派遣報告書(堀家彩音)
派遣者氏名
堀家 彩音(ほりけ あやね)
所属機関・職名
東京科学大学 歯科医師
専門分野
摂食嚥下リハビリテーション
参加した国際学会等名称
European Society for Swallowing Disorders 2025 15th Annual Congress
学会主催団体名
The European Society for Swallowing Disorders
開催地
ギリシャ アテネ
開催期間
2025年10月7日から2025年10月11日まで(5日間)
発表役割
ポスター発表
発表題目
Behavioral economic characteristics are associated with oral function in older adults: A cross-sectional study
高齢者における行動経済学的特性と口腔機能との関連:横断研究
発表の概要
背景
咬合力や舌・口唇運動機能などの口腔機能の低下は、フレイルやサルコペニアと関連し、食事や会話、日常生活において重要である。時間選好やリスク選好といった行動経済学的特性は個人の意思決定に影響し、先延ばし傾向やリスクを好む傾向のある人は喫煙や不健康な食生活を送りやすいとされており、これらが口腔機能の低下とも関係している可能性がある。しかし、高齢者における行動経済学的特性と口腔機能の関連は明らかになっていない。本研究では、地域在住高齢者を対象に、行動経済学的特性と口腔機能との関連を検討した。
方法
咬合力測定、舌・口唇運動機能の測定(「パ」「タ」「カ」を5秒間繰り返す)、および質問票調査(先延ばし傾向、時間割引傾向、リスク選好)を実施し、行動経済学的な特性を評価した。口腔機能と行動経済学的特性との関連を多変量線形回帰分析で解析した。
結果
対象は地域在住の高齢者99名(平均年齢79.4歳、男性38.4%)であった。咬合力は平均541.7kg、「パ」「タ」「カ」の平均回数はそれぞれ6.2回、6.2回、5.6回でした。リスク選好と咬合力の間に有意な負の関連があり(p=0.015)、リスクを好む人ほど咬合力が高い傾向がみられた。また、先延ばし傾向と舌・口唇運動機能との間にも有意な負の関連があり、先延ばし傾向が強い人ほど発音回数が少ない傾向であった(「パ」「タ」:p=0.037、「カ」:p=0.021)。
考察・結論
咬合力と舌・口唇運動機能という異なる口腔機能は、それぞれ異なる行動経済学的特性と関連していました。リスクを好む人は身体活動量が多く、食生活が健康的である傾向があることから、咬合力の維持に貢献している可能性がある。一方、舌や口唇は食事や会話など日常生活で頻繁に使用されるため、先延ばし傾向のある人は日々の生活習慣の選択の積み重ねにより、運動機能が低下している可能性がある。
本研究から、行動経済学的特性は口腔機能の評価指標となり得ることが示され、今後の臨床において個人の意思決定特性を考慮することの重要性が示唆された。
派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等
高齢者の咬合力、舌・口唇運動機能と行動経済学的指標との関連についてのポスター発表を行いました。
医師、歯科医師、言語聴覚士など多職種の方々が学会に参加されていました。質疑では、行動経済学的指標の臨床応用の方法について、また今後の研究の展望についての質問をいただきました。
臨床応用方法については、行動変容をナッジなどを通して促すことで、口腔機能低下の予防や身体機能低下につながる可能性があることについて説明しました。また、本研究は対象者が少ない横断研究であったため、将来的には対象者を増やした上で、縦断研究を計画したいと考えております。

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等
高齢者において、選好と身体機能との関連やその背景にあるメカニズムが明らかになれば、個々の選好を把握することで健康行動の傾向や、将来的な機能低下・疾患発症を予測できる可能性があります。本研究は、選好を考慮した個別最適化医療の実現に寄与するだけでなく、より高精度なポピュレーションアプローチの確立にも貢献するものです。さらに、個人の選好や性格特性を科学的に可視化・計測可能にすることで、ヘルスプロモーションや健康行動科学への応用が可能となり、医療・介護・公衆衛生といった多領域への波及的な意義を有します。
参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題
- 発表者氏名
- Jackie McRae
- 所属機関、職名、国名
- City St George's University of London, Speech therapist, UK
- 発表題目
- Use of Patterson Oedema Scale in the clinical management of airway and swallowing in Spinal Cord Injury: A retrospective service review/脊髄損傷における気道および嚥下の臨床管理におけるパターソン浮腫スケールの活用
- 発表の概要
- 脊髄損傷は、複雑な疾患であり、気道合併症のリスクも高く、嚥下障害の発生率は8-80%と報告されている。
呼吸器の合併症は脊髄損傷患者の罹患率と死亡率の主な原因である。本発表では、脊髄損傷患者の浮腫と嚥下障害および呼吸機能への影響を記述する上でのパターソン浮腫スケールの臨床的有用性を検討した。
脊髄損傷で入院した患者に使用される、パターソン浮腫スケールは、嚥下内視鏡検査における包括的なプロトコルの一環として、浮腫のパターンを経時的に特定および追跡するための貴重なツールとなり得る。
日本では、医師・歯科医師のみが基本的には、嚥下内視鏡検査を行うことができるが、他国では、言語聴覚士も実施できることにより、摂食嚥下の診療の幅が広がり、嚥下診療の普及にもつながると感じた。
- 発表者氏名
- Kristine Galek
- 所属機関、職名、国名
- University of Nevada, Reno School of Medicine, Speech therapist, USA
- 発表題目
- Informed consent in speech language pathology documentation when recommending diet changes/食事変更を推奨する際の言語聴覚療法におけるインフォームドコンセント
- 発表の概要
- 臨床医が治療を行う前にインフォームドコンセントを得ることが義務付けられている。インフォームドコンセントの文書化には、問題の性質、問題の潜在的な結果、可能な選択肢の説明、理解度の測定、自発的な選択の取得などが含まれる。本発表の目的は、急性期および外来診療における米国の言語聴覚士が嚥下障害患者への食事変更する推奨に関する、インフォームドコンセントの構成要素を文書化する頻度を調べることであった。結果は、米国の言語聴覚士は2つのインフォームドコンセントの構成要素のみを文書化していることが多いことが明らかになった。そのため、臨床医と協力しながら、インフォームドコンセントの文書化の徹底に取り組む必要がある。このような医師と言語聴覚士の両方の視点を含めた研究は新規性があり、興味深いと感じた。
- 発表者氏名
- Agathe Bouverot
- 所属機関、職名、国名
- General practitioner, Speech and language therapist, France
- 発表題目
- Medication dysphagia, Parkinson's disease and interprofessional care: what practices for general practitioner's in France?/薬剤性嚥下障害、パーキンソン病、および専門職連携におけるケア:フランスの一般開業医の実践状況
- 発表の概要
- パーキンソン病は2番目に多い神経変性疾患であり、50-80%の人が嚥下障害を患っている。パーキンソン病の最も有効な治療法は経口薬である。治療において、学際的なツールと専門家の連携による調整されたケアが不可欠である。本発表では、フランスの一般開業医におけるパーキンソン病治療の現状を把握する目的でオンラインアンケートを実施した。回答者は236名で、半数以上の57.2%の一般開業医が専門家と連携していることが明らかになった。その一方で、薬剤性嚥下障害について、研修不足と感じている割合が69.1%、無能感があるものが78.4%と高値であった。これらを改善するには、専門家との連携を定期的な研修などを通じて推し進めていくことが必要となると感じた。
