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派遣報告書(大友瞳)

派遣者氏名

大友 瞳(おおとも ひとみ)

所属機関・職名

京都大学 大学院生命科学研究科 博士後期課程1回生

専門分野

バイオメカニクス

参加した国際学会等名称

13th Asian-Pacific Conference on Biomechanics

学会主催団体名

Asian-Pacific Association for Biomechanics

開催地

ニュージーランド オークランド

開催期間

2025年11月18日から2025年11月21日まで(4日間)

発表役割

口頭発表

発表題目

Aging-associated changes in free-histone levels in osteocytes

加齢による骨細胞内遊離ヒストン量変化

発表の概要

 骨組織中の骨細胞は老化することが知られており、加齢による遺伝子発現変化によって骨細胞の老化が導かれると考えられる。これまでの研究から、DNAに対するヒストンの結合・遊離状態が、遺伝子発現に重要であることが示唆されている。特に、ヒストンが遊離状態へと変化するプロセスが鍵となる可能性がある。一方で、加齢によりヒストン遊離が導かれる機構は明らかでない。そこで、本研究では加齢によるヒストン遊離を駆動する機構の解明を目指して、骨細胞における遊離ヒストン量を評価した。

 まず、若齢・老齢マウス骨組織から抽出した遊離ヒストン量を比較した。その結果、老齢マウスでは、若齢マウスに比べて遊離ヒストン量が増加することが明らかになった。次に、DNA損傷は加齢にともない骨細胞に蓄積し、さらに、DNAに結合するヒストン量に影響を及ぼすことが示唆されていることから、DNA損傷が遊離ヒストン量に及ぼす影響を評価した。その結果、DNA損傷によって遊離ヒストン量が増加することが見出された。

 以上の結果から、加齢により骨細胞内の遊離ヒストン量が増加することが示唆された。また、その要因として、DNA損傷が影響を及ぼす可能性が示唆された。今後は、ATAC-seqおよびChIP-seqを行うことで、マウス骨細胞の核内でヒストンが結合している遺伝子領域を評価する。さらに、加齢によるヒストン遊離を駆動する上流の機構を解明するために、DNAに蓄積される力学的エネルギーが及ぼす影響について検討を進める予定である。本研究は、骨細胞の老化を導く遺伝子発現変化機構の理解に貢献することが期待される。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

派遣先学会等の開催状況

 今年の本国際会議は"Challenges of an Aging Society"を主題として開催され、加齢性疾患の発症メカニズムや治療戦略をバイオメカニクスの観点から探究する研究発表が活発に行われた。派遣者が取り組む細胞・分子スケールでの解析から、組織・個体レベルにおける機能評価まで、研究の着眼点と方法論は多岐にわたり、老化研究に対する生体医工学的アプローチの現状と最新の動向を体系的に学ぶことができた。

質疑応答内容等

 本発表における質疑応答の内容を以下にまとめる。

 最初に、Western Blottingのコントロールタンパク質の選択について、質問を受けた。マウス骨組織由来の骨細胞を用いた実験ではΒ-actinを対照に用いて、培養細胞を用いた実験(DNA損傷処理)ではGAPDHを対照に用いた理由として、(1)先行研究によりGAPDHの発現量が加齢により増加することが示されており、高齢マウス試料ではGAPDHを用いるとバイアスを生じ得る点、(2)一方で本研究の培養細胞ではGAPDHの発現の方がΒ-actinより安定しており、かつDNA損傷によるGAPDH変動の報告が確認されなかった点、を回答した。一方で、実験間で対照指標が異なる点は解析上の課題であるため、今後はポンソー染色およびCBB染色等による全タンパク質量を基準とした統一的対照を導入する予定である旨も説明した。

 次に本研究の雌雄の扱いについて、質問を受けた。本研究は雌雄どちらの個体も含む結果であり、いずれの性でも加齢による遊離ヒストン量の上昇が確認された旨を回答した。

 さらに、懇親会での議論では、培養細胞(骨芽細胞様細胞)を用いたDNA損傷実験の生物学的妥当性について質問を受けた。これに対しては、若齢マウス由来の一次骨細胞にDNA損傷を誘導することで、老齢マウスの所見と整合するか検証する旨を述べた。また、加齢による遊離ヒストンの増加に対するクロマチン再構成因子の影響に関する質問も受けた。これに対しては、加齢によるクロマチン再構成因子の発現変化がヒストン遊離に影響を与え得ることを認めつつ、本研究の中心的課題は「ヒストンの結合・遊離を導く力学的機構の解明」であるとし、これらを踏まえた包括的な検討を進める旨を述べた。

会場の様子を表す写真
会場の様子
口頭発表の様子を表す写真。
口頭発表の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 骨細胞は骨の維持および再生に関与する主要なメカノセンサ細胞である。一方で、骨細胞の老化によって力感知機能が低下すると、骨折・骨粗鬆症などの発症・進行につながることが知られている。これらの加齢性骨疾患による身体機能の低下を防ぐためには、病態メカニズムの理解に基づく対策が必要である。本研究は、骨細胞老化機構の理解を通じて、加齢性骨疾患に対する予防・治療法の発展に貢献する。実際、ATAC-seq・ChIP-seqによるヒストン占有領域の網羅的解析を行うことで、加齢により破綻する骨細胞の遺伝子制御ネットワークが明らかとなり、骨細胞老化の早期バイオマーカーの同定に寄与する可能性を有する。

 さらに、本研究は骨細胞老化の根幹にある遺伝子発現変化を分子生物学とバイオメカニクスの観点から理解しようとする点で、重要な意義を有する。特に、DNA損傷によってDNAに蓄積される力学的エネルギーが減少することで、ヌクレオソーム不安定化およびヒストン遊離が導かれるとの仮説は、従来検討されてこなかった新しい視点である。この力学的機構の解明は、細胞老化を駆動する新たな機構の提案につながると考える。本研究で得られた知見を基盤として、ヒストン占有率を制御する新規遺伝子発現制御技術の確立を目指している。将来的に、この技術は加齢性疾患に対する予防・治療戦略へと展開される可能性を有する。

 以上のことから、本研究は、骨細胞が老化するメカニズムを力学的観点から理解することで、加齢性疾患に対する新たな予防・治療法の開発、ひいては、長寿科学の発展に貢献する。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Martyn NASH
所属機関、職名、国名
Auckland Bioengineering Institute, University of Auckland, NewZealand, Professor
発表題目
Heart failure characterisation and prognostication driven by medical imaging and biophysical modelling/医療画像と生物物理学的モデリングに基づく心不全の特性評価と予後予測
発表の概要
心不全の有病率は10年間で増加しており、診断後5年以内に約半数が死亡するなど、依然として予後不良な疾患である。従来の心不全の臨床的診断では、左室駆出率(EF:1回の心拍で心臓から送り出される血液の割合)50%を基準としてHFrEF(左室駆出率低下型心不全)とHFpEF(左室駆出率保持型心不全)に分類する。両者の罹患者数はほぼ同数であるが、HFrEFに比べて病態の多様性が大きいHFpEFでは確立された治療法が少なく、基礎となる生物物理学的機序に基づいた、より特異的なHFマーカーが必要とされている。
本研究発表では、心臓の医療画像解析と生物物理学的モデリングを活用した「心臓バイオメカニクスモデル」の構築によって新しい心不全の潜在的バイオマーカーを導出し、患者単位での心不全生体力学的機序を特徴づける新たなアプローチを概説していた。3Dモデルの入力には、3D心臓超音波検査(3DE)やDENSE MRI(3D spiral cine displacement encoding with stimulated echoes)などの高度な画像解析技術を用いて、二次元動画から三次元心臓形状や局所に生じる力を再構成することで、精密な心臓を推定していた。
従来、HFrEF心臓は臨床的圧容積測定に基づき「軟化」すると考えられていたが、本研究では、HFrEF心臓の受動的心筋硬度(tissue stiffness index, kPa)はむしろ正常より増加しているとの逆説的な結果が得られた。一方で、HFpEF心臓の受動的心筋硬度は正常域から高値まで広く分布し、病態の不均一性が示された。この結果により、受動的心筋硬度が心不全の重症度を力学的に評価する新規指標となる可能性が示唆された。さらに、これらの力学的指標を用いて、心不全の予後予測モデルを構築する取り組みも進めており、複数施設の心不全患者群を対象に、受動的心筋硬度が予後予測能を有するか、検証を進めているようである。
派遣者は、実際の医療現場から得られた生データに基づいてモデルを構築し、そこから算出された力学的指標が新たな臨床マーカーとなり得ることに対して、実験とモデリングが密接に連携した優れた研究例であると感じた。また、実装に向けて精力的に研究が進められている様子を拝聴でき、大変興味深かった。本研究は高齢化にともない増加する心不全の発症・再発リスクの低減に寄与し得る点から、紹介する意義が大きいと考えた。一方で、将来的には、モデルによって示された受動的心筋硬度の変化が実際の心不全患者の心臓においても同様に生じているのか、検証する必要があると感じた。
なお、発表ではいくつかの有用なデータセットやツールを紹介していた。下記にそれらを紹介する。
  1. MedTech Heart
    発表者を含むオークランドバイオエンジニアリング研究所の心臓メカニクス研究グループが作製した、フリーの心室3Dモデル。心臓発作、心電、心不全のモデルを観察することができる。
  2. MITEA(MR-Informed Three-dimensional Echocardiography Analysis)dataset
    健康対照群82名と後天性心疾患患者群52名の被験者から取得した対照CMRスキャンのラベルを用いた3DEデータセット。(Zhao, D. et al., Front. Cardiovasc. Med., 2023)
  3. suiteHEART NEOSOFT
    心臓MRIの専用のソフトウェアで、複数の検査、画像を閲覧可能で、簡単に心臓疾患の解析が可能である。

発表者氏名
Jeonghyun Kim
所属機関、職名、国名
Kyushu University & Nagoya University, Japan
発表題目
Mineralization-driven biomechanical remodeling and cellular reorganization in spheroids derived from murine MC3T3-E1 osteoblast-like cells/MC3T3-E1細胞スフェロイドにおける骨様石灰化にともなう生体力学的リモデリングと細胞再構築
発表の概要
骨形成において石灰化は重要な役割を果たすが、三次元環境における石灰化の制御機構は十分に理解されていない。本研究では、マウス由来骨芽細胞様MC3T3-E1細胞から足場となる材料を用いずにスフェロイド(自己組織化した細胞塊)を作製し、35日間にわたり形態学的・機械的・細胞学的変化を多面的に解析することで、三次元培養下での骨様組織形成の進行過程を明らかにした。
スフェロイドは培養の進行にともない縮小し、細胞生存率は低下した。Live/Dead染色と核形態解析では、培養2日目から中心部に細胞死が見られ、核の歪みも観察された。また、骨細胞マーカーであるOsteopontin、Dmp1、Sostの発現が増加していたことから、スフェロイド内部で骨細胞様の形質が誘導されている可能性が示唆された。二光子顕微鏡観察により、時間依存的なコラーゲンの蓄積が確認され、35日目には中心部で顕著な石灰の沈着が見られた。さらに、微小ガラス板を用いた独自の単軸圧縮試験により、ヤング率が2.6倍に上昇することが明らかとなり、石灰化の進行がスフェロイドの力学的硬化に直接寄与していることが示された。これらの結果から、スフェロイドにおける石灰化は中心部の細胞死領域を起点として進行し、蓄積した細胞外マトリックスが石灰化核として機能する可能性が示唆された。
高齢化にともなう身体機能低下を改善するうえで、骨の老化機構を解明する研究の重要性は高まっている。しかし、骨細胞を対象とした実験研究には依然として多くの課題がある。例えば、骨細胞は単離が難しく、マウスから単離できる細胞数も限られている。また、骨細胞様の培養細胞株はいくつか存在するものの、骨芽細胞からの分化誘導が必要であり、その分化効率の不安定さや試薬コストの高さがボトルネックとなっている。さらに、骨組織そのものを人工的に再現する確立された手法もない。このような状況の中で、派遣者は、本研究のように新たな人工骨組織形成モデルの確立に資する研究は、骨組織中の骨細胞の機能や加齢にともなう変化を理解するうえで、極めて有用な生体モデルとなり得ると感じた。特に、MC3T3-E1は派遣者も取り扱っている細胞株であるため、本研究で提示された手法を将来的に自身の研究に取り入れたいと思った。

発表者氏名
Cheng-Hao YU
所属機関、職名、国名
National Taiwan University, Taiwan
発表題目
A federated learning model to monitor gait speed and dynamic balance in older adults using a single inertial sensor/単一慣性センサを用いた高齢者の歩行速度・動的バランス評価のための連合学習モデル
発表の概要
高齢化社会において、歩行機能の低下を早期に発見することは、転倒予防や自立した生活を送る上で重要である。特に、歩行速度と動的バランスは重要な指標であるが、実生活における継続的な計測は困難である。従来、腰部装着型の慣性計測装置(IMU)とAIを組み合わせた手法が提案されているが、中央集約型の学習に依存しており、データ不足やプライバシー保護の観点から大規模なモデル構築には限界がある。
本研究では、単一のIMUから歩行速度および重心--足圧中心間の傾斜角(IA)およびその変化率(RCIA)を推定することを目的とし、複数機関が生データを共有することなく協調学習できる連合学習(FL)の枠組みを構築した。解析には、3つの研究機関に所属する高齢者各15名から得られた1350試行分の歩行データを使用した。そして、各機関を1つの学習エージェントとし、IMU信号と歩行速度・IA・RCIAの実測値を対応づけて学習データとした。モデルには、物理ベースの特徴を組み込んだTransformerモデルを採用した。FLでは、各エージェントがローカルデータで学習を行い、暗号化したパラメータの更新のみを中央サーバーに送信し、サーバー側で統合モデルを生成する二段階の学習戦略を用いた。比較のため、全データを集約した中央集約型モデルも作成した。その結果、FLモデルは中央集約型モデルと同等の予測精度を示し(p>0.05)、歩行速度・IA・RCIAの相対平均二乗誤差はそれぞれ3.1%、3.4%、4.1%であった。これにより、FLによるIMU解析は、高齢者の歩行速度および動的バランスの推定に十分実用的であることが示された。
実社会における標本調査を基盤とする研究では、プライバシー保護への十分な配慮が不可欠である。一方で、近年の生体情報の厳格な取り扱い基準は、研究推進の制約となり得る。本研究は、(1)プライバシーを保持したまま大規模モデルを構築できる実現可能性、(2)単一センサから臨床的に有用な指標を抽出できる実用性、(3)物理知識を組み込んだモデル設計の妥当性、との特徴を備えている。派遣者は、本研究が現場導入への高い可能性と学際的発展(機械学習×バイオメカニクス)の両面で高いインパクトを有すると考えた。また、制約である「情報保護」の観点を研究の強みに転換している点が趣深かった。