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専門職と市民がつむぐ地域共創:まちぐるみフレイル予防の実践と化学反応

 

公開月:2026年4月

瀬尾 利加子(せお りかこ)

株式会社瀬尾医療連携事務所代表取締役


はじめに

 人生100年時代を迎え、健康寿命延伸は高齢者および地域住民にとっても最大の関心事である。超高齢社会における「フレイル(虚弱)」の予防と対策は喫緊の課題となり、重要性は増すばかりだ。フレイルは、身体的、精神・心理的、そして社会的な側面が相互に連鎖し、放置すれば要介護状態へと移行するリスクを高める1)。そのため、予防においては、筋力維持や栄養指導といった従来の専門職による個別介入に留まらず、多面的なアプローチが求められる。筆者が住む山形県鶴岡市でも、100歳体操を実施する団体は100か所を超え、住民主体の運動や茶話会が活発に行われている。

 しかし、社会とのつながりの希薄化に起因する「社会的フレイル」は、他のフレイルを加速させる深刻な要因であるにもかかわらず、医療や介護のサービス提供の枠組みでは捉えにくい。なぜなら、このようなコミュニティに自ら参加できる層はもともと社会参加に抵抗がなく、健康意識が高い傾向にあるからだ。本来アプローチすべき「コミュニティへの参加に抵抗がある層(社会的フレイルのリスク層)」にとって、公的に用意された「場」だけでは、参加の必要性を実感しにくいのが現状ではないだろうか。

 本稿では、専門職が市民の活動を促し、地域に自発的な「化学反応」を生み出す「触媒(カタリスト)」として、いかに市民と共同していくべきかを、3つの実践事例を通じて論じたい。

多職種連携から社会連携へ:フレイル対策の構造的な課題

 ここ鶴岡市においても地域医療連携の進展により、病院連携や多職種連携は一定の成果を収めてきたが、その対象はおもに「患者」や「要介護認定者」に限定されがちであった。病院を退院した後の地域生活や、介護予防に関心のない健康な高齢者、あるいはフレイル予備群といった一般住民の生活には、専門的な情報や支援が届きにくいという「構造的な違和感」が残されている2)

 この課題は、社会的フレイルの深刻化として顕在化する。例えば現役時代に高い社会的能力を有していた人が、定年や配偶者との死別を機に地域での「つながり」を失い、急速に孤立に陥るケースである。こうした問題は、医療行為や介護計画だけでは解決できない。また、行政や専門家が用意した場へ「ゼロからの関係性を構築」するために、孤立した人が自ら一歩踏み出すにはあまりに心理的ハードルが高い。真の「まちぐるみ」の予防網を築くには、高齢者を「サービスの対象者」ではなく、「地域の担い手」として再定義する視点が不可欠である。

「専門職と市民をつなぐ」協働の設計

 専門職が「まちぐるみ」の予防を推進するためには、自らの持つ専門的知識を、市民の日常的な活動へと溶け込ませる「協働の設計」が必要となる。
 しかし、場づくりには運営資金を含めた「継続の仕組み」を考える必要があった3)。そこで、筆者は2017年に株式会社を立ち上げ、専門職と市民をつなぐ挑戦を始めた。多様な人たちが共同で仕事やプロジェクトを生み出す可能性を秘めたビジネスモデルである「コワーキングスペース」を採用し、株式会社瀬尾医療連携事務所で、会員制の連携コワーキングスペース「みどりまち文庫」事業を開始した。

1.「みどりまち文庫」という「実験室」

 病院や薬局といった組織の中では、疾患を抱える方との接点は多いものの、その方の日常生活を垣間見る機会はほとんどない。また、健康な住民との出会いは、意識的に地域へ溶け込もうとしない限り訪れることはない。

 そこで筆者は、病院を退職後すぐに自身のフィールドである地域社会が持つ「社会資本(人的ネットワーク、地域の資源)」を把握し、自ら参加することから始めた。その過程で住民の真の興味関心を知り、専門職の常識とのギャップを痛感することができた。筆者が運営する「みどりまち文庫」というコワーキングスペースには、専門職はもちろん、年齢も職業も多様な市民が集う。一見すると意識の高い人々が多い場ではあるが、その中には潜在的な社会的フレイル層が紛れていることも少なくない。専門的視点から地域のニーズを共有し、「専門的な知識」を分かち合う機会を増やす中で、ここは専門職と市民が気軽に出会い、信頼関係を築く「居場所」として定着していった。まさに、地域共創のための「実験室」としての役割を果たしている。

2.市民の主体性への「火種」と「触媒」機能

 社会連携を実践する中で「伝える」と「伝わる」の違いを考え続けている。チラシ、市民講座など「伝える」方法は数多くあるが、伝えたい層にまったく伝わっていない。人が情報を信じる方法のひとつは、家族や友達といった信頼している人からの口コミだ。

 専門職が「椅子でできる簡単な運動」や「低栄養予防のレシピ」を共有するなど、「火種」を提供することはできる。参加者は意義を理解し、その知識は市民の言葉(口コミ)で地域に広がりやすくなる。市民が自身の活動を「健康に寄与している」と自分ごと化し、自走し始めたとき、初めて地域に持続可能な化学反応が起きるのである。

「まちぐるみ予防」の実践事例:3つの側面から見る化学反応

1.事例1:社会的フレイルの可逆性と「みどりまち文庫」の力

 Mさん(70歳代)は、現役時代の職場が居住地から離れていたこともあり、定年退職後、コミュニティを完全に失い、深刻な社会的フレイルに陥っていた。本来は活発な性格で、地域のジムに通うなど活動の糸口を探していたが、そこでは新しいつながりをつくるまでには至らず、一人で新聞等を読んで過ごすしかなかった。誰からも声をかけられない孤独感にさいなまれ、夜は自宅で涙を流す日々を送っていたという。

 そんなMさんを救ったのは、大学の後輩(みどりまち文庫会員)という「既存の人的ネットワーク」と、われわれが運営する「みどりまち文庫」という、専門職の知見と住民の交流が交差する場であった4)。Mさんはこのコミュニティで新たな知人を得て、イベントでの役割や参加を通じて本来の活発さを取り戻していった。

 現在は複数のダンススクールに通うなど、充実した毎日を送っている。最近は多忙ゆえに「みどりまち文庫」へ顔を出す頻度は減っているが、それはMさんが完全に地域社会へと溶け込んだ証(あかし)であり、支援としては非常に好ましい傾向である。この事例は、社会的フレイルが適切な「つながり」によって劇的に改善しうる「可逆性」を持つことを明確に示している。

2.事例2:超低ハードル化の挑戦と「隣人」としての専門職

 一方、家に留まる傾向のある層へのアプローチとして、筆者自身の実家の車庫を開放し、「小池さんちの車庫でお茶会」を実施した5)

 私の父は高齢者の引きこもりに加えて難聴、母は長い距離を歩けず速度も遅くなり、二人とも年相応だがフレイル予備群だ。そこで、みどりまち文庫会員の専門職複数名(薬剤師、管理栄養士、理学療法士、歯科衛生士、鍼灸あんまマッサージ指圧師)で構成・活動する「食と薬のゆるっとカフェ」に協力を依頼した。当日は親戚や近所の人9名が参加した。しかし、人見知りの強い父(80歳代)は参加を拒否し、身近なフレイル予備群への関与の難しさを痛感した。また、当初は遠巻きに見ていた母(80歳代)は、活動が進むにつれて輪に入り、管理栄養士に積極的に質問し始めるという「小さな行動変容」が見られた。専門職は「指導する」側ではなく、一緒にお茶を楽しみながら生活空間に近づき「隣人」として振る舞ったことで、最も心理的ハードルが高い層にも化学反応が生まれる可能性を示唆している。公的な機関が行う「予防教室」だけではなく、当たり前に行われていた自宅でのお茶会が社会的フレイル予防には必要なのではないかと感じた。

3.趣味の指導者が「担い手」に変わる化学反応

 まちぐるみでの予防を加速させるのは、専門職による直接的な指導だけではない。市民が自らの活動の価値を再発見し、主体的に動き出す「気づき」の連鎖である。

 歌を教える音楽家のTさんは、「みどりまち文庫」での学習で大きな衝撃を受けた。自身の教室に通う高齢者が「むせることが減り、食事がおいしくなった」と喜ばれていた経験が、実は「歌が嚥下機能向上や食の楽しさに直結している」という科学的な裏付けと結びついたからである。

 この気づきは、単なる音楽の指導者から、地域の「健康の担い手」へと変貌させた。以降、自発的にレッスンの前に口の運動を取り入れ、さらには歯科医師と連携してフレイル予防教室を開催するなどの行動を起こした。

 ここには「伝える」から「伝わる」への決定的な転換がある。専門職が発する情報は時に「自分とは遠いもの」になりがちだが、身近な趣味の先生が、自身の「実感」と「誇り」を持って語る言葉には、住民を動かす圧倒的な説得力が宿る。こうした市民同士の「口コミ」こそが、社会的フレイルを防ぐ最大の啓発活動となり、地域全体の健康の底上げにつながるのである。

図、まちに化学反応を起こす「つなぎ役」と「集まる場」のチカラを表す図。
図 まちに化学反応を起こす「つなぎ役」と「集まる場」のチカラ

おわりに:専門職と「自分ごと」になった市民がつむぐウェルビーイング

 「まちぐるみでのフレイル予防」において最も重要なのは、専門職や行政が「コミュニティ」という箱を用意し、市民をそこへ招待するだけではない。行政主導の介護教室などに自ら飛び込めるのは、実はごく一部の活動的な層に過ぎないのが現実である。多くの住民にとって、未知の集まりへの心理的ハードルは極めて高い。一方で「あそこに知り合いがいる」「いつものあの人が誘ってくれた」という既存のつながりこそが、重い腰を上げる最大の動機となる。

 フレイル対策は、専門職が提供する一方的なサービスではなく、専門職と自らの活動の意味を「自分ごと」として捉え直した市民が、対等なパートナーとして既存のつながりを耕し続けるプロセスそのものである。

 本稿で紹介した事例はいずれも、専門職が提供した「火種(知識)」が、市民の「実感」や「人的ネットワーク」と混ざり合った瞬間に起きた化学反応であった。専門職が場を管理・運営するのではなく、市民の主体性を支える「触媒」として機能し、双方が混ざり合うことで生まれた「結果としてのコミュニティ」である。

 高齢者が長生きを喜べるウェルビーイングを実現するためには、専門職が「箱」をつくるだけではなく、市民の日常にある「つながり」を尊重し、ともに地域を耕し続ける必要がある。この「共創」の積み重ねこそが、誰一人取り残さない持続可能なフレイル予防の基盤となると確信している。

文献

  1. 飯島勝矢, 東大が調べてわかった衰えない人の生活習慣. KADOKAWA, 2018.
  2. 瀬尾利加子:病院の「違和感」から生まれた「触媒」の挑戦. 日本老年医学会雑誌 2026; 63(1): 16-20.
  3. 瀬尾利加子:連携先駆者と考えるこれからの地域連携 第4回社会連携フォーラム in庄内 医療との地域における新しい"地域づくり". 地域連携 入退院と在宅支援 2019年1-2月号:86-89.
  4. 瀬尾利加子:連携先駆者と考えるこれからの地域連携 異分野異業種との連携の仕組みづくり. 地域連携 入退院と在宅支援 2017年9-10月号:82-85.
  5. 瀬尾利加子:実家の車庫からはじまるお茶会の可能性. 地域連携 入退院と在宅支援 2025年9-10月号WEB教材.

筆者

せおりかこ氏の写真。
瀬尾 利加子(せお りかこ)
株式会社瀬尾医療連携事務所代表取締役
略歴
1987年:山形県立鶴岡工業高等学校卒業、株式会社帯や食品入社、1993年:庄内余目病院入職、2003年:庄内医療生活協同組合入職(鶴岡協立病院地域医療連携室配属)、2015年:株式会社ストローハット入社(新規事業開発チーム配属)、2017年より株式会社瀬尾医療連携事務所代表取締役、2024年:一般社団法人みどりまち文庫代表理事(〜2025年)
専門分野
医療多職種連携、社会連携、まちづくり、地域共生

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2026年 第35巻第1号(PDF:5.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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