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第36回 お盆とコロナ

公開日:2020年9月 4日 09時00分
更新日:2020年9月 4日 09時00分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授


私が故郷である信州を離れて50年になる。
私が幼かった頃の日本では死は自宅で迎えていた。
死は身近にあり何歳であっても死ぬ危険があった。
だから死者との交歓は自然なことであった。
お盆には死者が帰ってきた。
お盆は子供たちにとって1年の中で最も待ち遠しい行事であった。

8月13日の早朝にお墓へ行ってご先祖様を連れてきて迎え火を焚いて家の中に招き入れた。
早起きして大人についてお墓へ行くのは心踊る行事であった。
祭壇には子どもたちが山から採ってきたヤマユリやナデシコなどが飾られていた。
青くて酸っぱい早生のリンゴや採れたてのブドウ、牛や馬を形どったナスやキュウリなどが祭壇を飾った。
真菰(まこも)が祭壇に敷かれていた。
真菰(まこも)は近くのドブ川から取ってきた代物であったが、何故かご先祖様の匂いがした。
それはインドから中国を経て駒ヶ岳を越えてやってきたような匂いだった。
提灯を飾り、お線香を焚いてご先祖様に精一杯の款待をするのだ。
子どもたちの周りにはおもちゃのピストルの硝煙の匂いが立ちこめておとぎの国だった。
お盆の最後の日には家の玄関で送り火を焚いてご先祖様をお墓へ送って行った。
送り火を焚く夕闇では迎え火を焚いた朝の露に満ちた清浄な空気は嘘のように消えていた。

お盆の終わりは明確な季節の切れ目であった。
お盆が過ぎた季節ほど寂しいことはなかった。
太陽は夏の盛りの活気を失いただ暑いだけとなり、蝉の声は空しくなり麦藁トンボが当てもなく飛んでいた。
目標を失ったカレンダーは時間の経つのが遅く地球の回転は停止してしまったかに思えた。

時代が移るにつれて老人を自宅で看取ることはなくなり、死は日常から次第に遠ざかっていった。
死は老人に特有なものとなり、今では若くして人が死ぬことはない。
あの世とこの世が連続しなくなってきた。

それが今年の2月の終わり頃から様相が違った。
新型コロナによって死の恐怖が日本人の日常に舞い戻ってきた。
人々は何歳であってもいつでも死ぬ恐れがあるのではないかと思うようになった。
死が身近な時代に戻ったのだ。

今年はコロナのために帰省を自粛している人が多いという。
私も信州への帰省を自粛しようと思う。
もっとも私にはあの世の方が近いのだが。

図:老いをみるまなざし_第36回お盆とコロナ_挿絵

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者 井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」(いずれも風媒社)など

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