第3回 "地域こそわが家"と考えられれば
公開月:2026年10月
香山 リカ
むかわ町国民健康保険穂別診療所 副所長
東京で訪問診療のクリニックを開いている友人と話をした。忙しくてたいへんだという。
「住みなれた家で最期を迎えたい、という人たちは年々、多くなっているんだよね。あなたが働く町でもそうでしょう?」
私は答えに困った。実は、私が穂別に赴任した5年前に比べても、家でのお看取りが明らかに増えている印象はない。医療機関はここしかないので訪問診療も依頼されれば対応しているが、ずっと2、3件のままだ。
では住民はどこで最期のときを迎えるのか。もちろん、「自宅で突然に」という人もいるが、この診療所か特別養護老人ホームで、というケースが圧倒的に多い。そしてその多くは、本人の意思なのである。ときどき状態の良くない入院患者さんとこんな会話をする。
「どうします?今ならおうちに戻れると思いますけど」
「家?別に行かなくてもいいよ。食べたいものがあれば家族が持ってきてくれるし」
「帰れるうちに帰っておいた方が」
「これ以上、どこに帰るっていうの。穂別にいるんだからどこでも同じだよ」
どうやらこの地域の人たちにとっては、「穂別」という場所が家と同じ意味を持っているようなのだ。穂別でありさえすれば、あとは家でも診療所でも施設でも変わりはない。そう考えている住民たちは、自身の年齢や身体能力、病状に応じて、地区内のケアハウスやグループホーム、老人ホーム、そして診療所をうまく使い分けながら、悠然と暮らしている。中には、グループホームで暮らしながらたまに自宅まで戻って家庭菜園をやっている、という人もいる。
「住みなれた家で」ではなくて「住みなれた地域で」。範囲が拡大されるだけで、心のゆとりも生活スタイルの選択肢も増えるんだな、と感心する。同世代の看護師が言った。
「私、あと5年もしたらここのケアハウスに入ろうかな。先生もどう?」
「いいね。ここで働けなくなったらそうしようかな」
「ううん、ケアハウスから診療所に出勤してもいいんですよ。診療は続けてください」
穂別にいさえすれば、介護や医療の授け手も受け手もみな同じ。敷居の低さに笑ってしまった。そして、それってすばらしいことなのかも、とも思ったのだ。
著者
- 香山 リカ(かやま りか)
- 1960年北海道札幌市生まれ。東京医科大学卒業後、精神科医として臨床に携わりながら帝塚山学院大学教授、立教大学教授などを歴任。2022年より北海道のむかわ町国民健康保険穂別診療所で総合診療医としてへき地医療に取り組んでいる。執筆活動と週末の東京での精神科医としての診療も継続中。『精神科医はへき地医療で"使いもの"になるのか?〜私の転職奮闘記〜』(星和書店)、『人生を変える「新しい場所」の見つけ方』(青春出版社)など著書多数。
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