高齢者が高齢者の元気を支える「市民いきいきトレーナー養成事業」(静岡県浜松市 社会福祉法人聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院)
公開月:2026年4月
超高齢社会では高齢者が高齢者を支える

※が2011年から実施している「」は、元気な市民(55〜79歳)が「浜松いきいき体操」を習得し、自らがトレーナーとして地域の高齢者を指導することで、健康増進や介護予防に取り組む事業である。
※ 国立浜松病院が1999年12月に浜松市に移譲され、浜松市リハビリテーション病院となる。2008年4月より、聖隷福祉事業団が指定管理者として受託運営を始める。聖隷福祉事業団は日本一の規模の社会福祉法人で、浜松地区では聖隷三方原病院と聖隷浜松病院の2つの病院を運営している。
「超高齢社会となり、若い世代が減少する中で、高齢者が健康で自立して暮らすことがますます重要になります。同時に、高齢者が高齢者を支えるまちづくりも必要です。これからの社会のキーワードは『自立』と『共生』です」と語るのは、同事業のキーパーソンであり、浜松市リハビリテーション病院特別顧問の藤島一郎先生。摂食嚥下障害リハビリテーションの第一人者として知られ、2023年、70歳を機に浜松市リハビリテーション病院長から特別顧問に就任した。
「リハビリテーションにおいては、病気が再発しないように予防が重要。であれば、最初から健康な人を対象に予防に取り組むのが最も効果的ではないか」。そう考えた藤島先生は、尊敬する大田仁史先生(茨城県立健康プラザ管理者)が考案した「シルバーリハビリ体操」と「シルバーリハビリ体操指導士養成事業」を視察。その内容を参考にしつつ、骨関節に加え、内臓筋やインナーマッスルを鍛える体操を組み合わせ、独自に考案したのが「浜松いきいき体操」である。
2011年に始まった本事業には、医師をはじめ、理学療法士、作業療法士、看護師、管理栄養士が参画している。専門職の知識や技術を地域に還元する、いわば"リハビリ版プロボノ"としてスタートし、好評を得ながら15年。2018年には「第7回健康寿命をのばそう!アワード スポーツ庁長官団体部門優秀賞」、2021年には「浜松市医療奨励賞」を受賞した取り組みである。

4つのコースで高める指導力
「市民いきいきトレーナー養成事業」の対象は55〜79歳までの元気な市民で、講座修了後に地域でトレーナーとして活動ができる人としている。活動は強制ではなく、3割強は自身の健康づくりを目的に受講しているという。70代でトレーナーとなり、80代でも元気に活動を続ける人もいる。
養成コースは4段階に設定されている。「ベーシックコース」は、以前は3日間だったが、2024年度からは事前にYouTubeやDVDを視聴したうえで、1.5日間で実施している。藤島先生から事業の目的ややりがい、「浜松市は健康寿命が長い」といった背景についての講話がある。その後、「介護予防の必要性」「高齢者の心身について」など医学的視点からの講義、療法士による「骨・関節・筋肉」「ヒトのからだの動き」など、運動学・解剖学の観点からの「転ばない、けがをしない体づくり」の講義が行われる。講座の約半分は「浜松いきいき体操」の実技である。「資料を見ながらで構いませんので、体操をしながら声を出して指導し、見本を示せるよう、グループ実習を重ねます。最終的には参加者の前に立って"体操を教えられる"ことが修了のポイントとなります」と話すのは、リハビリテーション部課長で認定理学療法士の金原牧恵さん。

次段階の「リフレッシュコース」は、ベーシックコースの復習にあたる。実際にトレーナーとして活動している人の学び直しの場でもあり、応用的な看護や栄養の視点も取り入れながら、高齢者の身体状況への理解を深める内容となっている。
「アドバンスコース」は、トレーナーとして1年以上の活動実績があることが参加条件である。実技テストを経て、「アドバンストレーナー」として認定される。
2018年から開始した「マスターコース」は、アドバンストレーナーから活動実績の豊富な人を病院が推薦し、トレーナー育成に関わる指導者として認定するもの。
ベーシックコース修了者は815名、リフレッシュコース452名、アドバンスコース修了者99名、マスターコース11名(2025年12月現在)。実際にトレーナーとして約500名が活動している。
リハビリ職が開発した安心体操
「浜松いきいき体操」は、理学療法士・作業療法士が中心となり開発した体操で、高齢者の安全性を最優先に設計されている。全22種類で構成され、椅子に座って行うものと立って行うものがあり、インナーマッスルを意識した筋力強化、ストレッチ、有酸素運動の要素を取り入れている。
体操を行う際には、「廃用(disuse)」「過用(overuse)」「誤用(misuse)」の3つの視点が重要だと藤島先生は話す。「体の機能は使わなければ衰えてしまうため、適度な運動が必要です(廃用)。一方で、高齢者が急に強い運動をするとオーバーワークになりかねません(過用)。いきいき体操は、最初は"こんなに緩やかでよいのだろうか"と思うかもしれませんが、通して行うと意外に負荷があります。無理に最初からすべて行う必要はありません。そして、誤った方法で行うことによる怪我にも注意が必要です(誤用)。例えば、朝起きて急にラジオ体操をすると、肩や膝を痛めることがあります。第一体操は上肢の動きが中心で、第二体操には膝に負担のかかる動きも含まれています」
医学的・科学的根拠に基づいて構成された「浜松いきいき体操」は、安心して取り組めるプログラムである。内容は浜松市リハビリテーション病院のホームページ()で視聴できるほか、「浜松いきいき体操DVD」も100円で販売している。

浜松市との協働で広がる活動
社会福祉協議会などの会場を借りて体操サロンを立ち上げるグループや、地元企業やクリニックの依頼を受けて体操指導を行うグループが生まれ、活動は草の根的に広がっていった。
2019年度からは浜松市健康増進課がトレーナーの活動支援に加わり、地域のニーズに応じてシニア世代の集まりの場にトレーナーを派遣するなど、活動の場はさらに拡大している。市民いきいきトレーナーの認定後には、市のロコモ事業への登録・参加を促し、トレーナーをロコモ普及員とともにロコモ教室へ派遣することで、ロコモ予防と介護予防を効果的に指導できる体制が整っている。
フレイル対策の要素が総合的に盛り込まれた事業
体操教室の参加者からは「機能維持を目標に継続して参加できることがうれしい」、トレーナーからは「事業を通じて交流が生まれ、参加者と一緒に体操できることにやりがいを感じる」といった声が寄せられている。
藤島先生は、「こうした場に参加すること自体が、体にも心にも非常に良い。身体的な体力だけでなく、心の体力の向上にもつながります」と話す。フレイルは身体的・心理的・社会的という3つの要素が相互に影響し合い、連鎖することで自立度が急激に低下するが、「この事業は、まさにフレイル対策に合致した取り組みです」と強調する。
運営スタッフの金原さんは、「藤島先生にリーダーシップをとっていただき、私たちも誇りとやりがいを持って活動しています」と語る。本事業の事務局を担当する伊藤美晴さんは、「問い合わせの最初の窓口として、参加を迷っている方の背中をそっと押す役割を担っています」と微笑む。
藤島先生はこう締めくくる。「スタッフの皆が楽しいと言ってくれるから続けてこられました。日常的にリハビリ訓練を行っているスタッフにとって、この事業はある意味で"非日常"です。その非日常があるからこそ、新たな気づきや喜びが生まれます。そして、事務局の支えがなければ、この取り組みは成り立ちません」
市民いきいきトレーナー養成事業は、健康長寿とフレイル予防を目指すだけでなく、市民一人ひとりが役割を担うことで生きがいを育み、つながりを広げていく取り組みである。そして、その活動を支えるスタッフにとっても、誇りと手応えを育む時間になっている。地域の高齢者同士が支え合い、互いに元気になる。そこには、市民主体による「自立と共生」の確かな実践が息づいている。
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