健康長寿ネット

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第35回 「こんな私でも生きていていいのかしら?」

公開日:2020年8月 7日 09時00分
更新日:2020年8月 7日 09時00分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授


88歳の和子さんは高血圧で私の外来へ通院している。若い頃から歌の勉強を続けてきた。現在はアマチュアの合唱団に入って高齢者施設での慰問活動を生き甲斐にしているがコロナの騒ぎが始まってから活動ができなくなってしまった。
10年前に夫を亡くして一人暮らしである。家にいると人との会話がない。一人でいると命について考えてばかりいるそうだ。
もう少し生きていたいと思っているがこの頃生きていることが、肩身が狭いような気がしているのだという。
そして年齢ばかりが気になるのだという。
新聞に目を通すと名前の後には年齢がついている。テレビのニュースでも画面に出る名前には年齢が付随している。
マスコミで人物を紹介するときには年齢をつけるのがこの国の習慣である。
だから日本人は人物の評価に年齢を物差しにする習慣がついてしまっている。年齢に応じたモデルを作っている。
「55歳ならまだ働いているはずだ」「71歳ならもうリタイアしているのだろう」「80歳になったら物忘れがあるのだろう」と言った具合に。
そんなことが日常的に繰り返されているので和子さんのような豊かな感性は年齢の影に隠れてしまう。
アメリカには雇用における年齢差別禁止法という法律がある。履歴書には年齢を載せないし、ホテルの宿泊名簿にも年齢を記載しない。もちろん新聞の記事に日常的に年齢が載ることはない。
毎日年齢を意識して生活している国は日本をおいて他にない。
来る日も来る日もどんなタレントでもどんな政治家でもどんなスポーツ選手でも、それにどんな交通事故を起こした人でも、私たちは年齢を確認しながら人を見ている。
和子さんの「88歳である」というレッテルは和子さんの今までの生き様を全部隠してしまう。
それが和子さんを追い詰めた伏線である。

彼女を追い詰めた第二の背景は医療現場において老人が見捨てられるのではないかという恐れである。和子さんは、もしも自分が新型コロナになって入院したらどうなるのだろうと想像すると怖くなる。
テレビによるとある年齢を超えた人には人工呼吸器を装着する権利を与えないというのが世界中の潮流であるらしい。
日本の医療の現場でも医療崩壊が起これば真っ先に選別されるのは老人だろうと容易に推察できる。
和子さんは新型コロナで死にたくはないと思うので「人工呼吸器をつけてください」と言いたいと思っている。しかし実際にはそんなことは言えないであろうとも思っている。
医者は申し訳ないと悔恨の情を滲ませながら生存可能な若者を生き延びさせるためにやむをえない措置だと自分を納得させて人工呼吸器を若者に使うだろう。
やむをえない、仕方がないと言いながら老人が切り捨てられていく。
コロナが歴史に類をみないほど大変だといわれればそれもしょうがないかとも思う。
病気になっても誰も助けてくれないのではないかと思うのである。

だから和子さんは「こんな私でも生きていていいのかしら?」と思うことが多くなったのである。

図:老いをみるまなざし_第35回こんな私でもいきていいのかしら_挿絵

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者 井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」(いずれも風媒社)など

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