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高齢者の生きがいの客観化~個人最適化と住民活力のエンパワメント~

 

公開月:2023年4月

孫 輔卿(そん ぼーきょん)

東京大学高齢社会総合研究機構・東京大学未来ビジョン研究センター特任講師

はじめに

 生きがいは日本人独自のwell-being概念であり、広辞苑では「生きるはりあい、生きていてよかったと思えるようなこと」と説明されている。英語ではthe meaning of lifethe purpose of life(人生の意味や意義)と置き換えられることが多いが、最近はikigaiそのままの表記でも使われている。高齢者にとっての生きがいは「高齢者が生きるために見出す意味や目的、価値であり、生きることに対する内省的で肯定的な感情の創出により実感される」と説明されている。

 生きがいには生きがいを感じる対象があり、それは孫の成長だったり、趣味やおいしいご飯だったり個々人によってさまざまである。さらに、生きがいの対象に伴う感覚や感情が生きがい感である。それは自己実現と意欲、生活充実感、存在感のような共通性・普遍性があるもので、価値の認識が含まれるものが多い。具体的には「生きていてはりあいがある」とか「いい」「よかった」という性質を持つものである。

高齢者の日常生活や社会活動での生きがい

 高齢者は、さまざまな場面や状況で生きがいを感じる。また、高齢者にとって生きがいが、活動を促進する原動力となり、ひいては交友関係・社会参加につながる重要な援助の鍵となることを理解する必要がある。

1. 日常生活の中でとらえる"生きがい"

 令和4年版高齢社会白書1)によると60歳以上の高齢者が日常生活の中でどの程度生きがいを感じているかについては、「十分感じている」人と「多少感じている」人をあわせると72.3%である。近所の人との付き合い方別に生きがいを感じる程度を見ると、生きがいを「十分感じている」と回答した人の割合は、「趣味をともにする」と回答した人では33.2%、「お茶や食事を一緒にする」と回答した人では30.4%、「外でちょっと立ち話をする」と回答した人では26.2%と、いずれもこうした付き合いをしていない人に比べ、高くなっている。また、外出頻度が高い人ほど生きがいを「十分感じている」と回答した人の割合は高い。親しくしている友人・仲間を、より多く持っていると回答した人ほど、生きがいを「十分感じている」と回答した人の割合は高くなっている。

 「生きがいを感じるのはどのような時か」について日本を含む4か国を調べた内閣府の調査(選択式、複数回答)2)によると、すべての国で割合が高めだったのは「子どもや孫など家族との団らんの時」(日本55.3%)であった。日本においては、「おいしいものを食べている時」(53.8%)、「テレビをみたり、ラジオを聞いている時」(48.5%)、「友人や知人と食事、雑談している時」(45.5%)、「趣味に熱中している時」(45.3%)と続いている。そのほかに生きがいを感じるとされた回答には、「旅行に行っている時」(34.7%)、「夫婦団らんの時」(32.0%)、「他人から感謝された時」(28.2%)、「収入があった時」(22.8%)、「仕事に打ち込んでいる時」(22.0%)、「おしゃれをする時」(16.6%)などがあり、これらは、おいしいものを食べて幸せな気分になったり、他者との関係性の中で自分の価値を認められたり、生活の中でたのしみや安らぎを感じたり、という日常生活の中において、「生きがい」を感じているものである。

2. 地域活動からとらえる"生きがい"

 令和4年版高齢社会白書1)によると65歳以上の人のうち、社会活動に参加した人は51.6%となっている。活動内容については、「健康・スポーツ(体操、歩こう会、ゲートボール等)」(27.7%)、「趣味(俳句、詩など)」(14.8%)などとなっている。また、社会活動に参加した人のほうが、参加していない人よりも、生きがいを「十分感じている」と回答した割合が高い(図1)。

図1、社会活動に参加した人と参加していない人が生きがいを感じる程度の割合を比較した図。
図1 社会活動を通じた生きがい
(出典:内閣府, 令和4年版高齢社会白書(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)1) 第1章第3節 図1-3-3-4より作図)

 社会活動の中でも、余暇活動は楽しみを伴うものであり、高齢者クラブをはじめ地域のボランティア活動、シルバー人材センター、自治会でも行われ、今まで仕事で余暇の時間が十分とれなかった定年後の高齢者が、比較的豊かな経済力を基盤として新たな趣味・楽しみを見つけている。近年では、高齢者向けのパソコン教室、男性向けの料理教室など、カルチャーセンターにバラエティ豊かな内容がそろっている場合も多い。学習活動も高齢者の生きがいづくりに一役かっている。生涯学習の場として、老人大学やカルチャーセンターなどでは高齢者に対して学習プログラムの提供などを行っている。

 地域においての市民参加型福祉サービスやボランティア活動は、何らかの生産的活動や行動を行うことで、自己の存在や役割を他者から認められて充実感を得ることができる。また地域で新たな仲間づくりや、所属している社会における役割を明確にする機会にもなり、やりがいやはりあいを伴うものである。そして、そういうところに生きがいは生じやすい。

 また、社会活動に参加してよかったと思うことについては、65歳以上の人の48.8%が「生活に充実感ができた」と回答した。次いで、「新しい友人を得ることができた」(39.1%)、「健康や体力に自信がついた」(34.6%)というように、生きがいに関連すると考えられる効果が見られた。

高齢者の生きがいの可視化・定量化

 今までさまざまな方法を用いて、高齢者の生きがいを調査して把握してきた。例えば、自身にとっての生きがいを認識している高齢者には、「あなたの生きがいは何ですか」と直接訪ねることで十分把握できる。しかし、生きがいを意識していない高齢者にそのものずばりを聞いても、生きがいを表現してもらうのはむずかしい。その場合には、日々の役割、就労状況や社会活動などへの参加状況を尋ねて、集団の中で果たす役割や、仕事、社会活動・余暇活動などに生きがいを感じているかを聞き出す。高齢者自身がそれを生きがいと認識していなくても、役割や仕事などについて語るうちに自分なりに生きがいを感じていることに気づくかもしれない。

 他に周辺概念から尋ねるアプローチもある。高齢者は生きがいを持っていても、それを自分で意識してないことがあるが、生きがい感に似たような感情は抱いているものである。そこで、そのような周辺概念から探ってみることも有用である。例えば、楽しみにしていること、日々のはりあいになっていること、うれしいと思うこと、自分で続けている習慣となっていることなどを注意深く聞いてみると、それがその人の"生きがい"であったという場合がある。

 このように、高齢者がどのようなことに生きがいを感じているのかを聞き取り、高齢者と一緒に、何がその人にとっての生きがいなのかを整理して伝えることが重要である。それは、個々の高齢者の価値観に沿ったよりよい暮らしや健康のための第一歩でもある。

 生きがい感については、そのもの自体について「生きがいを感じることがありましたか」などのように問うものや、生きがいを感じる時の感情(充実感・達成感・安らぎ感など)の頻度や強度を測定する。また、生きがいを感じている状態に象徴されるような肯定的な心理状態を測定する尺度を用いることも多く、①主観的幸福感の測定尺度「Philadelphia Geriatric Center Morale Scale (PGCモラール・スケール)」では「楽天的・積極的気分」「心理的安定」「健康感・有用感」「老化に対する態度」3),4)、②「生きがい感スケール」では「現状満足感」「人生享楽」「存在価値」「意欲」5)、③「生きがい意識尺度(IKIGAI-9)」より測定される6)

 最近は生きがいを客観的に評価する手法の確立も進められている。表情や音声をセンシングすることやウェアラブル装置による体温、脈拍などの生理情報を取集し、活動量や歩数などの行動情報を合わせることにより、マルチモダリティ情報を活用して生きがいを定量化する技術開発が進められている。その1つの可能性として、最近、西田らの研究結果によると表情からの感情推定および音声情報での感情推定(特に喜び(笑顔)に対する検出特異性が高い)の有効なAI解析技術が示された7)

 筆者らは現在、特に地域貢献活動の支え手側の生きがいを可視化・定量化する技術開発を推進している。主観の生きがい感に基づき、活動場での表情や音声、姿勢、会話、活動量などのマルチモダリティ情報から生きがいを可視化・定量化することを目的としている。具体的には、地域貢献活動の「支え手側」の生きがい感は、従来の自己実現を中心とした生きがい概念に、地域貢献活動に対する個々人のComfortability感覚と他者との関わり・貢献による喜びを付加する概念として再構築し、それに基づき生きがいを感じる地域貢献活動の場面や状況において音声、表情や姿勢、会話などの行動情報を計測し、多様な要因の特徴量を抽出・探索することで生きがいを定量し、IKIGAIマップとして可視化することを試みている(図2)。

図2、地域貢献活動を通じた個人の生きがい状態を可視化・定量化し、最適化していく仕組みを表す図。
図2 地域貢献活動を通じた生きがいの個人最適化
(出典:「新価値 IKIGAI 駆動による地域貢献活動の個人最適化」資料(研究開発代表者:飯島勝矢, 共同研究機関:西武文理大学)(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

 このような生きがいの可視化の最大目的は、高齢者自身が自分の生きがい状態を知ることから生きている感覚を味わうことができる自分らしさを日常生活や地域活動を通じて主体的にデザインしていく、すなわち最適化していくことである。

 生きがいの定量化・客観化を推進するうえで、注意すべき点がいくつかある。第一、表情や音声などの個人情報に対する倫理的説明や配慮、匿名化済みのデータの収集・管理などが必要である。また、生きがいは高齢者個々の状況や感覚・感情によって移り変わるものであり、自分が期待したことや求めたことに対して現状の感覚・感情を表すものとして理解して、経時的な変化の計測や分析が必要である。また、数値化だけにこだわると、生きがいの中身の重要性を見逃す可能性がある。例えば、活動の場における緊張は生きがいを損なうものとして捉えがちだが、状況によっては活動において、初めて担当する役割で緊張したが、無事にできてよかった、満足したという過程の中の一次的なネガティブ側面であった場合もある。したがって、主観的な生きがい感をインタビューや質問紙調査等を用いて、しっかり把握したうえで客観化を進めることが重要である。

可視化した生きがいを活用して高齢者のエンパワメント向上を促す

 高齢者は豊かな経験に裏打ちされた人生への信念や、他者への影響力や包容力、人間関係を上手に保つ工夫など、人間力ともいえる「力」がある8)。このような力を引き出すのがエンパワメントである。高齢者個々のエンパワメントが向上されると、「満足感」「意欲」「自尊心」「自己統制感」「自己効力感」「ポジティブな意識」などがおきる。つまり肯定的かつ多面的な自己概念が構築される。集団や個人間のエンパワメント向上は、「コミュニケーションの促進」「相互扶助の促進」「組織間のネットワークの発展」「メンバーの地域への所属意識の向上」「地域内組織や施設間のつながりの形成」「地域資源の活用の促進」「ソーシャルサポートの進展」「地域の諸問題に関わる施策化」などがおきる。超高齢社会においては、高齢者個々のエンパワメント向上を促し、社会全体のエンパワメントへつなぐことが重要である。

まとめ

 高齢者個々、あるいは集団や個人間のエンパワメント向上を支援するツールとして可視化した生きがいが期待される。実際、生きがい支援活動により、情緒的側面の変化(笑顔の表出や会話の増加)、日常生活動作能力の向上、社会的満足度の向上などが報告されている。高齢者個々が生きがいを持つことで生理的・心理的効果から、エンパワメント向上が期待されるものの、あまりにも多様な要因があるゆえに、実証的・科学的な研究は極めて少ないのが現状である。このような課題から、可視化・定量化した生きがいを利活用して、多様な要因に対する個人最適化をAI解析技術などを用いて行うことで、誰もが自己の可能性や課題に気づき、問題解決への動機付けや生活行動の変容などが起こることを期待する。また集団や個人間においても、可視化・定量化した生きがいが事業や企画に対する「コミュニケーションの促進」や「メンバーの地域への所属意識の向上」、「組織間のネットワークの発展」などのエンパワメント向上評価のアウトカムとして活用できることを期待している。

文献

  1. 内閣府: 令和4年版高齢社会白書(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年3月17日閲覧)
  2. 内閣府: 令和2年度 第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年3月17日閲覧)
  3. Lawton MP.: The Philadelphia Geriatric Center Morale Scale: a revision. Journal of Gerontology. 1975; 30(1): 85-89.
  4. 古谷野亘, 柴田 博, 芳賀 博, 他: PGC モラール・スケールの構造--最近の改訂作業がもたらしたもの.社会老年学 1989; 29: 64-74.
  5. 近藤勉, 鎌田次郎: 高齢者向け生きがい感スケール(K-I式)の作成および生きがい感の定義.社会福祉学 2003; 43(2): 93-101.
  6. 今井忠則, 長田久雄, 西村芳貢: 生きがい意識尺度(Ikigai-9)の信頼性と妥当性の検討. 日本公衆衛生雑誌 2012; 59(7): 433-439.
  7. 西田健次, 山田亨, 糸山克寿, 中臺一博: 表情による感情推定と音声による感情推定手法の検討. 人工知能学会研究会資料 JSAI Technical Report SIG-Challenge-57:52-57, 2020.
  8. 井出成美: 高齢者のみ世帯で暮らす高齢者の他者からのサポートとエンパワメント. 平成18年度千葉大学21世紀COEプログラム拠点報告書 日本文化型看護学の創出・国際発信拠点―実践知に基づく看護学の確立と展開. 191-196, 2007.

筆者

そんぼーきょん氏の写真。
孫 輔卿(そん ぼーきょん)
東京大学高齢社会総合研究機構・東京大学未来ビジョン研究センター特任講師
略歴
2005年:東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了、2008年:東京大学医学部附属病院(老年病科)特任研究員、2011年:東京大学医学部附属病院(循環器内科)特任研究員、2014年:東京大学高齢社会総合研究機構特任助教、2018年:東京大学大学院医学系研究科在宅医療学講座特任助教、2019年より現職
専門分野
老年医学、老年学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第32巻第1号(PDF:7.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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