表す写真。幼児とママさんが高齢者宅を訪れお弁当を届ける高齢者宅配サービス事業。
写真2:可愛い子どもからお弁当を渡されれば、おじいちゃんは大喜び

 子どもは行った先のお年寄りの家に上がり込み、仏壇のミカンをとってしまうこともあった。これもママさんがしつけをする場面だ。

 子どもが来ればお年寄りは喜ぶ。子どもにとっては地域の高齢者とのふれあい中で世の中を学ぶ。そして閉じこもりがちな子育てママさんが地域に溶け込み、しかも最低賃金の時給858円をもらえる。山々に分散したお年寄りのお宅に行くには自動車が欠かせない。せいぜい5、6件を回って、11時半には子どもの昼食とお昼寝のため自宅に戻る。

 毎日はとてもできないので、現在10人のママさんが交替でこの仕事を担当している。

 以前からあった町の高齢者弁当配達事業は「独居の高齢者」という条件がある。その代わり町の補助が半分あって1食300円で利用できる。しかし、独居でなくても弁当がほしいという声もあって、これに応えるのが民間組織の柔軟なところ。高齢者の様子がおかしいとなれば、地域包括支援センターに連絡することもある。まさに「見守り活動」も兼ねている。

 ママさん同士の関わりでは、「ママ活」がある。これは子ども服の交換をする「エクスチェンジ」、元美容師による髪切りの講習会など、地域のママさんを応援する活動だ。

「ケアラーズカフェ」や「ちょっくらランチ」が人気

 高齢者の居場所づくりの「ケアラーズカフェ」や高齢者のお宅を借りて食事会を行う「『おうち』ちょっくらランチ」、町の食堂に集まって食事を楽しむ「ちょっくらランチ」(写真3)も人気がある。高齢者ばかりでなく一般のお客さんも参加して、世代間交流が期せずして実現している。

写真3:高齢者の居場所づくりとして行われている町の食堂に集まって食事を楽しむ「ちょっくらランチ」の様子を表す写真。
写真3:町の食堂に集まって食事を楽しむ「ちょっくらランチ」

 山間に広がる参加者を集めるには送り迎えがどうしても必要になる。これもかわね来風の仕事だ。

 「お年寄りは自宅から出なくなって閉じこもりがち。出かけるとなれば、髪をとかし、化粧もする。新しい服を買ったりしておしゃれもする。中には認知症の男性のサポーターもいて、その人の認知症の進行予防にもなっているのでしょう」と浜谷さん。

 担当事務局の山下摩耶さん(23)(写真4)はおじいちゃん、おばあちゃんに育てられた。「人と関わることが好きで、いつも明るくを心がけています。誰でもウェルカムという雰囲気です。『摩耶ちゃんがこの前お休みでいなくて淋しかったよ』と言われるとうれしくなります。私のしていることは小さなことだけど、それが地域に役立っていると感じます」と笑う。

写真4:かわね来風事務局の山下摩耶さんの写真。高齢者の居場所づくりとして行われている食事会の担当事務局に所属。食事会を通し高齢者と地域の世代間交流が行われている。
写真4:明るく笑う山下摩耶さん

「ちょいサポ」という地域のサポーターの仕組みづくり

 生活支援サービスとして注目される取り組みに「ちょいサポ」がある。「ちょいサポ」は、日常生活でちょっとした困りごとを少しの料金で地域のサポーターが解決する取り組み。依頼する人は1枚200円のチケットを購入する(写真5)。「ちょいサポ」の利用券は5枚綴りで1,000円。

写真5:生活支援サービスが利用できる「ちょいサポ」の利用券の写真。日常生活のちょっとした困りごとを少しの料金で地域のサポーターが解決する取組。
写真5:「ちょいサポ利用券」1綴り1,000円。「中には1万円分ください」という人も

 サービスの内容はさまざまだ。たとえば「燃えるゴミ出し」は1枚で200円。約20分の活動を目安にしている。また「燃えないゴミ出し」で、「分別・洗浄して指定の収集場に運ぶ」場合は2枚、つまり400円となる。

 その他、「布団干し」「洗濯物干し」「簡単な裁縫」「電球の取り換え」「畑や花壇の水やり」「回覧板などの代読」などは1枚、200円だ。ちょっと高いのは「粗大ゴミ出し」「不用品の分別・整理」「庭の手入れ」「畑の手伝い」「障子の張替え」「家族が帰宅するまでのお相手」などは約1時間かかるため、3枚、600円となる。

 日常生活を送るには、これらのメニュー以外にもいろいろ出てくる。それを調整するのもかわね来風の役割だ。サポーターはこの利用券をかわね来風で換金するという仕組み。

 利用券には使用日、利用者名、サポーター名の欄があって、勝手に人に譲ったりはできない。紛失しても再発行できる。誰がいつ、何をサポートしてもらったのかはかわね来風が把握している。

 「ちょいサポ利用券」には「川根本町生活支援サービス」の表記とともに「この町で長~く暮らすためのお手伝い」と書かれてある。

 「ちょいサポ」のサポーター募集のチラシには、「ふじのくに型壮年期、まだまだ元気な老年期の方大歓迎!!やる事いっぱい。それが元気を保つ秘訣です!」とある。ここでいう「壮年期」は76歳まで。「老年期」は、「初老」が77~80歳、「中老」が81~87歳、「長老」が88~99歳、そしてようやく100歳以上の「百寿者」という具合。つまり「45歳まで青年」「76歳まで壮年」で、「喜寿までは働き盛り」という。

海外からもお客さんが来る農家民宿も「ちょいサポ」で大助かり

 農家民宿「天空の宿」を営む渡辺さんは交通事故に遭って肋骨を骨折したため、軽作業がむずかしくなり、「ちょいサポ」を依頼した。そこでサポーターの榊原さん(69)(写真6)がランの葉の汚れを拭き取り、冬に備えて倉庫に収納する作業の手伝いに来ていた。榊原さんは静岡市の出身だが、夫の仕事の都合で長野県の戸隠に8年間住んでいた。しかし、冬場には雪かきで大変なことから、静岡に移住を決意した。最初、静岡県に相談したところ、ここ川根本町を紹介された。

 「もう若くはないけど、体が動くうちは何かしないと」と、この「ちょいサポ」に参加することにした。サポーターの報酬は利用券を換金した金額だ。「なんといっても利用者から感謝されることがうれしい」と微笑む。

写真6:生活支援サービス「ちょいサポ」のサポーターがランの葉を拭く作業をしている様子を表す写真。
写真6:「ちょいサポ」でランの葉を拭く作業をする榊原さん

 この農家民宿は静岡県でもここ川根本町が最も数多く、1泊2食付きで7,000円からと格安。それぞれの民宿で「草木染め」「カヌー」「タケノコ掘り」などの体験もできる。海外からも宿泊者があり、最近はドイツ、マレーシア、台湾からもお客さんが訪れた。

世界的IT企業も進出を計画町おこしの次元を超える勢い

 インドに6,000人の社員を抱える世界的IT企業の日本法人の社長が、この川根本町を訪れたとき、地元の川根高校の高校生が明るく「こんにちは」と挨拶したことに感銘し、ここにコールセンターを置くこととなった。さらに新しい建物を建てて、開発部門も持ってこようという計画も進んでいる。計画では地元の高校生を採用して、インドの社内大学で2年、横浜で2年教育して川根本町に戻すという。

 「若い人が出て行ってしまうのは、川根本町に自分のしたい仕事がないから」と浜谷さんは言う。ならばと、このIT企業の誘致にも積極的だ。もうこれは町おこしという次元を超える勢いだ。

 浜谷さんはこの川根本町で生まれ育った56歳。母親がクリスチャンだったため、教会でオルガンぐらい弾けなければと、3歳のときからピアノを習って音楽教室の先生になり、20歳から30年間勤めた。

 話を伺っている間に携帯電話がひっきりなしに鳴り、ウエストポーチに差し込んだケータイをとると、すばやく応答をこなしたり、来訪者があったり、スタッフに指示をしたりで、事務所はてんやわんや。

 「『いつ休んでいるの?ちゃんと寝ているの?』とよく言われるけど、ちゃんと休んでいるし、しっかり寝ています。家族と幸せに暮らすのが目的だから、仕事でそれが犠牲になるようなら、それは本末転倒です」ときっぱり。名刺の裏には、「高齢者宅配サービス『ママ宅』運営」「川根本町放課後児童クラブ事業」「空き家対策・移住推進事業」など8つのかわね来風の事業が書き込まれている。

 「いろいろなことが書いてあるけれど、介護保険を使わない元気な人を増やす町づくりということに全部つながっています」(図2)

図2:かわね来風が行う事業と地域が連携する町づくり推進の仕組みを表す図。
図2:かわね来風の町づくり推進の仕組み

 かわね来風が地域の触媒になって化学反応を起こし始めた。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.89(PDF:5.0MB)(新しいウィンドウが開きます)

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