健康長寿ネット

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スローショッピングで 認知症の人に買い物の喜びを(岩手県滝沢市 NPO法人やまぼうしネットワーク)

公開日:2025年10月27日 15時40分
更新日:2025年10月29日 11時13分

効率よりも楽しむ買い物を

 認知症の人やその家族が安心して買い物を楽しめるよう支援する「スローショッピング」。岩手県滝沢市のスーパーマーケット「マイヤ滝沢店」で、2019年7月に始まった取り組みである。

 同店では毎週木曜13時から15時にスローショッピングを実施している。開始前、「パートナー」と呼ばれる認知症サポーターがオレンジ色のバンダナを身に着け、イートインスペースに集まる。この時間、イートインスペースは「くつろぎサロン」として開放され、活動の拠点となる。認知症の人とその家族が到着すると、ここで打ち合わせを済ませ、パートナーと一緒に売り場へ向かう。

 認知症の人とパートナーが和やかに買い物をする姿は、近所の常連客のようにも映る。会計は、認知症サポーターのレジ担当者がいる対面の「スローレジ」で行い、本人のペースでゆっくり支払うことができる。同店スタッフの約7割が認知症サポーターである。

 会計後は再びくつろぎサロンに戻り、ひと休みしながら歓談したり、介護者同士で悩みを共有したりと交流の場になる。行政や医療従事者が参加する日には、医療・介護相談の機会にもなる。最後にはその日の反省会を行い、課題を次回のスローショッピングに活かしている。

 「パートナーの皆さんにお願いしているのは、効率よく買い物を済ませるのではなく、買い物メモの順に売り場を行ったり来たりしてよいということです。ゆっくり歩いて買うこと自体が足腰の運動にもなりますし、何よりご本人が自分の意思で選ぶことが大切なのです」と語るのは、スローショッピングを考案した、こんの神経内科・脳神経外科クリニック理事長の紺野敏昭医師である。

スローショッピングの様子を表す写真
スローショッピングの様子
利用者が買い物を楽しむ様子を表す写真。
予定外の買い物も楽しい
スローレジで利用者がゆっくりと会計をしている写真。
スローレジでゆっくり会計
くつろぎサロンでの反省会の様子を表す写真。
くつろぎサロンで反省会

やまぼうしネットワークの立ち上げ

 紺野医師が所属する岩手西北医師会は、滝沢市・雫石町・岩手町・八幡平市・葛巻町の5自治体を管轄している。認知症専門医として診療する中で、紺野医師は「専門医だけで広範囲を担うのは難しい」と考え、「外科や内科の医師にも認知症を診てもらいたい」と呼びかけ、勉強会を始めた。

 その後、2013年には医師に加え、地域包括支援センター、介護職、民生委員、社会福祉協議会、認知症の人と家族の会など多様なメンバーとともに、「岩手西北医師会認知症支援ネットワーク(やまぼうしネットワーク)」を設立。認知症の早期発見・治療や医療・介護の地域連携、認知症に対する偏見解消のための啓発活動に取り組んできた。

 「一方で、認知症の人の生活に目を向けてみると、早期から買い物に行かなくなるケースが多いです。家族に買い物を止められ、役割を失い、孤立が進むと症状悪化につながることもあります。もう一度買い物の喜びを取り戻せば、尊厳や自信、役割感の回復につながると考え、株式会社マイヤ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)に協力をお願いしました」と紺野医師はスローショッピング発想の背景を語る。

 2019年4月には、地域包括支援センター、社会福祉協議会、岩手西北医師会、株式会社マイヤ、認知症の人と家族会が協働し、「認知症になってもやさしいスーパー・プロジェクト」を立ち上げ、スローショッピング開始に向けた準備を始めた。

 マイヤに協力をお願いする際、紺野医師は「長く続けていくために経済的負担をかけたくない。場所と時間だけ提供してほしい」と伝えた。これを受け、マイヤは優先レジ「スローレジ」の設置、イートインスペースを「くつろぎサロン」として開放、さらに認知症サポーター養成講座を店舗で実施し、従業員や一般の人が受講できる環境を整えた。

 同年7月、マイヤ滝沢店でスローショッピングがスタート。毎週木曜13時から15時という時間帯は、客足が比較的少なく、スタッフの体制を整えやすいことから選ばれている。

認知症や障がいのある人にもやさしいスーパーマーケット

 マイヤ滝沢店には、認知症の人や障がいのある人に配慮した工夫が多く見られる。たとえば、トイレや売り場の案内表示は一般的には頭上にあるが、同店では床にもある。

 「高齢になるほど上を見ず、下を見て歩く傾向があるそうです。そこで床に案内表示を付けました。高齢の方や認知症の方はまずトイレの場所を気にされるので、トイレの表示から始め、続いて売り場の案内も床に示しました。また、色の判別が難しい方のために、トランプの4つのマークやピクトグラムを使って見分けやすくしています」とマイヤ取締役の辻野晃寛さん。

床に示されたマークやピクトグラムによる案内表示の写真。
床の案内表示。マークやピクトグラムで見やすく

 同店では、案内表示の工夫に加え、トイレや照明などのバリアフリー化で設備を整え、さらに従業員の多くが認知症サポーターとなり、ハードとソフトの両面から配慮を重ねている。

 「地域密着型スーパーとして、誰にとっても便利で買い物しやすい店でありたい。今後ますます増えていく高齢者や認知症の方に対応していく店づくりをどうのように進めていくか。スローショッピングはビジネスモデルの転換のきっかけになります」と辻野さんは語る。

 スローショッピングは、マイヤ滝沢店のほか、マイヤ青山店・マイヤ仙北店(いずれも盛岡市)、マイヤ高田店(陸前高田市)へ広がり、マリンコープDORA(宮古市)、そして2025年9月からはコープ牧野林店(滝沢市)でも実施されている。

認知症をオープンにすることで社会が変わる

 2019年に始まったマイヤ滝沢店のスローショッピングは、参加者が5,000人を超えている(2025年5月時点)。紺野医師によれば、参加した認知症の人には明らかな変化が見られるという。
 「元気になり、自ら行動し、気持ちも安定します。たとえば、認知症カフェに20分しかいられなかった方が、参加後は2時間も過ごせるようになりました。何よりも存在意義を感じ、家族に貢献できる実感を得られます。長年、買い物で家族を支えてきた経験があり、買い物は重要な家事の一部です。『ありがとう』と感謝され、認められ、信頼される。この3つが認知症の人にとって大切です」

 スローショッピングは貸し切りではなく一般客の利用時間に実施していることで、認知症への理解促進にもつながっている。スローショッピングの和気あいあいとした雰囲気に関心を持った一般客が「ボランティアとして参加したい」と手を挙げ、パートナーの輪も広がっているという。

 「認知症は隠さないことが大事です。認知症と知っていれば、周囲が見守り、助けてくれます。以前オランダ・アムステルダムを視察した際、街には杖をついた人や車椅子の人が多く、その姿に驚きました。障がいのある人が積極的に外に出て、『ここが使いにくい』と声を上げることが、社会を変える原動力になっています。それがオランダの国策だそうです。認知症も同じで、オープンにすることで周囲が受け入れ、支え、社会も変わっていきます」と紺野医師は語る。

こんのとしあき医師、さくらのまさゆきさん(滝沢市認知症の人と家族の会代表)、つじのあきひろさん(マイヤ取締役)の写真。
左から、紺野敏昭医師、櫻野正之さん(滝沢市認知症の人と家族の会代表)、辻野晃寛さん(マイヤ取締役)

スローショッピングを市民活動として根付かせたい

 やまぼうしネットワーク(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)は2023年にNPO法人化し、紺野医師が理事長を務めている。法人化によって補助金等を得やすくなり、事業の継続性も高まった。課題となっていた参加者の来店・帰宅時の移動については、NPO移行後に地元企業から車両を無償貸与され、送迎支援が可能になった。

送迎車・スローショッピング号の写真。
送迎車「スローショッピング号」

 紺野医師が目指すのは、「スローショッピングを市民活動として根付かせること」。誰もが認知症になる可能性があるといわれる今、地域ぐるみで認知症を支える社会づくりが重要となる。滝沢市発のスローショッピングは、地域共生社会を実現する取り組みとして注目されている。


公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2025年 第34巻第3号(PDF:5.7MB)(新しいウィンドウが開きます)

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