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第75回 前立腺がんと食道がんと大腿骨頸部骨折からの生還

公開日:2023年12月 8日 09時00分
更新日:2024年1月 9日 09時12分

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授


血液検査でPSA値が4.0ng/ml以上になると前立腺がんの可能性が高くなる。
2012年の夏の健康診断で私の血液中のPSAは10ng/mlに達した。大学病院で精密検査を受けると前立腺がんが確認され、翌年の2月に重粒子線による治療を受けた。
2010年頃より透明な痰が出るようになっていた。食道がんによる症状ではないかと思っていたが、検査を受けることはなかった。
私の体の中で前立腺がんと食道がんが併存していたらしい。
2013年の5月13日の月曜日、大学のゼミの女学生たちと近くの食堂へ昼食を食べに行った時だった。
食物の嚥下障害を自覚していた私は、ざる蕎麦を注文した。つるつると喉を通過してくれるだろうと思ったのだ。
しかし蕎麦は、喉を通過できずに口から吐き出すようにでてきた。
あわてて飲み込んだ水も口腔内に戻ってきてしまった。私の喉は完全に閉塞されて水さえ通過できなかったのである。
驚いて眺めていた学生たちを後にして私は大学病院へ緊急入院した。
検査を受けると、末期の食道がんであることを告げられた。
それまで不安な毎日を過ごしていたので、ようやく終着駅に辿り着いたような奇妙な安堵感があった。
肺へのリンパ転移があり手術による根治治療は不可能であることが判明した。
5年生存率は10%程度であるので「思い残すことがないようにやりたいことをやってください」と外科の医者は言った。
手術はできないので、放射線と化学療法に頼ることになった。
周りにいた主治医の誰もが「井口は長くは生きられない」と思った。
しかし予想とは違って私の食道がんは放射線治療と化学療法により半年後には奇跡的に消えた。
数か月の化学療法により骨密度が少なくなっていき、治療中に大腿骨頸部を骨折したが、幸運なことに手術をすることなく骨折部位が融合して右足が2cmほど短くなっただけで、歩くことはできるようになった。

前立腺がんと食道がんの発覚から10年が過ぎた。
今年の8月(2023年)に内視鏡による検査を受けたが、がんの形跡はなかった。全身のCTによっても異常は検出されなかった。
前立腺がんの指標であるPSAも抑えられたままである。
大腿骨頸部の骨折は手術せずに自然に接合した。

私は3つの病気を克服するという幸運に恵まれたのである。
患者に「何か特別な治療をしたのですか?」と聞かれるが、ガイドラインにしたがって通常の治療を受けただけである。
ただ一つだけ言えることは、私は主治医の指示に忠実であった。

克服した3つの病気を思い浮かべる筆者のような人

(イラスト:茶畑和也)

著者

写真:筆者_井口昭久先生

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2007年より現職。名古屋大学名誉教授。

著書

「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」(いずれも風媒社)など

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