健康長寿ネット

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いつも元気、いまも現役(国文学者 中西進さん)

公開日:2021年7月 9日 09時00分
更新日:2021年7月14日 14時31分

「令和」の考案者と目されたが「元号は天の声で決まるもの」

 元号である「令和」は国書『万葉集』を初めて典拠としていることから、政府の非公開の専門委員で唯一の『万葉集』研究者である中西さんが考案者と目された。

 しかし、元号が特定の個人と関連づけられることは好ましくないという政府の方針もあり、当時、中西さんはマスコミの質問にはこう答えている。「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、天の声で決まるもの」

 一方、「『令和』の考案者は私と同じ名前なんですね」と昨年出版された著書『卒寿の自画像―わが人生の賛歌』(東京書籍)で語っている。

 そこで中西さんに「令和」の意味を尋ねると、「令(うるわ)しく平和に」、下から読めば「和令(やまとうるわ)し」という意味とスラスラと説明してくれた。

写真:京都市中央図書館館長室で中西さんにお話をうかがった際の様子を表わす写真。

 「もう3年も経っていますから、みなさん、そのようなことは忘れてしまったでしょう」

120歳までの研究テーマにまだ2年しか生きていません

 「もうすぐ92歳です。120歳までの30年間のうち、まだ2年しか生きていません。まだ28年もあります。大変ですよ」と笑った。

 ご自身の研究者人生を30年ごとの段階に分けて説明した話の中で出てきた言葉だ。第1期(30~60歳)は『万葉集』『源氏物語』などの比較文学研究、第2期(60~90歳)は「日本文化の構造」など日本文化の基層にある精神の研究、そして第3期(90~120歳)はモラルに基づく経済の可能性の研究だという。

 「モラルに基づく経済の可能性」というのは、貨幣経済とは別のモラルによる交換経済のことで、縄文時代から受け継がれてきた「もったいない」「もののけ」の語源となる「モノ」文化から経済を考えていくという研究テーマだ。

 まるで日本の歴史を700年周期で分析する中西学説に似ている。700年周期というのは、第1期(紀元前3世紀〜紀元5世紀)弥生時代以来の神信仰、第2期(紀元5世紀~12世紀)古代の仏教などを基盤とする情調、第3期(12世紀~19世紀)中世・近世の儒教などを土台に蓄積される知識、そして第4期(19世紀以降)は意志の未来──という。

 「血液型はO型でしし座ですから、ものごとをおおづかみにしたがる。しかも古代を研究してきましたから、古代という山のてっぺんからよくものが見えます」

3歳で詠んだ俳句を金子兜太氏に褒められた

 中西さんは1929(昭和4)年8月に東京・杉並区高井戸(現・松庵)で生まれた。父新太郎は内閣統計局に勤める官僚、母は元小学校教諭。4人兄弟の長男として可愛がられた。

 父親は大の俳句好きで、その影響で中西さんも俳句を詠んだ。3歳のときに詠んだのがこれだ。

ウメノキニ スズメマイニチ キテトマル

 本人には3歳の記憶はないが、後に父親から言われた。この句を俳人の金子兜太氏から「俳味がある」と褒められた。というのは梅にホトトギスではなくスズメとしていることに、建前でない世俗味があるからだという。

 小学校5年のときに父が鉄道省に出向していて広島に転勤となり、中西さんは旧制の広島高等師範学校(現・広島大学)附属中学に進んだ。翌年東京に戻り、東京都立武蔵中学校に入ったが、戦争が激しく学校の授業はなくなり、勤労動員されるようになった。

 高田馬場の軍需工場に勤労動員で向かうとき、昨夜の空襲でまる焦げになった死体や蝋(ろう)のような白い死体がころがっていた。一度は米軍の戦闘機から機銃掃射をあび、工場の屋根にバリバリと音がして、恐怖におののいたこともあった。

 15歳で終戦を迎え、大学進学前の18歳のとき、虫垂炎をこじらせて汎発性(はんぱつせい)腹膜炎となり2度も手術。食べ物に飢えた白いミミズのような回虫が鼻から出てきたこともあった。その手術跡はいまでも残る。

 「スネには傷はないけどね。もう恋愛はできないな」

写真:1951年当時の中西さんの家族写真の様子を表わす写真。ご両親と姉、妹、弟の6人家族。
家族写真(1951年)。前列はご両親、後列右から姉斐(あや)子さん、妹紀(みち)子さん、弟朗(あきら)さん大学1年、本人大学3年(本人提供)

文化勲章も受章日本を代表する研究者に

 1949年に東京大学に進学すると駒場キャンパスで東大短歌会を立ち上げ『方舟(はこぶね)』という会誌を発行した。後に生涯の友人となる歴史家の半藤一利氏に同級生として出会う。

 「人間大好きだから友人はたくさんいるけれど、親友というのは何十年かで半藤しかいないかなあ」と、今年1月に亡くなった親友を惜しむ。

 大学院に進むとき恩師となる久松潜一教授の推薦で万葉集の研究に没頭することになる。「大好きな先生で、寄ってくる学生を可愛がってくれた」と言う。「なかなか冗談を言わない先生と著書に書かれていましたね」と問うと、「そう、そう、そう」。

 長寿科学振興財団がある愛知県・東浦町は久松先生の出身地であり、中央図書館には久松先生の特別資料室がある。「そこに僕に関する記事もあるんですって」と、財団との縁を感じている様子。

 東大大学院を修了して博士論文『万葉集の比較文学的研究』で読売文学賞と日本学士院賞を受賞。その後、和辻哲郎文化賞、大佛次郎賞、菊池寛賞などを受賞。著書は100冊を超える。2013年には文化勲章を受章。 

 教育者としても成城大学、筑波大学、国際日本文化研究センターの教授、府立大阪女子大学、京都市立芸術大学の学長などを歴任した。

明日香(あすか)の名称はインド・アショカ王から

 20年前に奈良・明日香村に奈良県立万葉文化館を設立させ、初代館長を10年務めた。2012年にできた富山県立高志(こし)の国文学館の館長はいまでも務めている。高志(越)は古来北陸一帯を越の国と称したことにちなんでいる。また、万葉集を編纂し万葉歌人でもある大伴家持(おおとものやかもち)が越の国の守(かみ)に任ぜられ、そこで223首の歌を詠んだゆかりの地でもある。

 この文学館では富山県出身の作家の文学作品をはじめ、絵本、映画、漫画、アニメなど幅広い分野の作品を楽しみながら学ぶ工夫がされている。

 「明日香(無憂の意味)という名はインド統一をはたしたアショカ王(在位紀元前268年頃~紀元前232年頃)からきています。戦争で10万人を殺し、10万人を捕虜にした王が、国の平和を願って仏教に帰依しました。そのことが日本にも伝わり、アショカ王が碑を建てたように日本各地に国分寺を建てたのです。そうした碑は中国にもあります。アショカ王の考えは聖徳太子の十七条の憲法冒頭にも現われています」

 中西学説のスケールの大きさには驚く。そしてその行動範囲は国際的にも広がっている。

写真3:ナーランダ遺跡にて、賢人会議の1人であるジョージ・ヤン氏と中西氏のツーショット写真。
インド・ナーランダ大学復興の賢人会議に10年間、ニューデリー、ニューヨーク、北京、東京、シンガポール各地に年1、2回全出席。ナーランダ遺跡で、左は賢人会議の1人ジョージ・ヤン氏(元シンガポール外務大臣)(本人提供)

新ナーランダ大学設立構想に賢人会議メンバーとして参加

 インド北部にあるナーランダには5世紀、仏教の最高学府があり、約1万人の学僧が学んでいた。玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)(三蔵法師)も7世紀に訪れた地である。

 そこに新ナーランダ大学を開くというインドの国家プロジェクトが始まり、その構想を世界中から学者・芸術家を集めた賢人会議で検討することとなった。

 当初、日本からは平山郁夫画伯が参加する予定だったが、体調がすぐれず中西さんが参加することとなった。2014年に開学、2020年には7学部で本格的に動き出した。

 ナーランダとは「蓮(はす)のある場所」の意味、蓮は知恵の象徴とされる。「儒教にも知水仁山という言葉があり、知には水がふさわしい」と進言したのは中西さんだ。現在、新ナーランダ大学には広大な池が中央に広がっている。

若い人たちに『万葉集』を伝える教育者としても活躍

 「感動の館外展示」として2003年から始めた小学生向けの「万葉みらい塾」は、全国66の小学校で行ってきた。

 「みなさんこんにちは。僕は中西進っていいます。『万葉大好きおじさん』、そう覚えてください。さあ、いっしょに『万葉集』をよみましょう」という具合に始まる。子どもたちは万葉歌の音の響きに敏感に反応するという。

 万葉は読むものというより、響きを聞く世界である。万葉文化館でも「聞く」体験コーナーがいくつかあって、たとえば万葉集の一首を和歌調、ロック調、フォーク調で詠み聞かせるなど万葉の世界を体感できる工夫がされている。

 中西さんは高校生向けの「万葉青春塾」もつづけており、万葉研究者としての第一人者であるばかりでなく、現役の教育者としても活躍している。

写真4:インタビュー時の中西氏の様子を表わす写真。
国文学にとどまらないスケールの大きさが中西学の魅力

「知らないは、わかるへの第一歩」毎日が楽しいですよ

 「食べ物の好き嫌いはほとんどありません。しかし、鮒ずしのにおいはダメです。コンニャクもふにゃふにゃして苦手です。たまにはワインをたしなむ程度に飲みます。どんなことでも、『知らないは、わかるへの第一歩』の気持ちで面白がって研究してきたので、毎日が楽しいですよ。それが長生きの秘訣でしょうか」

 館長をしている京都市中央図書館と右京中央図書館には週1日、富山市の高志の国文学館には4時間かけて週2日のペースで通い、講演も定例が月2回、ほかに全国各地で行い、令和元年からは毎月平均5回行っている。そして寸暇を縫うように毎日、本を読み原稿も書いている。

 趣味のふくろうグッズ収集も相当なもの。軽井沢で手に入れた大きな木製ふくろうは玄関にデンと居座る。岡山で仕込んだチェンソーでの粗削りの大きなふくろうがある日、自宅に届いた。

 「しかし、重くて奥の部屋に移動するには、どうしたものかと案じていたら、女房がふくろうを毛布に乗せてスルスルと滑らせていきました。悔しいですね」

 昨年11月、40.2度の高熱に悩まされた。すぐに回復したが、「悔しいけど、女房の対応がよかったのでしょう」。

 そこには、奥様と張り合うやんちゃ盛りの少年のような弾みがあった。

撮影:丹羽 諭

(2021年7月発行エイジングアンドヘルスNo.98より転載)

プロフィール

写真:インタビュアー中西進氏の写真。
中西 進(なかにし すすむ)
 1929年8月21日東京生まれ。東京大学文学部卒業、同大学院修了、文学博士。東京学芸大学助手、成城大学・筑波大学・国際日本文化研究センター・帝塚山学院大学各教授、大阪女子大学長、京都市立芸術大学長、帝塚山学院理事長・学院長、池坊短期大学長、奈良県立万葉文化館館長、日本学術会議会員などを歴任。宮中歌会始召人。日本学士院賞、2013年には文化勲章。日本比較文学会会長、全国大学国語国文学会会長、東アジア比較文化国際会議創始会長、日本ペンクラブ副会長などを務めた。海外でも在中国日本研究中心教授、アメリカ・プリンストン大学、ブラジル・サンパウロ大学などの客員教授。著書に『万葉集の比較文学的研究』(読売文学賞・日本学士院賞)、『万葉と海彼』(和辻哲郎文化賞)、『源氏物語と白楽天』(大佛次郎賞)、『万葉みらい塾』(菊池寛賞)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.98(PDF)(新しいウィンドウが開きます)

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