真実を追う研究、善を目指す医療(粂 和彦)
公開月:2026年7月

シリーズ第18回 長生きを喜べる社会、生きがいある人生をめざして
人生100年時代を迎え、一人ひとりが生きがいを持って暮らし、長生きを喜べる社会の実現に向けて、どのようなことが重要であるかを考える、「長生きを喜べる社会、生きがいある人生をめざして」と題した、各界のキーパーソンと大島伸一・公益財団法人長寿科学振興財団理事長の対談の第18回は、名古屋市立大学大学院薬学研究科教授の粂和彦氏をお招きしました。
基礎医学研究と臨床医療の2つのキャリア
大島:今号の対談には、粂和彦先生にお越しいただきました。粂先生は、睡眠の研究をされている分子生物学者です。まずは簡単に自己紹介をお願いできますか。
粂:名古屋市立大学大学院薬学研究科で教授を務めており、動物を使った睡眠の研究に取り組んでいます。概日リズムと睡眠の制御機構を研究しているほか、薬剤師教育を担当しています。もう一つの専門は睡眠障害の臨床で、現在は藤田医科大学病院精神科で週1回、睡眠障害の外来診療を行っています。基本的には、この2つが専門です。そのほか、医療過誤や薬害の被害者支援活動、児童虐待予防活動などにも関わっています。
大島先生との関わりは、2002年に名古屋大学医学部附属病院で起きた腹腔鏡手術の医療事故に関する調査報告書の資料を送っていただいたことから始まります。先生は、その後病院長になられましたが、当時は副院長として医療安全対策の責任者を務めておられました。医療事故に対する理念として「隠さない、ごまかさない、逃げない」を掲げておられ、その報告書も非常に優れた内容で、感銘を受けました。私は医療事故の被害にあった方々から相談を受ける活動をしていたので、その報告書を多くの方に配りました。大島先生は臨床医で、私は研究者。本来であれば、接点はないかもしれませんが、私自身が人に興味があり、社会活動に携わってきた関係で先生と知り合いになれました。
大島:当時は医療事故が起こると、いかに抑え隠すかという方向に意識が向きがちでした。その後、私は名古屋大学を出ましたが、長尾能雅先生(同大医学部附属病院患者安全推進部教授)が医療安全対策をしっかり引き継いで、名大スタイルをつくり上げてくれました。そうすると、粂先生とは25年近くの付き合いになるのですね。粂先生は医学部卒業後、基礎医学研究の道に進まれますが、そもそも、なぜ医学部を志したのですか。
粂:私が高校生の頃、ちょうどがん遺伝子が発見された時期でした。渡辺格先生の『生物学のすすめ』(筑摩書房)を読んで、分子生物学やがん遺伝子の研究をしたいと思い、東京大学理科Ⅲ類(大多数が3年次より医学部に進学)に入りました。がん遺伝子研究は、最終的にはがんという大きな問題に直接アプローチでき、その成果が治療にもつながっていきます。私がやりたかったのは、臨床ではなく研究の側でした。理学部へ進む選択肢もありましたが、親戚に医師が多かったことや、出身高校に医学部進学者が多かったこともあり、理科Ⅲ類を受けてしまいました。
大島:今は遺伝子研究を考えたとき、医学部が第一候補にならないかもしれませんね。理学部や工学部も選択肢に入ってくるでしょう。
粂:基礎医学の研究をしたい人には、「医学部に行かないほうがよいこともある」と話しています。医師免許取得までに時間がかかりますし、医学部を卒業して研究者になるルートは、国際競争の面で不利な部分もあります。
医学と医療はまったく違うもの
大島:粂先生は、研究一筋ではなく、臨床の現場にも立ち、さらに医療倫理学の分野で社会活動もされています。研究者である一方で、社会との接点を強く持ち続けている姿が印象的です。いわゆる研究、臨床、社会活動を、どこかで切り分けているのでしょうか。あるいは、社会に目を向けるきっかけがあったのでしょうか。
粂:大学1年生の時、文系から理系まで幅広い学生が参加できるゼミがありました。その一つに、増子忠道先生の「医療と社会」というゼミがあり、医学部の学生は私を含めて3人ほどしかいませんでした。増子先生は東京大学卒業後、外部の病院で地域医療の第一線で活躍されていた先生で、東大医学部への批判も遠慮なくされる方でした。
そのゼミで、「医学と医療はまったく違う。病気を治療することと、患者を治療することは違う」と教えられました。また、「医学と呼ばれているものには科学的な部分もあるが、実験的なものも多い。それは、社会の中で行われている医療活動とはまったく別のものだ。だから、医学と医療は根本的に分けて考えたほうがいい」と言われ、強い衝撃を受けました。
私は医学部に入ったので、医師になるだろうと思っていましたし、医学研究の道に進んだとしても、例えば、がんの仕組みを解明すれば、それががん医療に役立つだろうと漠然と考えていました。ところが増子先生は、「医学研究で得られた成果が、すぐに患者さんの幸せにつながるわけではない。科学の世界と社会は大きく隔たっている。しかも本来、医師は科学と社会の両方を見る中間的存在であるはずなのに、その役割を十分に果たせていない」と語られました。
大島:昔から、「何の役に立つのか」という筋道が見えない研究は医学研究ではない、とよく言われます。粂先生はそうした問いに、すでに大学1年生で直面されたのですね。
粂:増子先生は、もう一つ印象的なことを言われました。人間が求めるものを「真・善・美」という言葉で表しますが、「医療は善でなければならない。善を目指していないものは医療ではない」という言葉です。この考え方は、私の中に深く刻まれました。
科学者としては、真実を追究したい。一方、医師としては、真実そのものよりも、まず善を求めるべきだ。そう考えるようになったのは、増子先生の影響です。私は、基礎医学研究のキャリアと医師としてのキャリアを、できる限り分けて考えてきました。研究者としては、科学者として真実を追究し、最高の仕事をしたい。一方、医師としては、研究につながるかどうかに関係なく、目の前の患者さんに善をもたらすことを第一に考える。そういう思いで歩んできました。
睡眠研究者が睡眠障害の臨床医に
大島:先生は睡眠研究を行う一方で、臨床では睡眠障害の患者さんと直接向き合っています。研究者と臨床医の2つの道を歩むようになった経緯を教えていただけますか。
粂:私は医学部卒業後、2年間、内科医として初期研修を行いましたが、基本的には研究が中心でした。その後、1999年にアメリカへ留学し、睡眠の研究を始めました。その際、初めて睡眠障害の教科書を何冊も読みました。私たちの学生時代には、精神科の教科書にも睡眠障害の記述はほとんどなく、授業もありませんでした。睡眠の研究を行う以上、医師として睡眠障害の知識が必要だと考えたのです。
留学中は、日本にいる時よりも読書にあてる時間があり、睡眠障害についてかなり勉強しました。私はインターネットに早くから親しんでいたこともあり、留学先で学んだ内容をまとめて、「睡眠障害相談室」というウェブサイトを立ち上げました。すると、睡眠障害に悩む方々から多くの相談メールが届き、2年間で約2,000人とやり取りをしました。
大島:2,000人もの方とやり取りするのは大変だったのではありませんか。
粂:時間はかかりましたが、面白く勉強になりました。不眠の相談ばかりかと思っていたら、「眠くて困る」という相談も多かったです。クライン・レビン症候群やナルコレプシーといった非常にまれな病気の方からの相談もありました。当時は、多くの地方で、その専門家がいませんでしたので、私は「患者さんを診た経験はありませんが、教科書にはこう書かれています」と情報をお伝えしていましたが、むしろ自分のほうが相談者の方々から睡眠障害について多くを学ばせていただきました。
大島:当時は睡眠障害を診られる医師は少なかったのでしょうか。
粂:非常に少なかったです。大学病院でも、睡眠障害を専門的に診察できる医師は全国で10人ほどだったと思います。2002年に帰国して熊本大学に赴任した後、熊本で睡眠障害外来を立ち上げたいという池上あずさ先生と出会い、一緒に、くわみず病院に睡眠障害外来を開設しました。南九州では初めての睡眠障害外来だったため、鹿児島、宮崎、大分などからも患者さんが来られました。そこで約10年間、外来診療に携わり、ナルコレプシーなどの希少な睡眠障害を数多く診させていただきました。
大島:睡眠研究を通じて睡眠障害にも関心を持ち、知識を深める中で、学問的にも臨床的にも力を付けていったということですね。
粂:そうですね。そもそも当時は、睡眠外来そのものがほとんどなかったですから。
大島:学問体系としても、「睡眠」がまだ確立されていなかった。
粂:そう思います。睡眠医学が本格的に発展したのは、この20年ほどではないでしょうか。
臨床の基本は目の前の患者
大島:粂先生のお話を伺っていると、どこか「社会の役に立つ」という考え方につながっているように感じます。これは意識されていることでしょうか。
粂:科学者として睡眠の仕組みを研究することは、直接的ではないにせよ、最終的には何らかの形で社会の役に立つこともあると思います。一方で、医師としては、やはり目の前の患者さんへの思いが強く、患者さんの役に立つことを第一に考えています。
大島:私も臨床の基本は目の前の患者さんだと思っています。臨床医学全体の役に立つというよりも、目の前の患者さんをどう支えるのか。しかも、100人いれば100通りで、同じ病名がついても一人ひとりまったく違います。だから、かける言葉も変わってくる。それが臨床だと思いますし、面白さでもあり、しんどさでもありますね。粂先生を見ていると、目の前の人や関わる人をとても大切にされているように感じます。
粂:おそらく、人が好きなんだろうと思います。かなりの"おせっかいやき"で、困っている人がいると、何かできるかもしれないと、つい手を出してしまうタイプです。
今、睡眠障害外来では、不登校の子どもたちも多く診ています。「ひきこもり」の専門家である古橋忠晃准教授(名古屋大学・精神科医)とも親しくしているのですが、「粂先生は子どもを外に引き出そうとするでしょう。でも精神科医はそういうことはあまりしない。先生は内科医的なんですよ」と言われました。どうしても、介入して引き出そうという姿勢が出てしまうんですね。医学的見地から介入したほうがよいと考える部分もありますが、根本には"おせっかいやき"な性格があるのだと思います。今は、精神科医としての手法の学びも深めようとしているところです。
大島:先生は本当に周囲の人への気遣いが細やかで、気配りのできる方ですね。
人間にできてAIにできない「楽しむ」ということ
大島:粂先生は薬学部で学生教育にも携わっていますが、これからの医療のあり方も含め、学生たちに伝えたいことがあればお願いします。
粂:やはり一番大切なのは、患者さんとの信頼関係です。そして、自分が患者だったら受けたいと思える医療を提供できる医療者になってほしい。それが基本だと思います。
大島:技術や知識だけでなく、患者さんとの信頼関係という"医療の本質的な部分"を大事にしてほしいということですね。今はAIが医療にも社会にも急速に浸透しています。利便性が高まる一方で、コミュニケーションの希薄化や、心が置き去りになることを懸念する声もあります。
粂:脳研究者・池谷裕二先生の著書『生成AIと脳〜この二つのコラボで人生が変わる〜』(扶桑社)に、「人間にできて、今のところAIにできないことは、楽しむことだ」と書かれていて、とても印象に残りました。AIは医療現場でも一定の役割を果たし始めていますが、AI自身がそれを楽しんでいるわけではありません。
大島:とてもよく分かりますね。私も最近は、何でも面白がってやろうと思っています。
粂:私はナンプレなどのパズルが好きですが、AIなら一瞬で解いてしまう。でも、AIはその過程を楽しんでいません。私は、研究室に新しい学生が入ってくると、著述家のダニエル・ピンク氏が提唱したモチベーション理論、「Autonomy(自己決定)」「Mastery(成長・熟達)」「Purpose(意味・使命)」の三要素の話をします。この中で、特に「Mastery」が重要だと思っています。例えば、大谷翔平選手も、試合での結果だけでなく、昨日より今日の自分が成長しているという実感や、日々の練習そのものを楽しんでいるからこそ、あれだけの努力を続けられるのだと思います。研究も同じで、日々の積み重ねを楽しむことが成長につながり、それがやりがいや生きがいにもなる。私はそうした感覚を大事にしてほしいと伝えています。
大島:AI時代だからこそ、「楽しむ」「成長する」「人とつながる」という人間らしさの価値がむしろ際立ってくる。そんなことを改めて感じました。粂先生には、これからも「人が好き」という持ち前の魅力を活かし、研究者、臨床医、社会活動家として、ますますご活躍いただきたいです。今日は貴重なお話をありがとうございました。
対談者

- 粂 和彦(くめ かずひこ)
- 名古屋市立大学大学院薬学研究科教授
1962年愛知県生まれ。分子生物学者、医師(日本睡眠学会睡眠医療指導医)。1987年東京大学医学部卒業、1992年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京大学医学部助手、ハーバード大学研究員、タフツ大学研究員、熊本大学発生医学研究所准教授を経て、2013年より現職。概日リズムと睡眠の制御機構を研究。睡眠障害診療も行う。藤田医科大学病院精神科客員教授。CAPNA子どもの虐待防止ネットワーク・あいち理事。JA-POSH日本睡眠衛生推進機構理事。著書に『時間の分子生物学』(講談社)、『眠りの悩み相談室』(筑摩書房)、『脳がないのにクラゲも眠る』(朝日新聞出版)など。

- 大島 伸一(おおしま しんいち)
- 公益財団法人長寿科学振興財団理事長
1945年生まれ。1970年名古屋大学医学部卒業、社会保険中京病院泌尿器科、1992年同病院副院長、1997年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年同附属病院長、2004年国立長寿医療センター初代総長、2010年独立行政法人国立長寿医療研究センター理事長・総長、2014年同センター名誉総長。2020年より長寿科学振興財団理事長。2023年瑞宝重光章受章。
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