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派遣報告書(森下久美)

派遣者氏名

森下 久美(もりした くみ)

所属機関・職名

認知症介護研究・研修仙台センター 主任研究員

専門分野

老年学、栄養学

参加した国際学会等名称

23rd IAGG world congress of gerontology and geriatrics

学会主催団体名

International Association of Gerontology and Geriatrics

開催地

オランダ アムステルダム

開催期間

2026年7月5日から2026年7月8日まで(4日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

How Do Japanese Long-Term Care Facilities Assess Food Preferences of Residents with Dementia? A National Cross-sectional Survey

日本の介護施設における認知症の人の食嗜好アセスメントの実態:全国における横断研究

発表の概要

 介護施設において、食嗜好を反映した食事の提供は重要であるが、認知症を有する人(PWD)は嗜好を言語的に表出することが困難な場合が多く、その評価は容易ではない。日本の多くの介護施設では食嗜好評価が実施されているものの、実施方法やPWDへの対応状況は明らかでない。本研究では、PWDの食嗜好を把握するための実践状況と、それに関連する施設要因を明らかにすることを目的とした。

 全国から層化無作為抽出した介護老人保健施設と介護老人福祉施設1,500か所を対象に郵送法による質問紙調査を行った。分析対象は、回答が得られた487件であった。独立変数は施設種別、給食の提供形態(直営・委託)、栄養関連の介護報酬加算の取得状況、管理栄養士数、開設年数、入所者数、認知症に関する食事マニュアルの有無とした。アウトカムは、1.食嗜好評価の実施状況(未実施、PWDを除外、PWDを含む)と、2.食嗜好評価の多面性として、入所者への聞き取り、ミールラウンドでの観察、家族からの聞き取り、多職種からの聞き取り、残食量による推測、介護記録からの情報収集等の項目から実施数をカウントし得点化した(0~7点)。解析には多項ロジスティック回帰分析および重回帰分析を用いた。

 結果、食嗜好評価を実施していない施設は13.1%、食嗜好評価を実施していてもPWDを除外している施設は49.1%、PWDを含めている施設は37.8%であった。開設年数が長い施設ほど、「評価未実施」または「PWDの除外」と有意に関連した。一方、食嗜好評価の多面性の得点は、給食業務を委託していること、および食事マニュアルの整備があることと有意な正の関連を示した。これらの結果から、施設の歴史や組織体制が、PWDの栄養ケアにおける包摂や評価の質に影響することが示唆された。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 本学会は、アムステルダムのAmsterdam RAIを会場として開催され、世界80か国以上から3,500名を超える研究者や実践者が参加した。4日間の会期中には、基調講演、シンポジウム、ワークショップ、口頭発表、ポスター発表などが行われ、発表件数は1,675件にのぼった。

 ポスター発表では、1時間30分の発表時間中に、日本2名、中国2名、オーストラリア2名、シンガポール1名の計7名の研究者から質問をいただいた。主に、日本の介護保険制度において、施設への管理栄養士の常勤配置が義務づけられているのか、介護老人福祉施設と介護老人保健施設にはどのような違いがあるのかといった、日本の介護保険制度や施設体系に関する質問が寄せられた。

 同じNutritionのセッションでは、高齢者向けのソフト食やミキサー食のテクスチャーを、個々の食嗜好に合わせるための研究や、介護施設において入所者が献立を考える機会を設けることによる喫食量の改善効果を検討した研究などが報告されていた。栄養摂取の手段としてだけではなく、楽しみや生活の豊かさにつながるものとして食を重視する海外の研究者と議論を交わすことができ、有意義な機会となった。

会場の様子の写真
会場の様子
ポスター発表の様子の写真
ポスター発表の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 本研究の意義は、PWDの食嗜好評価という、これまで各施設の裁量や工夫に委ねられてきた実践を全国規模で可視化し、施設要因との関連を実証的に示した点にある。とくに、PWDを食嗜好評価の対象から除外している施設が約半数に及ぶことを明らかにし、個別的な栄養ケアを支える基盤が必ずしも十分に整備されていない現状を示した。一方、給食運営体制や食事支援に関するマニュアルの整備といった組織的基盤が、食嗜好を多面的に把握する実践と関連していたことから、組織体制の整備がケアの質向上に寄与する可能性が示唆された。これらの知見は、PWDのウェルビーイングを重視した栄養ケアの標準化と、本人の尊厳や嗜好を尊重した食支援の実現に向けた実践的エビデンスとして、長寿社会におけるケアの質向上に貢献するものであると考える。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Lauder Alison
所属機関、職名、国名
Nutrition Department,Western Health,Victoria,Australia
発表題目
Piloting a power shift through food/食を通して権利を取り戻す
発表の概要
 高齢者施設において、楽しい食事や尊厳のある食支援は、入所者の生活の質や社会的交流に重要である。一方、対象施設では残食が多く、食事介助が十分でないことに加え、居室で孤立して食べる入所者や低栄養リスクの高い人が多かった。そこで本研究では、管理栄養士が中心となり、入所者も参加する献立検討委員会を設置した。その結果、提供するエネルギー・たんぱく質量は30%増加し、残食は12%減少した。
 興味深い点は、この取り組みの効果が食事摂取状況の改善に留まらず、菜園や語り、詩作などの活動への参加を促進したことである。こうした、管理栄養士が栄養マネジメントに加え、食を通じた利用者の交流や活動参加を支える役割を担いうるという結果は、日本における多職種連携の推進にも示唆を与えるだろう。

発表者氏名
Joanne Lo
所属機関、職名、国名
Pharmacy School,Univ.of Sydney,Australia
発表題目
Co-designing medication management resources for people with dementia and carers in the community/地域における認知症の人と介護者のための服薬管理支援資源の共同設計
発表の概要
 認知症の人は、多剤併用などによる服薬関連のリスクが高い一方で、本人や介護者が活用できる服薬管理に関する情報は十分に整備されていない。そこで本研究では、認知症の当事者、介護者、医療専門職など22名からなる共同体を組織し、文献レビュー、フォーカスグループ、デルファイ法を通して、本人用および介護者用の服薬管理支援資料を開発した。資料には、認知症の本人が医療者に質問する際の具体的な会話例や、薬を安全に管理するための工夫など、日常生活で活用できる実践的な内容が盛り込まれている。
 本研究の大きな特徴は、専門家のみで資料を作成するのではなく、認知症の人と介護者が開発の初期段階から参画し、それぞれの経験やニーズを内容に反映した点にある。これは、認知症との共生社会の実現を目指す日本においても、非常に参考になる取り組みであると考える。

発表者氏名
Hsiu-Ping Yueh
所属機関、職名、国名
National Taiwan University,Taipei,Taiwan
発表題目
Social Robot vs. Stuffed Animal as Eating Companions for Older Adults: Social Presence, Social Support, and Eating Behavior/高齢者の食事の相手としてのソーシャルロボットとぬいぐるみ:社会的存在感、社会的支援、食行動
発表の概要
 高齢者の孤食は、抑うつ、食事の質の低下、生活の質の低下と関連する。本研究では、地域在住高齢者22名を対象に、会話ができ表情も変化するソーシャルロボット(Zenbo)と、ムーミンのぬいぐるみを食事相手とした場合の違いを比較した。その結果、Zenboとの食事では、社会的存在感、情緒的・情報的支援の評価、食事摂取量と食事時間が、導入前と比して有意に増加した。一方、ムーミンのぬいぐるみでは、これらに有意な変化は認められなかった一方で、インタビュー調査からは、幼少期の記憶の回想につながったことなどが語られた。
 近年、介護現場におけるソーシャルロボットの活用が注目されている一方で、食行動への影響を検討した研究は少なく、興味深い発表であった。今後は、独居高齢者や介護施設を対象とした検証に加え、会話内容、食事環境、利用者の認知機能や嗜好など、より詳細な条件による効果の違いを明らかにすることが求められるだろう。