いつでも誰かとつながれる安心の居場所 (神奈川県川崎市 一般社団法人プラスケア 「暮らしの保健室かわさき」)
公開日:2026年1月16日 10時00分
更新日:2026年1月16日 10時00分
こちらの記事は下記より転載しました。
街の人と医療者が気軽につながる暮らしの保健室
「職場の人間関係で悩んでいます」「介護の悩みを聞いてほしい」「がんの治療をしているけれど、医師とのコミュニケーションが難しくて......」「今日は一人でいたくなくて来てみました」
「暮らしの保健室かわさき」には、こうしたさまざまな背景をもつ利用者が訪れる。ふらりと立ち寄る人もいれば、予約をして個別相談の枠を利用する人もいる。利用者の年代も10〜70代までと幅広い。丸テーブルを囲み、コーヒーや紅茶を飲みながら、医師・看護師・ソーシャルワーカー・臨床心理士などの専門スタッフと気軽に談笑し、つながることができる。病気や介護の悩み事はもちろん、最近観た映画の話や旅行の話など、日常の話題でも歓迎だ。


「」は、2023年5月、神奈川県川崎市中原区のJR武蔵新城駅近く、カフェやコワーキングスペースが並ぶにぎやかなエリアの一角に新拠点を開設した。それまでの"出張スタイル"の暮らしの保健室※1から、週4〜5日開催の常設型へと発展した形である。
※1 暮らしの保健室は、2011年に高齢化が進む新宿区の戸山団地で訪問看護師の秋山正子氏が始めた活動。看護師や医療専門家が常駐し、健康や病気、介護など暮らしの中でのさまざまな困りごとを相談できる。
薬ではなく、人とのつながりを処方する「社会的処方」
「暮らしの保健室かわさき」を運営するのは、「一般社団法人プラスケア」。代表理事の西智弘さんは、川崎市立井田病院の腫瘍内科・緩和ケア科の医師である。

「私はがん専門のドクターとして、病気を抱えながら街で暮らす患者さんが、孤独感や孤立感に苦しむ姿を見てきました。生活の延長線上にあるような場所で気軽に話せる環境があれば、もっと安心して過ごせるのではないか。そう考えたのが活動のきっかけです」
西さんは2013年頃から、街のカフェなどで地域住民の話を聞く活動を始め、2017年にプラスケアを設立。看護師でコミュニティナース※2の石井麗子さんを専従スタッフに迎え、川崎市初の暮らしの保健室を開設し、武蔵小杉や溝の口のコミュニティスペースを巡回する形で活動を始めた。そして、ある婦人との出会いが、その後の活動に大きな影響を与えた。
※2 コミュニティナースとは、株式会社CNCが提唱するコンセプト。職業や資格名ではなく、誰もが実践できる役割を示す言葉。「人とつながり、まちを元気にする」ことを目指し、地域住民のウェルビーイングに貢献する活動やあり方を指す。
「"はじまりの婦人"と呼んでいるのですが、その方は『夫が認知症で、私を家から出してくれないんです。今は夫の症状が落ち着いているので、ようやく外に出られました。夫以外の人と話をするのは久しぶりです』と話されました。そのとき、私は何も申し上げることができず、ただ話を聞くことしかできませんでした。公的サービスは使いたくないというご本人の意向もあり、継続的に関わることは難しい。もっと街の中に、自然なつながりをつくっていかなければならないと痛感しました」
その後、西さんはイギリス発祥の仕組み「社会的処方」を知る。「薬で人を健康にするのではなく、地域とのつながりを利用して人を元気にする」という考え方だ。社会的処方の仕組みを学んだのち、2018年に「」というオンラインコミュニティを立ち上げた。ここでは、社会的処方に関する情報を収めて共有し、その取り組みが広がるよう活動を続けている。
こうして、社会的処方の考え方を基盤に据えたプラスケアの暮らしの保健室は、「街や人とのつながり」をより重視した活動へと発展していった。そして2023年、地域の縁に支えられ、常設型の「暮らしの保健室かわさき」武蔵新城拠点を開設。それまで年間約300人だった利用者は、2023年度には約800人、2024年度には約1,000人へと右肩上がりに増えている。
武蔵新城拠点の常駐スタッフは、ソーシャルワーカーの勝山陽太さんと、臨床心理士・コミュニティナースの福島沙紀さん。取材に伺った日も、利用者とスタッフが丸テーブルを囲み、笑い声が絶えない和やかな時間が流れていた。
この武蔵新城拠点のほか、隣駅の武蔵中原や溝の口でも月1回暮らしの保健室を開室。「グリーフケア・あのねの部屋」「鍼灸師によるお灸セルフケア教室」「栄養相談」「化粧外来」などの定期イベントを開催し、地域の人々のセルフケアの力を引き出す活動を続けている。
一人ぼっちでも精神的には一人ぼっちではない
「暮らしの保健室かわさき」ならではの"つながり"のつくり方について、西さんに伺った。
「映画の話をしにきた方がいました。『好きな映画は?』『最近観た映画は?』と話しているうちに、その方がふと、『このあいだ観た映画で配偶者を亡くすシーンがあったのですが、実は私も半年前に妻を亡くしまして......』と話し始めたんです。『本当なら妻と映画の話をしたかったけれど、妻を失ってから誰ともそういう話ができなくなりました』とおっしゃいました。『奥さんはどんな方でしたか?』と尋ねると、『妻はこういう人で......』と、ボロボロと涙を流されました。その方は最後に、『妻の話をするつもりはなかったのですが、ここなら安心して話を聞いてもらえると思って、つい話してしまいました。悲しい気持ちを聞いてほしいだけなのに、周囲から"元気を出して"と励まされるのがつらかった。今日は妻の話ができて本当によかったです』と話して帰られました。
半年後、その方は奥さまの一周忌を終えたあと、ふと思い出したように保健室を訪れ、『元気でやっています』と報告してくださいました。今は特に困りごとがあるわけではないけれど、また半年後、一年後に相談したいことができたとき、ここに来れば誰かが待っていて話を聞いてくれる。一人ぼっちでも、精神的には一人ぼっちではない。そう思えることが大切だと思っています」
「暮らしの保健室かわさき」では、無理に話を引き出すことはせず、本人が話したいことを話し、スタッフは静かに耳を傾ける。医療的な助言を求めて訪れる利用者には、必要に応じて医学的見地から話をしたり、適切な支援先につなげたりすることもあるが、それが主目的ではない。「話を聞いてくれる人がいる」と信じられること、そして「あなたはここにいていい」と感じられる場所であること。その環境づくりに、何より心を配っているという。
文庫と保健室を行き来しながら緩やかなつながりを
「暮らしの保健室かわさき」のすぐ隣、裏路地にある「保健室となり文庫」は、プラスケアが運営する"本のある居場所"だ。2階の天井まで届く本棚には、「社会的処方」「まちづくり」「アート」などの本がぎっしり。会員登録なしでも室内で自由に本を読むことができ、会員になった場合には本のレンタルも可能になる。螺旋階段の脇にはアート作品を展示する小さなギャラリーもある。
取材の日に出会ったのは、ちょうどギャラリーで作品を展示していたアーティストのご家族。暮らしの保健室の利用者でもあるその方は、「展示にチャレンジできたのは、保健室で顔を知っているという安心感があったから」と笑顔で話してくれた。

暮らしの保健室と文庫には各々の会員制度があり、行き来自由だ。保健室では医療者とつながり、文庫では本やアートに触れて一人の時間を楽しみ、心の元気を取り戻す----そんな場所である。
利用者本人の力を信じて、その時間を共に過ごす
「まちの日常の中で、つながりたいときにつながれる木陰のような場としてあり続け、その人の決めていく時間を共に過ごす」
これは、「暮らしの保健室かわさき」が掲げる行動理念である。この中に「背中を押す」「支援する」「伴走する」といった言葉がないのは、「利用者さん本人の力を信じているから」と西さんは言う。
「私たちは何かを促したり導いたりはしません。人生を歩もうとしているのは本人であり、その方が決めて進もうとする力を信じ、その時間を共に過ごす。"つながりたいときにつながれる"という言葉にも、本人を尊重する思いを込めています」
印象的だったのは、「"医療にとても詳しい街の人"という気持ちでここにいたい」という西さんの言葉。「暮らしの保健室かわさき」は、専門知識をもつスタッフが"街の人"として常駐し、誰もがつながりたいときに安心して立ち寄れる、やわらかな居場所である。
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