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住民が立ち上げたソーシャルビジネスで地域の活性化(和歌山県田辺市(農業法人株式会社きてら、秋津野))

公開日:2020年10月 1日 09時00分
更新日:2020年10月 1日 09時00分

写真:和歌山県田辺市上秋津地区にあるみかんと梅の里の風景写真。
みかんと梅の里、上秋津の風景

農産物直売所「きてら」農家のいきがいの場

 「みかんと梅の里」、和歌山県田辺市上秋津(かみあきづ)地区(図)では、日照時間が長く寒暖差のある気候を利用して、1年中みかんを栽培している。ここで収穫されるみかんの種類は約80種類で、日本一の種類の多さを誇る。

図:和歌山県田辺市上秋津の位置図。
図:和歌山県田辺市上秋津

 なぜ上秋津ではみかんが80種類と多いのだろうか。1972年、みかんの価格の大暴落が起こり、周辺地域ではみかんから梅の栽培に切り替えていった。しかしこの地区では年中温暖な気候を利用して、年間を通してみかんが収穫できるように種類を増やす方向で乗り切った結果だ。

 上秋津の幹線道路沿いにある農産物直売所「きてら」には、みかんや梅、野菜など地域の農産物が並べられている。「きてら」とは田辺地区の方言で「来てください」の意味で、"千客万来"の願いが込められている(写真1、2)。

写真1:農産物直売所「きてら」の外からの様子を表す写真。
写真1:農産物直売所「きてら」の外観。辺り一帯がみかんの花で香り立つ(5月初旬)
写真2:きてらの店内に豊富な種類のみかんが並ぶ様子を表す写真。
写真2:「きてら」の店内。豊富なみかんの品揃え

 「きてら」には毎朝、農産物を出荷する農家が訪れ、値づけは生産者自身で行う。出荷者は高齢者が多く、98歳の女性も自分の手で収穫した野菜を運んでくる。

 「早起きして野菜を収穫して『きてら』に出荷する。そのような生活のいいリズムができているようです。売れれば現金収入となり、孫たちに小遣いがあげられます。確実に農家の方の生きがいにつながっているでしょう」と話すのは玉井常貴・農業法人株式会社きてら取締役相談役。

「きてら」は、1999年に地域の有志31名の出資でつくられた「ソーシャルビジネス」。いわゆる地域の課題解決に住民らが取り組むビジネスだ。「きてら」は上秋津の地域づくり塾「秋津野塾」のメンバーが中心となって立ち上げた。

 「秋津野塾」ができた経緯から上秋津をみてみよう。ここは1989年頃の世帯数600戸から、現在1,200戸と2倍に増えた農村地域。上秋津はJR紀伊田辺駅まで車で15分と交通の便がよく、自然環境のよい高台に位置する。隣接の山村からの移住、また南海トラフ地震の津波が懸念される海に近い地区からの移住者も増えた。

 「農地の宅地化が進み、農業振興地域でありながら新しい住宅が建ち並び、新旧の住民間でトラブルが起き始めました。新旧住民、つまり農家と農家でない住民の間で生じた問題は『地域農業』に関することがほとんどでした」

地域農業への理解を通して新旧住民がつながる

 そこで1994年、「秋津野塾」を立ち上げ、地域農業への理解を深める活動を進めていった。秋津野塾メンバーには旧住民に加えて新住民も多く、町内会、老人会、PTA、商工会、農協などさまざまな組織が参加している。

 地域農業を知ってもらうためには、子どもを介して大人に伝達していく方法がいいと考え、小学校の総合学習に地域農業の授業を組み込んだ。「6年生は梅づくり体験。5年生は80種類のみかんについて学ぶ。3、4年生は野菜づくり。子どもは家に帰ると親にその体験を話します。そこから地域をつなげていくのです」

 このような活動の積み重ねで地域農業への理解が広がり、新旧住民が協力して地域づくりが進んでいった。1996年、農水省「豊かなむらづくり部門」で「天皇杯」の受賞をきっかけに、上秋津に多くの視察者が訪れるようになった。

 「ここから地域づくりの本番です。全国の元気な地域には農産物の直売所がある。そこで直売所をつくろうと秋津野塾に呼びかけ、31人が出資してくれました。出資者は農家だけでなく商店主、会社員など幅広い住民の皆さんです」。そして1999年、直売所「きてら」が開店。上秋津のソーシャルビジネスが誕生した。

 直売所「きてら」は10坪の中古のプレハブからスタートした。「世の中はそう甘いものではありませんね。半年後には経営がうまくいかず、倒産も覚悟しました。そこで農家の皆さんに相談しました。すると、『ここは80種類と日本一みかんの種類の多い産地。これをもっとアピールして攻めていこう』という意見が出てきたのです」と当時の状況を玉井さんは語る。

 「きてら」の倒産の危機を救ったのは、現在も看板商品となっている「きてらセット」である。毎年、春夏秋の3回、みかんを中心にした上秋津の特産品や加工品を箱詰めして、宅配便で全国に届ける。年中通して収穫できるみかんのバラエティの豊かさは他にはない魅力である。

 最初は200箱の発送から始まり、現在は春1,500箱、夏2,500箱、冬2,500箱ほどが出荷されている。顧客は増え続け、現在は約9万件あるという。マスコミに取り上げられ、口コミでも広がり、売り上げが増えてきた。

自らで考え実践する上秋津に昔からあるDNA

 「きてら」の経営や地域づくりが順調な中、さらに将来にわたり持続可能な地域づくりを考えようと、2000年から2002年にかけて地域のマスタープラン(基本計画)を立てた。

 「ここで挙がったのは、女性の参画を考えることや、農家を継ぐ若い世代が減る中でこの地区の経済を考えることでした。そこで『都市と農村の交流』や『直売所の6次産業化』(農産物を食品加工し、流通販売を展開)などの案が生まれました。具体的には『きてら』を拡大することが1つ。2つ目に廃校の木造校舎の活用です。廃校と地域農業をつないで都市と農村の交流施設をつくるという案です」

 さっそく2004年、10坪の「きてら」の店舗を20坪に拡大し、現在の店舗の場所に移転。さらに、6次産業化をめざし、同じ敷地に女性が働くことのできる農産物加工施設をつくった。

 注目すべきは資金の集め方だ。新事業の2/3は行政の交付金を利用し、残りの1/3は秋津野塾に呼びかけ、また「応援団制度」を設けて地域外からも出資を募った。「行政に頼るだけでなく、自ら考え実践し、行政と連携する。そういうDNAが昔からこの地域にあります」と玉井さん。

 加工施設では生搾りみかんジュースをつくり、直売所「きてら」内でコップ1杯200円で販売していた。それが人気商品となり、農家の皆さんが瓶詰めにして販売したいと「俺(おれ)ん家(ち)ジュース倶楽部」を組織した。

 「このときも補助金だけに頼るのではなく、農家21名と商工業者10名に呼びかけ1,550万円の資金を集め、5.5坪のジュース工房をつくりました。和歌山県で一番小さい工房でしょう。みかんジュースの商品名は『俺ん家ジュース』(写真3)とし、瓶詰めにすることにより全国へ販売展開することができました」

写真3:俺ん家ジュースシリーズの温州みかん、しらぬい、ポンカン、清美と俺ん家のウメジュースが並ぶ様子を表す写真。
写真3:ヒット商品の「俺(おれ)ん家(ち)ジュース」。温州みかん、しらぬい、ポンカン、清見。「俺ん家のウメ」ジュースもある

 その後、「きてら」の売り上げは1億円を超え、経営責任の明確化のため、2006年に「農業法人株式会社きてら」として法人化にするに至った。2010年、「きてら」と「俺ん家ジュース倶楽部」を経営統合し、2つの組織間で生まれる資本の増強などで経営の安定や新規事業をめざした。さらに、2011年には衛生管理の改良と生産量拡大に向けて、「俺ん家ジュース工房」を新築拡大した。

都市と農村の交流施設秋津野ガルテンの誕生

 マスタープランのもう1つの案は、廃校の木造校舎を都市と農村の交流施設にする「グリーンツーリズム事業」である。「ここには都会にはない豊かな自然、郷土文化がある。この地域資源を活用して、地域農業をキーワードに都市と農村をつなぎ、地域活性化しようという計画です」

 当初、木造校舎を解体し更地にして宅地にする計画だったが、上秋津地区が校舎を1億円で買い取り、運営することを決めた。古くからの地域組織「上秋津愛郷会」の中で何度も話し合いを重ね、購入費用を捻出した。

 廃校の改修・建設費用には、さらに1億円ほどが必要だった。資金の75%は国の交付金と県と市の協力を得て、残りを地域で用意することになった。「ここで『きてら』で資金を集めた経験が活きてきます。地域内で290人、地域外で199人の出資で、資金を集めることができました」

 2007年、グリーンツーリズム事業の運営会社「農業法人株式会社秋津野」が誕生した。「きてら」に続き、上秋津の2つ目のソーシャルビジネスで、株主の半分以上は農業従事者だ。玉井さんは秋津野の代表取締役社長も務める。

 都市と農村をつなぐ施設は「秋津野ガルテン」と名づけられ、2008年秋にオープンした(写真4)。「ガルテン」とはドイツ語で農園を意味する。秋津野ガルテンは直売所「きてら」から車で5分の場所にあり、秋津野ガルテンと「きてら」の両方を訪れる観光客も多い。

写真4:都市と農村の交流施設である廃校の木造校舎を利用した秋津野ガルテンの外観写真。
写真4:廃校の木造校舎を利用した「秋津野ガルテン」

 ガルテン事業には、農家レストラン「みかん畑」、宿泊施設、お菓子工房「バレンシア畑」、農作業の体験、みかんの樹オーナー制度、貸農園、地域づくり研修事業、田舎暮らし支援事業などがあり、年間6万人以上が訪れている。

 木造校舎は耐震補強をし、ほぼそのままの形を残した。木造校舎の中にある「都市と田舎の交流教室」では、「秋津野の地域づくりを学ぶ講習会」などが開かれる。また、みかん教室「からたち」では、上秋津で収穫される約80種類のみかんを詳しく学ぶことができる。

 宿泊施設、レストラン、お菓子工房は、木造校舎の雰囲気を踏襲しながら新築した。宿泊施設には和室の大部屋が7部屋あり、年間2,300人ほどの宿泊客が訪れる。和歌山国体があった一昨年は3,000人ほどの利用客があった。

 「中でも、農家レストラン『みかん畑』は地域資源をうまく活かしています。地域のお母さんたちが地域の食材を使って料理を提供するスローフードレストランです」

 ランチバイキングでは、肉じゃがや筑前煮などのお惣菜、カレーや揚げもの、茶がゆなどの郷土料理が供され、大人も子どもも喜ぶメニュー展開になっている(写真5)。食材はガルテン農園部がつくる野菜や、直売所「きてら」に出荷される野菜を使用。その他、「きてら」のジュース工房でつくられる「俺ん家ジュース」も人気メニューの1つだ。

写真5:農家レストラン「みかん畑」の店内の様子を表す写真。地域のお母さんたちの手づくりの料理が並ぶ。
写真5:農家レストラン「みかん畑」。1つひとつが地域のお母さんたちの手づくり

 ランチの料理の他、宿泊客の夕飯・朝食づくりも地域のお母さんたちが担当する。自宅から徒歩圏内に厨房があるため、女性たちが安心して働ける環境が整っている。

 お菓子工房「バレンシア畑」では、地域の若い女性たちがみかんを使ったお菓子を製造・販売している(写真6)。レストランのお客様アンケートの「スイーツを食べたい」という要望を取り入れ、敷地内にお菓子工房を建てた。マーマレードジャムやお菓子づくり体験もできる。

写真6:お菓子工房「バレンシア畑」の厨房で調理する様子を表す写真。
写真6:お菓子工房「バレンシア畑」の厨房

 中庭のテラス席には、子どもを遊ばせながら食事をする家族の姿。レストランの中もさまざまな客層だ。おばあちゃん、お母さん、息子の3世代家族。本を読みながら1人で食事を楽しむ若者。お菓子工房の前にあるベンチには"子どもソフトクリーム"を食べる小学生の女の子たち。秋津野ガルテンは観光客と同じくらい、地域の人が集まる場になっているようだ。

地域おこしから世界遺産ルートにはばたく

 秋津野ガルテンでは地域づくりの視察・研修を受け入れており、全国から多くの来訪者がある。玉井さんは秋津野ガルテンでの視察対応の他、全国で地域づくりの講演も数多く行っている。

 「"地域資源"をどのように活かしていくかが地域づくりのカギです。1つ目に"人材資源"をどう活かすか。この人とこの人の特技をつなげば、こんな新しいことができる。人材資源を発見して、どう育成していくか。2つ目は、"組織資源"をどう活かしていくか。昔からこの集落にある組織と組織をつなげば、『1+1=2』ではなく、3にも4にもなる。その相乗効果をどのように起こすか。3つ目は、地域産業を活かしながら、持続可能な地域づくりをどう進めるか。具体的には地域農業をどう活かすかです。

 "地域力"は経験の積み重ねでついてくるものです。地域のことを常に考え、地域づくりのアイディアを"引き出し"の中にたくさん入れておく。そして時がきたら、引き出しから出して、アイディアをつなげて新しい実践をしていく。これが上秋津の地域づくりの原点です」

 昨年から実践しているのは、隣の長野地区と行う「熊野早駆道(はやがけみち)」という世界遺産のウォーキングコースの提案だ。世界的生物学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)が植物調査で通った道でもある。

 「昨年、世界遺産に追加登録された紀伊田辺駅近くの闘鶏(とうけい)神社から上秋津・長野地区を抜け、潮見峠を越えて、世界遺産・熊野古道へ行く道です。この道の中にみかんの栽培や、世界農業遺産になった『みなべ・田辺の梅システム』の梅のミツバチ養蜂もあります」

 暮らしの風景がある街道から霊場と参詣道へ向かうという新しい地域づくりである。

 「人が地域をつくって地域が人をつくる。地域づくりにいろいろな人が関わることによって、人材も地域も育つ。それが地域づくりの奥深さです」

(2017年10月発行エイジングアンドヘルスNo.83より転載)

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