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第97回 不労所得の分け前―中日ドラゴンズの負けた日―

公開日:2025年10月10日 08時30分
更新日:2025年10月10日 08時30分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師


2025年7月某日:
昨日の夜、中日-巨人戦をテレビで見た。
中日が9回表まで2点リードしていたので久しぶりの勝利に気分良くして風呂に入ろうとしていると9回裏に巨人の「丸」に逆転安打を喫してサヨナラ負けとなった。
中日が勝っておれば翌日の新聞が待ち遠しいが、負けた朝は新聞を見る気にならない。
前日の負けが尾を引いて一日中不愉快になる。

信州にいた頃は巨人ファンであった。
1960年代の伊那谷の住人は全員が巨人ファンであった。
ラジオとテレビのプロ野球中継は巨人の試合ばかりであったからである。
伊那北高校の国語の教師は巨人が負けた翌日は、ご機嫌が悪かった。

名古屋へ出てきてからは中日ファンになった。
中日球場(ナゴヤ球場)へドラゴンズの試合を見に行ったことがあった。谷沢や大島が現役だった。
内野席であったが、選手が遠方に見えた。
背後に大声を上げる応援団がいたが、彼らと一緒に「燃えよドラゴンズ」を唄う気分にはなれず、疎外感を味わうことになった。
野球場で4万人の人が勉強もしないで野球を見ていた。中には受験生もいるだろうに参考書を見ながら野球観戦をしている高校生を見たことがない。
隣の人も勉強していないから安心しているのだろう。
球場では解説がないので試合の流れについていけず途中で引き上げた。
それ以来野球場へ行ったことはない。
今ではもっぱらテレビ観戦である。
鈴木孝政氏の解説は哲学的である。「三振には二つあります。実際の三振と心のサンシンであります。実際の三振はしょうがない。一番いけないのは心のサンシンです」
意味不明だが中日の負けた日は「心のサンシン」をしたような気分になる。
タクシーの運転手は全員が野球解説者である。彼らには特別の秘密を教えてくれるお客さんが時折乗ってくるらしい。
大概は誰でも知っていることだが、タクシーの運ちゃんが言うと秘密らしく聞こえる。
中日が負けると「楽しいことがなければ何の楽しみもない」と言っていた。「なるほど楽しいことがなければ何の楽しみもない」と私も思う。

若い頃はテレビの野球観戦をしながら論文を書いたが、今では観戦しながら本を読むことはない。
同時に二つの作業をしなくなった。
年を取ると何かをしながら何かをするということができなくなる。
複数の課題を同時に並行して遂行することができなくなるのは老化の兆候である。

2025年8月某日:
今日は野球がない日らしく、テレビは野球中継を放映しないようだ。
夕方から夜にかけて自由に使える時間が手に入ったが、不労所得の分け前に預かれなくなった気分である。

野球がないと考えながらソファで寝ている著者の図

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者_井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2024年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など

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