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第42回 老化と病気―老化とは治すことができる病気か?―

公開日:2021年3月 5日 09時00分
更新日:2023年8月21日 12時50分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授


私の祖父は1950年代に63歳で死んだ。
老化の進んだおじいさんであった。
平均寿命は60歳程度であったがその当時の多くの老人には病気があり、病気のない老人は少なかった。
老人とは病気を持つ死期の近い人であった。
老化とは病気にほかならなかった。

1970年代になり、平均寿命が70歳を過ぎ80歳を超える人が珍しくなくなると病気のない老人が出現してきた。
病気のない老人でも老化は進行しているように見えた。
してみると病気とは無関係に老化は進むのか?
そこで生まれたのが正常老化と異常老化の概念である。
正常老化とは病気のない状態のことを指し、異常老化とは病気のある状態のことを言う。
人工的な分類であったがこの学問的モデルの出現によって現代の科学は老年者の疾病という狭い範囲の研究から脱却したのである。
明らかな病気の存在しない状態での老化のプロセスを認識して特徴付け、操作するという段階へ進むことができた。

1990年代に入り、日本が本格的な高齢社会へ突入する時期になった頃、R.ホリデイは老化と病気の関係を以下のように説明した(1996年)。
「老化は病気ではないが、初期の病気の集合体であって様々な組織や器官の機能に多かれ少なかれ影響を与えるものである。即ち老化の人体に対する影響は病気の初期の状況を引き起こすものである」。病気の背後に老化があるとする説である。

そして最近になって「老化は治せる病気である」と主張する人たちがでてきた。
「癌もアルツハイマー病も一般の加齢と関連付けられる他のいろいろな病気の状態も、それら自体が病気なのではなく、もっと大きい何ものかの個々の症状に過ぎない。その背後にある老化そのものが一個の疾患なのだ。そして老化は治せる病気である」との主張である。
その代表者がデビッド・A・シンクレアである。
2020年、彼は「ライフスパン:老いなき世界(東洋経済新報社)」を出版した。
その帯には:ついに、最先端科学とテクノロジーが老化のメカニズムを解明。ハーバード大学の世界的権威が描く衝撃の未来。人類は老いなき身体を手に入れる:――とある。

現代科学は驚くべき進展を遂げている。
ことに分子生物学の分野、なかんずく遺伝子学問の進歩はかつて想像することすらできなかった事実を私たちの眼前に展開している。
シンクレアは「生物の老化について明らかになった重大な結論は、老化は避けて通れないものなのではなく幅広い病理学的帰結を伴う疾患のプロセスである」。
そして「そもそも寿命の上限とはなんだろう。そんなものがあるとは思わない。老化は治すことができる病気である」と述べている。

近代科学はその時代に治すことは不可能であると思われてきた疾患をことごとく克服してきた。感染症の治療、癌の治療しかりである。
そして現代は老化の克服であるというのである。

老化を治すことができる時代が目と鼻の先に近づきつつあるようだ。
思いもしなかった事態が出現する可能性がある。
「人間とは何か」を定義し直すときが来ているのかも知れない。

図:老いをみるまなざし_第42回老化と病気_挿絵

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者 井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」(いずれも風媒社)など

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