ケアが循環するまちの拠点 (長野県軽井沢町 ほっちのロッヂ)
公開日:2026年1月16日 10時00分
更新日:2026年1月16日 10時00分
こちらの記事は下記より転載しました。

診療所と大きな台所のあるところ
長野県軽井沢町発地(ほっち)の森の一角にある「」は、診療所とまちの居場所が一体となった複合施設。「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことをする仲間として、出会おう」を合言葉に、「ケアの文化拠点」としてまちの文化を育む起点になりたい─そんな思いが込められた場所だ。
ほっちのロッヂには、診療所、在宅医療・訪問看護の拠点、医療的ケア児の居場所、病児保育室、共生型デイサービス、放課後等デイサービスといった機能が備わっている。まちの人の居場所として、アトリエ、台所、文庫もあり、子どもから高齢者まで、さまざまな背景を持つ人々が集う。
入り口を入ると、あたたかな電球に照らされた山小屋のような空間が広がる。中央には大きな台所がどんと構え、座卓を囲んで、医師、看護師、介護福祉士、理学療法士、保育士、社会福祉士など多職種がミーティングをしたり、食事をとったりする。診療所はあえて2階に設け、できるだけ"医療感"を排している。だだ広いだけのワンフロアではなく、壁に凹凸を設け、扉のない小さな空間が連続するつくりが特徴だ。室内では子どもたちが元気に走り回る姿もあれば、文庫で静かに読書をする子どももいる。畳の部屋で昼寝する子どもを高齢者が見守る光景も見られる。ここは、施設の利用者のほか、元患者さん、調理ボランティア、アトリエで行われるイベントの参加者など、地域の人々で賑わう。


ほっちのロッヂは、地域の人々の可能性を引き出す取り組みが評価され、「第10回アジア太平洋地域・高齢者ケアイノベーションアワード2022」のSocial engagement program部門で最優秀賞、「2022年度グッドデザイン賞」を受賞した。
ほっちのロッヂを運営するのは。福井県福井市を拠点に、在宅医療、医療的ケア児の居場所、クリニックなど、地域のニーズをベースに多様な事業を展開している法人だ。ほっちのロッヂ開設の背景には、オレンジ代表の紅谷(べにや)浩之医師と、福祉環境設計士の藤岡聡子さん(株式会社ReDo代表)との出会いがあった。
オレンジが進める地域医療─医療もみる、地域もみる、暮らしもみる
紅谷医師は、福井県おおい町国保名田庄診療所、高浜町国保和田診療所で在宅医療・地域医療に従事した後、医療法人社団オレンジを設立。2011年に福井県初となる複数医師による在宅医療専門クリニックを福井市に開設し、2012年に医療的ケア児の居場所「オレンジキッズケアラボ」、2013年に誰でも立ち寄れる「みんなの保健室」、2016年にはクリニックなどを展開してきた。
「私たちの専門は在宅医療だけでなく地域医療です。医療もみる、地域もみる、暮らしもみる。その時の地域のニーズに応えていたら、自然と多角経営になりました。在宅医療は、その人らしく住み慣れた場所で最期まで暮らせるよう支える医療。暮らしにつながることは何でも取り組んでいきたいと思っています」
軽井沢との縁は、「医療的ケア児のキャンププロジェクト」がきっかけだ。
「医療的ケア児は、病気のせいで動けないと思われがちですが、実際には『遊び』や『友達』が暮らしの中にないため家にこもっていただけです。だからこそ、暮らしを取り戻す活動を続けてきました。2015年、北陸新幹線が金沢まで開業したことで、福井から軽井沢に行きやすくなり、その年には『子どもたちを連れていこう』と決め、以来、毎年1か月間の軽井沢滞在プロジェクトを続けています」
このプロジェクトを重ねる中で、軽井沢病院の医師や地域の人々とつながりが生まれた。その際に聞いたのが、「軽井沢では在宅医療がまだ発展していない」という課題だった。さらに、軽井沢町発地に(現・ほっちのロッヂの真向かい)に「軽井沢風越学園」(以下、風越学園)が開校するという話を耳にした。幼稚園・小学校・中学校の一貫校で、「大人が教えたいことを教えるのではなく、子どもが学びたいことに伴走する教育」を掲げた魅力的なプロジェクトである。
「私は高齢者をみる在宅医ですが、子どものプロジェクトに一生懸命取り組むことで、その先に高齢者にとっても幸せなまちづくりがあるのではないかという仮説を持っています。風越学園のような学校が地域と連動し始めたら、町全体が元気になり、高齢者もがん患者も精神疾患の人も、みな力を取り戻せるのではないかと感じ、風越学園と一緒に何かできないかと考えました」

紅谷浩之医師と藤岡聡子さんの出会い
同じく風越学園の理念に共感したのが、福祉環境設計士の藤岡聡子さんだ。藤岡さんは風越学園の理事長に「社会とつながる環境を一緒につくりませんか」と手紙を送り、紹介された紅谷医師と意気投合。2017年からほっちのロッヂ構想を進め、2019年4月に「ほっちのお茶会」と称して地域の全世代との語らいの場を設け、同年9月には訪問看護事業をスタート。そして2020年4月の風越学園開校と同時に、ほっちのロッヂが誕生した。紅谷医師と藤岡さんが共同代表を務める。
藤岡さんは、2010年に大阪で有料老人ホームの立ち上げに携わり、当時から高齢者だけでなく地域に開かれた場所をつくることを意識していた。デンマーク留学を経て、2017年には東京都豊島区に「長崎二丁目家庭科室」を主宰し、多世代で暮らしの知恵を学び合う場所をつくった。その後、軽井沢に家族と移住し、ほっちのロッヂの立ち上げから運営に携わっている。
「福祉環境設計士」という肩書きは藤岡さん独自のものだが、近年は「Designer of community development in home healthcare」という肩書きのほうが、よりしっくりくるという。
「私は、人の生き方や暮らしの全景を捉えたいという思いが強いです。人が大事にしていることにとても関心があります。『命の終わり方』と『地域開発』、『人をエンパワメントすること』は、一つにつながっていると感じています」
ケアは医療者だけのものじゃない
ほっちのロッヂが掲げるテーマ「ケアの文化拠点」にどのような思いを込めているのか。
藤岡さんは「働き手によっていろんな解釈がある」と前置きしつつ、こう語る。「命の終わりを見送る人が、命をたぎらせ生きる人からバトンを受け継ぐ─生活文化の継ぎ手なのではないか、と自身の父母の看取りを通してそう感じています。看取りを医療者だけが担っているのは、本当はもったいないことだと思います」
紅谷医師も続ける。「『ケアは誰がするのか』と考えると、専門家だけが担うものとすることに違和感があります。『ケアの文化』といえば、僻地でみられる"お互い様"の文化が思い浮かびます。名田庄診療所にいた頃、90代の寝たきりのおばあちゃんが一人暮らしをしていました。デイサービスもヘルパーも週1回だけで、他の日は地域の人が世話をする。『なぜそこまで?』と聞くと、『元気な頃、おばあちゃんがうちの子どもをみてくれたから当たり前よ』と言います。ケアは専門職だけのものではなく、もともと文化として息づいていたのではないか。医療的ケア児を軽井沢のキャンプに連れてくる際、乗り換えで困っていると、たくさんの人が『大丈夫?手伝おうか?』と声を掛けてくれました。医療的ケア児の子どもたちと旅する中で、『人は皆、本当は誰かをケアしたいと思っている』と気づかされました」
「ケアを文化に取り戻すための場所」─これが「ケアの文化拠点」に込められた願いだ。


ケアする・されるの関係性は容易に入れ替わる
ほっちのロッヂでは、共生型デイサービスや医療型短期入所の制度を使い、さまざまな状態の人に合わせ食事を用意し、スタッフも含めて食卓を囲む日常がある。部屋の中央にある大きな台所で調理を担うのは、地域のボランティアや「お台所さん」と呼ばれるパートスタッフだ。
「ケアする・されるの関係性が容易に入れ替わる」と藤岡さんは言う。調理ボランティアには、「お世話になったお返しをしたい」という元患者さんや、家族を亡くした人が外へ出るきっかけとして台所に立つことがあるそうだ。「皆さんのおかげで、スタッフも美味しい食事でお腹を満たせます」
紅谷さんは、数年前に在宅医療で看取った末期がんの高齢女性・Tさんの話を聞かせてくれた。同居家族が献身的に介護する一方、本人は徐々に「できること」がなくなり、病人としての役割しか持てなくなっていく。「ほっちのロッヂに行ってみたい」と話すTさん。病状が落ち着いた頃に来てもらうと、普段よりも早い足取りで歩き出し、医療的ケア児がお腹を出して寝ているのを見て、「風邪ひくわよ」とタオルケットをかけてくれたという。
「その瞬間、家ではケアされる側だったTさんが、ケアする側へと変わりました。ほっちのロッヂでは、『あなたの役割は何ですか?』と問うことができる。この場所が生み出すケアの循環です」
子どもたちが育つ場が豊かになると、地域全体がもっと豊かになる
「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことをする仲間として、出会おう」という合言葉のとおり、ほっちのロッヂでは、人をカテゴライズせず、その人の強みやつながる力を引き出していく。ケアする・される関係は絶えず循環し、ケアの連鎖が生まれていく。
ここには、地域の人が自由に出入りする。子育て中のお母さんが「1時間ここで過ごしていいですか」と訪れたりする。敷地前の森の手入れをしてくれる人も、元はクリニックの患者だったという。風越学園の生徒が放課後に立ち寄ることもある。アトリエでは週2回ほど、絵画教室や木工工作などの教室が開かれ、対象者は「3歳〜150歳」。つまり、参加したい人は誰でも参加できる。写真展やコンサート、演劇なども開催していて、文化企画担当者がさまざまな企画を生み出している。


ほっちのロッヂは開設6年目を迎え、今後について紅谷医師はこう語る。「地域の居場所として、これからどんな出会いが生まれていくのかを見続けていきたい。長い目で見ると、『地域の子どもたちが育つ場が豊かになると、高齢者も含めて地域全体がもっと豊かになる』という思いがあります。やがては、風越学園出身の子が『ここで働きたい』と来てくれるかもしれない。その頃、私自身がケアを必要とする側になっている可能性もあります。年齢を重ねれば誰しもケアが必要ですし、そんな循環を存分に楽しみたいと思っています」
ケアの循環が生まれ、その人本来の力を取り戻せる場所。ほっちのロッヂは、医療や福祉の枠をこえて、人が「自分らしく生きる」を支え合う拠点である。
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