長寿科学研究に関する情報を提供し、明るく活力ある長寿社会の実現に貢献します。

派遣報告書(伊藤尚基)

派遣者氏名

伊藤 尚基(いとう なおき)

所属機関・職名

国立長寿医療研究センター プロジェクトリーダー

専門分野

骨格筋生物学

参加した国際学会等名称

FASEB Science Research Conferences NAD Metabolism and Signaling

学会主催団体名

Federation of American Societies for Experimental Biology

開催地

アメリカ合衆国 フロリダ州メルボルン

開催期間

2026年6月7日から2026年6月11日まで(5日間)

発表役割

口頭発表

発表題目

Impaired liver-muscle lactate metabolism causes sarcopenia via lactic acidosis and reduction of NAD in skeletal muscle

肝臓-骨格筋間における乳酸代謝異常が骨格筋乳酸アシドーシスおよびNADの低下を誘引し、サルコペニア発症の引き金となる

発表の概要

 加齢に伴い骨格筋に乳酸が蓄積し、骨格筋における乳酸アシドーシスがNADの低下を誘引し、加齢に伴う筋量・筋力の低下(サルコペニア)を誘引することを発見した。また骨格筋における乳酸蓄積の原因は、肝臓における乳酸代謝異常に起因することがわかり、肝臓-骨格筋連関の破綻を基盤とする乳酸代謝異常がサルコペニアの原因であることを発見した。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 アメリカ・ヨーロッパ・アジアなど、各国から約150から200名の研究者・企業が参加し、NAD代謝に関する最新の研究が発表された。申請者は口頭発表に選出され、肝臓-骨格筋連関の破綻が加齢に伴う骨格筋NAD代謝低下の原因となることを発表した。骨格筋以外の臓器への影響、NAD代謝以外の代謝経路への影響、申請者が着目している創薬標的以外の可能性についての質疑があった。また発表後においても、筋再生といった他の骨格筋機能への影響に関する個別質問などもあり、非常に有意義な発表となった。

シンポジウム受付と本人の様子を表す写真
シンポジウム受付と本人の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 加齢に伴う骨格筋NADの低下がサルコペニア病態を悪化させることが報告されているが、その原因については明らかになっていない。本発表は骨格筋NAD低下の原因を明らかにし、骨格筋乳酸アシドーシスという新しい病態の発見と共に、肝臓におけるHIFが創薬標的となりうることを示した。今後、当該創薬標的に中心とした創薬研究などへ展開することで、超高齢社会における長寿科学に貢献できると考えている。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Clara B Peek
所属機関、職名、国名
Northwestern University Feinberg School of Medicine,Assistant Professor,USA
発表題目
Circadian control of muscle repair through NAD metabolismNAD代謝を介した概日リズムコントロールによる骨格筋再生
発表の概要
 概日時計は代謝や生理リズムを制御するが、その乱れは代謝疾患や炎症を招く。これまでの研究で、骨格筋幹細胞の概日時計が組織修復に影響すること、また損傷初期にサイトカインを介した細胞間相互作用があることが分かっていた。特にバイオインフォマティクス解析により、好中球の活性化や筋芽細胞の増殖リズムに関わるサイトカインとしてCCL2が特定されている。本発表では、CCL2が好中球への局所分泌シグナルを介して骨格筋修復のリズムを制御しているかを検証した。あわせて、肥満などの過剰な炎症状態でこのシグナルが乱れ、再生能力が低下するか検証した。
組織修復を誘導する時間によって組織再生応答が異なることを示しており、どの時間に実験を行うか、という基本的なことがcriticalに結果に影響することが非常に印象的だった。

発表者氏名
Emilie Dalbram
所属機関、職名、国名
University of Copenhagen,Postdoc,Denmark
発表題目
LOSS OF NAMPT REDUCES MUSCLE STEM CELL ABUNDANCE WITHOUT COMPROMISING SKELETAL MUSCLE REGENERATION/骨格筋幹細胞におけるNamptの欠損は、骨格筋幹細胞の数を減らすものの筋再生に影響を与えない
発表の概要
 加齢に伴う骨格筋幹細胞の機能低下において、NAD減少の関与が示唆されている。本発表では、骨格筋のNAD維持に不可欠な酵素Namptに着目し、骨格筋幹細胞におけるNamptを介したNAD合成の役割と、損傷後の筋再生への影響を検証した。骨格筋幹細胞特異的にNamptをノックアウトし、筋再生能力を評価した。結果として、骨格筋幹細胞特異的Namptノックアウトマウスでは、骨格筋幹細胞の数が約40%、NAD量が約30%減少したものの、筋再生能力は維持されていた。
同グループは筋線維においてNamptをノックアウトしても骨格筋機能に変化が無いことを発表しており、幹細胞においても同様に異常が無いことが報告された。NAD代謝が低下しても異常が無い、ということは驚きであり、各臓器・細胞ごとにNAD代謝の必要性に差がある可能性が示唆された。

発表者氏名
Ryan B.Gaspar
所属機関、職名、国名
University of Pennsylvania,PhD student,USA
発表題目
Nicotinic acid derived from the gut microbiome is responsible for NAD biosynthesis in NAMPT deficient hearts following nicotinamide riboside supplementationNR補充において、NAMPT欠損心臓におけるNAD生合成を担うのは、腸内細菌叢に由来するニコチン酸である
発表の概要
 心不全などのストレス下では、NAD合成の律速酵素であるNamptの低下によりNADが減少する。その補充因子としてニコチンアミドリボシド(NR)が注目されている。本研究では、心筋Nampt欠損マウスを用い、NR補充によって生じるNAD生合成経路の変化を追跡した。その結果、NRは心筋において直接利用されず、腸内細菌叢によってニコチン酸に変換された後、心筋のNaprtを介してNADへと合成されることが判明した。腸内細菌除去や心筋Naprtの二重欠損マウスによって、ニコチン酸の経路を断つと、NRを投与しても心不全を防げなかった。
NAD代謝は様々な経路によって維持されており、一つの経路が破綻しても、また別の経路によるレスキューがかかることが示された。若齢において一見して重要と思われていない分子が、老化といった非通常条件下においては重要になる可能性があることが想像され、非常に興味深かった。