その人らしく暮らせる、もうひとつの家(千葉県浦安市 銀木犀〈浦安〉)
公開日:2026年7月13日 09時00分
更新日:2026年7月13日 09時00分
こちらの記事は下記より転載しました。
"駄菓子屋のあるところ"と親しまれるサ高住
千葉県浦安市の閑静な住宅街の一角にある、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)・銀木犀〈浦安〉。入口には「だがしや」と書かれた旗が掲げられている。銀木犀〈浦安〉は、地域の人たちから"駄菓子屋のあるところ"として親しまれているという。
中に入ると、広い土間には駄菓子屋があり、放課後には子どもたちで賑わう。館内には木をふんだんに使った温かみのある空間が広がる。無垢のヒノキのフローリングや職人手づくりの家具が目を引き、大きな窓からはたっぷりと自然光が差し込む。
「見学にいらっしゃるご家族からも、こっそり『おじいちゃんにはもったいないな。自分が入りたいくらい』といったお声をいただくこともあります」。そう話すのは、銀木犀〈浦安〉の所長・麓慎一郎さん。麓さんは、銀木犀〈市川〉の所長も兼任している。



"暮らし"のある高齢者住宅をつくりたい
を運営するのは、だ。代表の下河原忠道さんは、もともと父が経営する鉄鋼会社に勤務していた。その後渡米し、スチールフレーミング工法を学び、2000年にシルバーウッドを設立。高齢者住宅の建設に携わる中で、下河原さんはこの分野のニーズがさらに高まると感じ、自ら高齢者住宅事業に乗り出すことを決意する。
しかし、全国の施設を視察する中で、「自分が入居したいと思える施設がない。そこには"暮らし"がない」と感じたという。そこで、北欧の高齢者住宅を視察。北欧では、高齢者住宅は単なる施設ではなく、"家"として位置づけられ、入居者が自由に暮らしていた。「"暮らし"のある高齢者住宅をつくりたい」。そんな思いから、銀木犀はスタートした。
2011年に施行された「高齢者住まい法」により、サービス付き高齢者向け住宅の制度がスタートした。同年、銀木犀〈鎌ヶ谷〉を開設。以降、千葉県を中心に東京・神奈川へと展開を広げ、現在は10棟のサ高住と2つのグループホームを運営している。
日中は施錠をしない──家だから外出自由
銀木犀の入居率は98%と高く、入居希望者が絶えない。人気の大きな理由は、「その人らしく自由に暮らせる住まい」を提供していることにある。お酒もタバコも、ペットと暮らすことも自由だ。
麓さんは、「銀木犀の最大の特徴は、出入り自由で、日中は施錠しないこと」と話す。高齢者施設では、認知症の症状がある人が外に出ないよう施錠することが多い。同じように、銀木犀にも認知症のある人が暮らしているが、なぜ施錠しないのか。その問いに、「ここは家だから」と答える。
「入居して間もない認知症のある方には、帰宅願望がみられることが多いです。ここでは日中は施錠しませんから、基本的には認知症のある方にも外に出ていただきます。ただ、スタッフがご本人に気付かれないよう、後ろからそっとついていくんです。歩いて3分ほどすると、『ここはどこだろう?』という感じで、キョロキョロし始めます。そのタイミングで偶然を装って声をかけると、見覚えのある人に声をかけられた安心感から表情が和らぐ。『喉は乾いていませんか?お茶を飲みに帰りましょう』などとお声がけすると、笑顔で銀木犀に戻られます」
そうしたやり取りを繰り返すうちに、ほとんどの入居者は1か月ほどで落ち着いていくという。結果的に、玄関を施錠しなくとも、外へ出ていくことが少なくなる。
過去には、ナースコールが重なったほんの一瞬に、認知症のある方が外出してしまったこともあった。しかしその際は、駄菓子屋にいた子どもたちが見守ってくれたという。入居時には、施錠しないことによるリスクを家族に説明し、同意を得たうえで入居者の自由を尊重している。
できることは自分で──役割が生きがいに
もうひとつ、銀木犀で大切にしているのは、「できることは自身で行ってもらうこと」だ。
ある入居者が配膳や下膳を自ら行う姿を見て、他の入居者も取り組むようになり、その輪は次第に広がっていったという。他にも、テーブル拭きや洗濯物たたみ、庭の手入れ、駄菓子屋の店番などを担う入居者がいる。これらはスタッフが依頼したのではなく、入居者が自然に始めたことだ。スタッフは一人ひとりの得意なことを引き出し、暮らしの中で"役割"を持てるよう支えている。その役割が生きがいや自信につながっていく。
「96歳の要介護5の方が、他の入居者から刺激を受けて、車椅子を使いながらも、トレイを膝の上に乗せて下膳を行うようになりました。スタッフから『ありがとうございました』と感謝の言葉をかけられると、『自分も役に立てた』という思いが生まれるのでしょうか、笑顔を見せてくださるんです。その後は活動量が増え、食事量も増え、次第に3食では足りなくなり、ご家族に差し入れをお願いするほどになり、最終的には杖なしで歩けるようになりました。ここで初めてお看取りをさせていただいた方でした」
麓さんは懐かしそうに振り返る。

最期までその人らしく暮らしつづける
看取りにおいても、銀木犀が大切にしているのは「その人らしさ」だ。入居契約時には、「延命治療を希望するか」「最期をどこで迎えたいか」などを確認し、段階を重ねながら本人の意思を丁寧に聞き取る。有料老人ホーム全体の看取り率が約30%といわれる中、銀木犀では75%を超えている。
麓さんは、銀木犀〈浦安〉で看取った、忘れられない入居者について語る。
「その方は、タバコが何より好きな方でした。大腿骨を骨折した際も、『タバコが吸えなくなるから』と手術も入院も望まれませんでした。その後、お看取りの時期に入りましたが、『最期まで吸いたい』という思いを尊重し、医師の許可を得て、特例としてお部屋でタバコを吸っていただきました。お看取り後の穏やかなお顔が忘れられません。その方にとって、タバコは生きる喜びだったのだと思います」
8〜9割の入居者は、銀木犀での「お別れ会」を希望するという。談話室に祭壇を設け、家族や入居者が献花を行い、出棺時には入居者たちが見送る。そこには、死を特別なものとして遠ざけるのではなく、暮らしの延長として受け止める文化が根づいている。
駄菓子屋から広がる多世代のつながり
放課後になると、駄菓子屋や館内には小・中学生が集まり、賑やかな声が響く。入居者が子どもたちに宿題を教えたり、英会話教室を開いたりするなど、多世代交流が自然に生まれている。
銀木犀のほとんどの事業所では、駄菓子屋を併設している。サ高住の開設時、入居者を迎えるより先に駄菓子屋をオープンするのだという。それは、地域の人に銀木犀を知ってもらうためだ。
中でも、銀木犀〈浦安〉の駄菓子屋は売り上げがトップクラス。過去には月49万円の売り上げを記録したこともある。店番は入居者が担当することも少なくない。
「若い頃に銭湯の番台をしていた方は、店番でも子どもの扱いが上手です。『お金は投げない』『靴はそろえて入りなさい』と、きちんと伝えてくださる。『銀木犀に通うと、子どもが礼儀正しくなる』と言われることもあります。入居者さんが子どもたちを見守り、教えてくれているんです」

地域交流を大切にする銀木犀では、各事業所で毎年祭りを開催している。銀木犀〈浦安〉では、祭りの日に限り、駄菓子を半額にするのが恒例だ。毎年600〜700人もの地域住民が訪れ、駄菓子屋に1時間半待ちの行列ができたこともある。この日は入居者も店番などで大活躍するという。
「小学生の頃から銀木犀に来ていた子が、介護福祉士としてシルバーウッドに入社したんです。地域の子どもが集い、育ち、支える側として戻ってくる。こんなに嬉しいことはありません」。そう目を輝かせる麓さん。銀木犀は、サ高住の枠を超えた、世代をつなぐ場所になっている。

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