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派遣報告書(陸兪凱)

派遣者氏名

陸 兪凱(りく ゆがい)

所属機関・職名

国立がん研究センター がん対策研究所疫学研究部 研究員

専門分野

疫学

参加した国際学会等名称

Alzheimer's Association International Conference 2026

学会主催団体名

Alzheimer's Association

開催地

イギリス ロンドン

開催期間

2026年7月12日から2026年7月15日まで(4日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Metabolic Syndrome And Related Metabolic Abnormalities And Incident Dementia:findings from Japan Public Health Center-based Prospective Study

メタボリックシンドロームおよび関連する代謝異常と認知症発症との関連:多目的コホート研究

発表の概要

 メタボリックシンドローム(MetS)と認知症との関連は一貫しておらず、肥満率が低い日本人におけるエビデンスは限られている。本研究では、多目的コホート研究のデータを用いて、40から75歳の6,803名の中高年日本人一般集団におけるMetSおよび関連する代謝異常(肥満、高血圧、高血糖、低HDLコレステロール、高中性脂肪)と要介護認定情報による認知症発症との前向きの関連を検討した。その結果、MetS自体は認知症発症と関連しなかったが、代謝異常項目数が多いほど、認知症の発症リスクが高くなった。その関連は、高齢者より、中年期の方はより強かった。また、低体重者や正常体重であっても代謝異常を有する者では認知症リスクが高かった。正常体重や低体重であっても代謝健康を維持することが、日本人における認知症予防に重要であることが示唆された。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 本学会は、おおよそ100か国から15,000名以上の研究者、医療従事者および認知症ケアの関係者がロンドンの会場またはオンラインで参加した。アルツハイマー病および関連の認知症に関する基礎研究、疫学研究、診断・予測、治療、予防など、幅広い分野の最新の研究成果が報告され、会場では活発な意見交換が行われていた。

 私のポスター発表に対しては、研究デザインおよび対象者の選定方法、認知症発症の評価方法、男女による関連の違いの有無などについて質問を受けた。また、日本人における低体重者の割合や、欧米と比較して比較的やせた集団を対象とする本研究の特徴についても関心が寄せられた。これらの質問に対して、研究対象集団の特性、男女別解析の結果および代謝異常と体格を組み合わせて評価した本研究の意義を説明した。特に、過体重ではない者においても代謝異常が認知症リスクと関連する可能性について、有意義な議論を行うことができた。

会場の様子の写真
会場の様子
ポスター発表の様子の写真
ポスター発表の様子

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等

 本研究は、比較的やせた日本人集団において、従来のメタボリックシンドロームの診断基準だけでは、将来の認知症リスクを十分に把握できない可能性を示した。特に、過体重ではない者においても、高血圧、高血糖、低HDLコレステロールなどの代謝異常を有する場合には、認知症リスクが上昇する可能性が示された点は、日本人を含むアジア人集団における認知症予防を検討する上で重要な知見である。

 今後は、個々の代謝異常やその組み合わせ、発症時期、持続期間および年齢による影響をさらに詳細に検討することで、認知症リスクの高い集団をより早期かつ適切に特定できる可能性がある。また、体格のみに注目するのではなく、血圧、血糖、脂質などを含む代謝状態を総合的に評価し、中年期から管理することの重要性を明らかにできると考えられる。

 これらの成果は、認知症発症前の段階から代謝異常を改善し、健康寿命の延伸を目指す予防戦略の構築に貢献することが期待される。

参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題

発表者氏名
Yu Guo
所属機関、職名、国名
Huashan Hospital,Fudan University,China
発表題目
Plasma Proteomic Profiles Predict Future Dementia in Healthy Adults/一般成人における血漿プロテオームプロファイルによる認知症発症の予測
発表の概要
 認知症は、無症候期から臨床症状が明らかになるまで長期間をかけて進行することから、発症前の段階で将来の認知症リスクを予測できるバイオマーカーの同定が重要である。本発表では、血漿プロテオーム解析を用いて、認知症発症を長期的に予測するタンパク質バイオマーカーを検討した研究が報告された。
 研究対象は、研究開始時に認知症を有していなかったUK Biobank参加者52,645人であり、平均14.1年間の追跡期間中に1,417人が認知症を発症した。Olink ExploreTM Proximity Extension Assayにより測定された1,463種類の血漿タンパク質について、Cox比例ハザードモデルを用いて、全認知症、アルツハイマー病および血管性認知症との関連を評価した。また、ROC解析、Kaplan-Meier解析および経時的なタンパク質濃度の軌跡解析を行い、各タンパク質の予測精度と診断前の変化を検討した。
 解析の結果、タンパク質GFAPNEFLGDF15LTBP2が、いずれの認知症病型とも強く関連し、予測モデルにおける重要度も高かった。各タンパク質単独の予測精度はAUC 0.7~0.8程度であったが、GFAPまたはGDF15を年齢や性別と組み合わせることで、全認知症、アルツハイマー病および血管性認知症に対して、それぞれAUC 0.891、0.872、0.912の高い予測精度が得られた。これらの簡便なモデルは、10年以上先の認知症発症についても、複数のタンパク質と臨床情報を組み合わせたフルモデルと同程度の予測性能を示した。また、GFAP高値者では認知症発症リスクが約2.3倍高く、GFAPおよびLTBP2は認知症に対する特異性が比較的高いことが示された。
 本発表は、大規模集団を長期間追跡し、多数の血漿タンパク質を網羅的に評価した点で大変興味深い研究であった。特に、GFAPと年齢や性別を用いた簡便なモデルが、複雑なフルモデルと同程度の予測性能を示したことは、将来の認知症リスクスクリーニングへの応用可能性を示す重要な知見であると感じた。一方、実際の臨床応用に向けては、日本人集団を含む他の人種での外部検証について、さらに検討する必要があると考えられた。

発表者氏名
Henne Holstege
所属機関、職名、国名
Amsterdam UMC/Alzheimer Center Amsterdam,the Netherlands
発表題目
The 100-plus Study and Pathways to Cognitive Resilience in Extreme Longevity 100-plus研究:スーパー高齢者における認知的レジリエンスの経路
発表の概要
 本発表では、100歳を超えても良好な認知機能を維持する人々が、アルツハイマー病に関連する脳病理にどのように抵抗しているのかを明らかにすることを目的とした「100-plus Study」の成果が報告された。本研究は、認知機能が保たれた100歳以上の高齢者を追跡する縦断研究であり、現在までに500人以上が参加している。血液および便試料を収集するとともに、参加者の約30%から死後脳提供への同意を得ており、超高齢者における認知機能維持の機序を生前情報と脳病理の両面から検討している。
 死後脳について、アミロイドβ)およびタウの評価を行うとともに、49人の100歳以上の高齢者、88人のアルツハイマー病患者および53人の非認知症対照者を対象として、3,448種類のタンパク質をLC-MS/MSにより測定した。
 その結果、研究参加時に高い認知機能を示した100歳以上の高齢者の多くは、死亡時まで比較的良好な認知機能を維持していた。多くの対象者では蓄積が抑制されており、タウ量も全体として低値であった。
 プロテオーム解析では、量と関連したタンパク質は5種類に限られ、HTRA1LRP1およびNRXN1の増加が、アルツハイマー病の比較的早期の変化として示された。一方、タウ量は測定されたタンパク質の約20%と関連し、特にGPRIN1が最も強く関連していた。
 さらに、死亡時まで認知機能を良好に維持していた対象者では、プロホルモン成熟に関与するPCSK1、解糖系および脂質代謝の調節に関与するPFKFB2、ミトコンドリアに共役した脂肪酸β酸化が高く、APOE量は低かった。これらの結果から、100歳以上の高齢者では、の蓄積を防ぐ機序に加えて、が存在してもタウの局所的な蓄積を抑制する機序が、認知機能の維持に寄与している可能性が示された。
 本発表で特に興味深かった点は、認知機能を維持する経路が一つではなく、およびタウ自体の蓄積を防ぐ「抵抗性」と、が蓄積してもタウの増加や認知機能低下を抑える「レジリエンス」という、異なる経路が示されたことである。アルツハイマー病研究ではやタウの蓄積が主に注目されてきたが、本研究は、病理が存在しても臨床症状が現れにくい人々の防御機構を調べることの重要性を示していると感じた。

発表者氏名
Petroula Proitsi
所属機関、職名、国名
Queen Mary University of London,the United Kingdom
発表題目
Metabolic and Inflammatory Risk Scores Mediating the Effect of Diet on Dementia and Brain Health/食事と認知症・脳の健康との関連を媒介する代謝・炎症リスクスコア
発表の概要
 本発表では、食事パターンと認知症リスクとの関連において、血中代謝物および炎症関連タンパク質がどのような役割を果たしているかを検討したUK Biobankの研究成果が報告された。これまで、地中海食をはじめとする健康的な食事パターンが認知症リスクの低下と関連することが示されているが、その背景にある分子生物学的機序は十分に明らかにされていない。本研究では、食事、認知症発症、脳画像、メタボロームおよびプロテオーム情報を統合し、食事が脳の健康に影響を及ぼす経路を明らかにすることを目的としていた。
 食事摂取状況は24時間思い出し法により評価され、地中海食スコアに加え、DASHMINDAlternative Healthy Eating Indexおよび健康的植物性食事指数など、複数の食事遵守スコアが算出された。最大16年間の追跡データを用いて、11万人以上を対象に全認知症、アルツハイマー病および血管性認知症の発症との関連を検討した。また、2万5千人以上の脳画像データを用いて、白質病変容積や大脳皮質容積との関連も評価した。さらに、約50万人のNightingale NMRによる血中メタボロームデータと、約5万人のOlinkによる炎症関連プロテオームデータを用いて、認知症発症に関連する分子プロファイルを同定し、媒介分析を行った。
 その結果、MINDaHEIおよびDASHへの高い遵守は、全認知症および血管性認知症の発症リスク低下と関連していたが、アルツハイマー病との明確な関連は認められなかった。また、多くの健康的な食事スコアは白質病変容積が少ないことと関連した一方、大脳皮質容積との関連は明らかになっていなかった。これらの結果から、健康的な食事による認知症予防効果は、アルツハイマー病に特異的な神経変性よりも、脳血管障害の抑制を介している可能性が示唆された。
 食事と認知症との関連は、性別、APOEε4保有状況およびアルツハイマー病のポリジェニックリスクによって大きく変化せず、遺伝的リスクにかかわらず健康的な食事が有益である可能性が示された。また、健康的な食事への遵守は、認知症と関連する多くの代謝物および炎症関連タンパク質の濃度と関連しており、特に炎症関連タンパク質は一貫して低値を示した。媒介分析では、脂肪酸を中心とする複数の代謝物ならびに炎症・免疫関連タンパク質が、健康的な食事と認知症リスクとの関連の一部を説明した。個々の単一バイオマーカーというよりも、脂質・脂肪酸代謝、全身性炎症およびサイトカイン関連経路など、複数の共通した生物学的経路が関与していると考えられた。
 本発表で特に興味深かった点は、食事と認知症との疫学的関連を示すだけでなく、メタボロームとプロテオームを用いて、その背景にある分子経路まで検討していたことである。メタボローム解析では脂質や脂肪酸を含む代謝経路が、プロテオーム解析では炎症、免疫およびサイトカイン関連経路が示され、両者が異なる情報を提供していた。また、食事との関連がアルツハイマー病よりも血管性認知症および白質病変において明確であったことから、健康的な食事による認知症予防には、血管・代謝機能の維持が特に重要であると感じた。今後、反復測定データ、他の集団での再現性評価およびメンデルランダム化解析などを通じて、因果関係を明らかにすることが期待される。