第4回 認知症の人との共生の鍵 情動伝染と「ミニらいとモルック®」
公開月:2026年1月
佐藤 眞一
大阪大学名誉教授、社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問
「認知症基本法」の正式名称は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」である。その「第一章総則 第一条目的」の末尾に共生社会の定義と本法律の目的が記載されている。
「・・・(前略)、もって認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(以下、共生社会という。)の実現を推進することを目的とする。」
私が気になったのは「個性」という言葉だった。「個性」は、一人一人が持つ他者とは異なる特性という意味だが、通常はポジティブな面を指す言葉である。認知症の人のポジティブな特性に寄り添い支える活動が種々行われていることは承知している。しかし、一人一人異なる特性を個別に尊重することが、本当に認知症の人との共生「社会」を実現することにつながるのか、という疑問を感じた。国民の心構え程度にしか感じられなかったからである。そこで、認知症の人の多くに共通して認められるポジティブな特性を「認知症の人の個性」と捉えて、その特性に介護者を含むコミュニティに共に暮らす人々が共感することが、社会関係の変化につながるのではないかと考えた。
本法律の施行後に認知症施策推進基本計画が閣議決定された。認知症の人のネガティブな特性をいかに支えるかについては、多面的に指摘され、記載されているものの、認知症の人の特性のポジティブな面を社会の中でどのように捉えて支えるかについては、私の心に刺さるに足る具体的な記載を見つけることはできなかった。
認知症の人のポジティブな特性はどこに見られるだろうか?と自問している時に気づいたのが、私がボランティア参加をしている「(一社)認知症予防活動コンソーシアム(通称:)」の活動であった。この団体は、一般女性3人が「認知症で人生をあきらめる人をゼロにしたい」を合言葉に掲げて2019年に始めた。3人のうちの1人は介護職の経験があったが、他の2人は介護をした経験も認知症の人に接した経験すらないにもかかわらず、認知症に悩む本人や家族が世間にはたくさんいることに、いても立ってもいられなくなって始めてしまったそうである。
アロマセラピー、ハンドケア、ヨガ、フィットネス、健康講座、スマホ講座など、さまざまな活動を手探りで行っているのを見聞きしていた私は、認知症の研究者としてエビデンスを探る必要性を示唆しているうちに、彼女たちの仲間になってしまった。彼女たちのように明るく無垢に、認知症に関する活動をしている人に出会ったことがなかったからである。
いつも笑いが絶えない彼女たちに、他に2人の男性が仲間に加わったのだが、その2人は共に「モルック」という近年わが国でも急速に競技者人口が増えているフィンランド生まれの競技スポーツの仲間であった。そして、そのうちの1人が、幼児から高齢者までの多世代の人々や、障がいがあってもできるようにと、競技に使用するモルック®という木の棒とそれを倒すために投げるスキットルというピンを小型化し、さらにいくつかの工夫を加えて「ミニらいとモルック®」を開発して商標も取得して、「」を創設していた。そして、この2つの団体が共同して活動していることも知ることになった。

ミニらいとモルック®は3~5名程度のグループが競い合うユニバーサル・スポーツである。私も誘われて初めて会った人たちと共に行ってみたところ、競技の簡便性にもかかわらず、偶然が左右することも多いため、いつの間にか競技に熱中し、味方になった人たちと一投ごとに興奮し、喜びや失望に感情が揺り動かされ、終わった頃には敵・味方関係なく、それを観戦していた人たちも含めて強い喜びと幸せの感情を共有していることに気づいた。誰かが当てたことに喜び、失敗したことを残念がり、自分の順番になると期待とともに不安がよぎる。そして、その感情を皆で共有しているのである。

そこで研究者の知識が閃いた。これはまさに「情動伝染(emotional contagion)」である。情動伝染は、社会生活の中で体験する他者の感情への共感の核となる心理・神経学的体験をいう。感情の制御が不安定になる認知症や軽度認知障害の人に関する情動伝染の研究は多数認められるが、そのほとんどは興奮や攻撃性、暴言・暴力といったネガティブな感情の制御とケアに限られており、喜び(幸福)というポジティブな感情制御に対する研究はほとんどない1)。さらには、感情制御能力の低下している認知症の人のほうが健常者よりも情動は伝染しやすいことも明らかになっている2)。ポジティブな情動伝染のしやすい傾向は、まさに認知症の人に共通する「個性」だ、と閃いたわけである。
このことに気づいた私は、すぐにニヨ活のメンバーに伝え、ミニらいとモルック®をニヨ活の地域活動の核に据えて、それによってコミュニティ・エンパワメントの実践例になるデータを集めることの必要性を訴えた。幸いにも大阪府の支援が得られることになり、現在、大阪府下のいくつかのコミュティで継続的な活動を行っている。関心を持たれた方は、、あるいは認知症予防活動コンソーシアム()のホームページから問い合わせてみていただきたい。
文献
- Marx AKG, et al.: Susceptibility to positive versus negative emotional contagion: First evidence on their distinction using a balanced self-report measure. PLoS One. 2024; 19(5): e0302890.
- Sturm VE, et al.: Heightened emotional contagion in mild cognitive impairment and Alzheimer's disease is associated with temporal lobe degeneration. Proc Natl Acad Sci USA. 2013; 110(24): 9944-49.
著者

- 佐藤 眞一(さとう しんいち)
- 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(医学)。東京都老人総合研究所研究員、マックスプランク人口学研究所上級客員研究員、明治学院大学心理学部教授、大阪大学大学院人間科学研究科教授などを経て、現在、大阪大学名誉教授、社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問。専門は老年心理学、老年行動学。『心理老年学と臨床死生学』(ミネルヴァ書房)、『老いのこころ--加齢と成熟の発達心理学』(有斐閣)、『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社)、『心理学で支える認知症の理論と臨床実践』(誠信書房)など著書多数。
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