第104回 伊勢湾岸道路
公開日:2026年5月 8日 08時30分
更新日:2026年5月 8日 08時30分
井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師
1週間に1回糖尿病患者を診るために桑名の病院へ行くようになってから40年経った。
毎週金曜日に電車を乗り継いで行った時は2時間半かかった。
20年ほど前に伊勢湾岸道路が開通すると車で通うようになった。7時30分に家を出ると8時20分に病院の駐車場に着く。
伊勢湾岸道路は名古屋港を横切って、長島温泉を経由して桑名に通じている。
名古屋港と木曽川、揖斐川を横断することから3つの斜張橋(名港トリトン)と2つのエクストラドーズド橋(トゥインクル)が架橋されている。
夜間には照明されており橋の下から眺めると壮大な夢の懸け橋に見える。
往復6車線であり最高速度100km/h、最低速度50km/hとする速度規制が行われている。
ウィキペディアによると、伊勢湾岸道路は名古屋港の各ふ頭に乗り入れることが特徴であるそうである。
海上を走るので強風に晒される機会が多い。窓を閉めて走ると風を感じないが、車が揺れることにより風が吹いていることを知ることになる。
橋の隙間から見える海には停泊している船が見えるが、走行中の車から詳細に眺めている余裕はない。
毎年3月になると工事が始まり、3車線の道路が1車線だけになる。
1車線しかない道路で一台の車が故障すると全面通行止めになることが予想される。延々と続く膨大な車はどの車も故障しないことが前提になっているのだろう。
13年前私は69歳で、末期の食道がんであった。
数か月前から大量の喀痰の排出に悩まされていた。
車内は痰を拭きとるためのテイッシュペーパーで溢れるようになった。
末期の食道がんに冒されていることは分かっていたが、日常生活が断絶されることを恐れて検査を受けなかった。
食道が閉塞するまで伊勢湾岸道路を走った。
眼下に広がっている海に沈みこむ誘惑に駆られる時もあった。
2013年の5月13日、水も喉を通過しなくなって大学病院へ入院した。
食道がんは肺に転移しており手術は不可能であった。
5年生存率は10%であると主治医に言われた時には伊勢湾岸道路を車で渡る機会はもう巡ってこないと思った。
しかし幸いなことに化学療法と放射線療法のみで、奇跡的に回復した。手術をしなかったので私の喉は無傷で残った。
8か月ほど入院して、退院後に伊勢湾岸道路を走った時は嬉しかった。
今年で入院から13年経った。毎年検査を受けているが再発はしていない。
最近では海の彼方に死の影を見ることはない。
伊勢湾の水平線に向けて走り抜けたい衝動に駆られることもなくなった。

(イラスト:茶畑和也)
著者

井口 昭久(いぐち あきひさ)
愛知淑徳大学クリニック医師
1943年生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部老年科教授、名古屋大学医学部附属病院長、日本老年医学会会長などを歴任、2024年より現職。名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学名誉教授。
著書
「これからの老年学」(名古屋大学出版)、「やがて可笑しき老年期―ドクター井口のつぶやき」「"老い"のかたわらで―ドクター井口のほのぼの人生」「旅の途中でードクター井口の人生いろいろ」「誰も老人を経験していない―ドクター井口のひとりごと」「<老い>という贈り物-ドクター井口の生活と意見」「老いを見るまなざし―ドクター井口のちょっと一言」「老いを見るまなざし―老いは神の呪いか恩寵か」(いずれも風媒社)など