健康長寿ネット

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第53回 最近ちょっと、ツキがない

公開日:2023年4月 7日 09時00分
更新日:2023年4月 7日 09時00分

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業


 看護師という仕事は、科学的思考が求められる仕事。だが一方で、<世の中には不思議な偶然がある>としみじみ思う仕事だったりもする。

 最近、私は思いがけず患者さんから怒鳴られ、唖然とする場面が度重なった。そのうち、一番派手に怒鳴られたのは、以下の場面である。

 ある日、患者さんが病室でお菓子を食べている時、ひどくむせ込み、窒息しそうになる場面に遭遇した。同僚と相談し、しばらく看護師がついて食べてもらうことにし、本人に説明。お菓子はナースステーションで預かるようにした。

 これは病棟の慣習で、看護師の誰もが、窒息の可能性のある人にはそのような対応をしている。お菓子を預かり、食べたい時に申告してもらうと、食べる時看護師が注意してみることができる。そのことも本人に伝え、その場では理解していた。

 それから数日して、その人は勤務中の私に向かって、突然怒り出した。

 「お菓子を返せ。今すぐ返せ。食わせないなら菓子代を返せ!」

 数日前の経緯を伝えたが、全く聞いてはくれない。普段はこちらからの問いかけに答えるだけの人が、青筋を立てて怒り、大声を出す様子に、私は完全にフリーズしてしまった。

 この後医師からも本人に説明があり、今もお菓子は看護師が管理している。初めから医師に話してもらっていればと思う気持ちもあるが、食べ物の預かりは、これまで看護師の判断に任されていた範囲。誰もがとった判断なのは間違いない。

 そして、このエピソードの数日後。私は休みで、たまたま病院の近くで知人と食事をした。帰りの電車に乗り、発車を待っていると(始発駅なので停車時間が数分あった)、隣の席にものすごい勢いで座った人がいて、思わずそちらを向いた。

 私の顔のすぐ前に、黒いサングラスをした女性が私をにらんでいる。<いや、困ったな。やばそうな人>と思ってフリーズしていると、「あんたを仕留めにやってきたんだよ。あんた、訪問看護でうちに来ただろう」。

 間違いなく、一昨年の3月末までに、訪問した利用者さんらしい。しかし、残念ながら、誰かは思い浮かばない。黒いサングラスをしているせいもあり、顔全体がよくわからないのである。

 「あんた、まだ脅しやたかりで生きてんのかい。あんた、吉祥寺が家だったよね。歩いて帰れ。電車に乗るな。降りろ、降りろ。歩いて帰れ」

 精神科で働いていると、先日のお菓子の件のように怒鳴られる機会はけっこうある。しかし、さすがにプライベートの時間に、電車に乗り合わせた利用者さんから罵詈雑言をあびせられるのは初めてだった。

 それでも、やはり慣れというのはおもしろい。恐怖という感覚はまるでなく、その人が誰かを思い出せない残念さが募るのだった。<う~~~ん、誰だろう>と思いながら、はっと周囲を見回すと、他の乗客の視線が私たちに集中している。

 ここで私は、ようやく悟った。<これは、降りるべきだ>。さもないと、私への罵詈雑言は止まないだろう。発車ベルの鳴る中、私は電車を降りた。

 無事ドアが閉まり、その人が乗った電車が見えなくなるのを待って、私は向かいのホームに停車している電車に乗った。そして、まだ考えていた。<う~~~ん、誰だろう>。残念ながら、この原稿を書いている今も、思い出せていない。

 このエピソードを一区切りに、とりあえず怒鳴られるサイクルからは脱せたようだ。以後は怒鳴られずに経過している。

 あれだけ怒鳴られるのが続いたのは、どこか、私の対応に問題があったのかもしれない。そう思いつつ、頭の半分では、<今はちょっとツキがないのかな>。そんな風に思い、受け入れている。

 多分、若い頃はこのようには諦められない。「自分が悪かったのか」「相手が悪かったのか」と自問自答を繰り返しただろう。

 でも、世の中には不思議な偶然がある。私自身が年を重ね、そんな風に白黒付けない態度を学んできた。ただし、自分に甘くなりすぎないようには、気をつけたいと思う。

写真:愛猫もふこと添い寝する様子を表す写真。

<私の近況>
 皆さんも、<ツキがない>と感じることはありませんか。そんな時はやっぱり、少し休んだり、遊んだり、気分を変えるのが大切です。毎度毎度猫の写真で恐縮ですが、心身休めるといえば、私の場合は飼い猫のもふこ。怒鳴られた日は落ち込んでいるのがわかるのか、もふこがいつにも増してなついてくれるような.........。こうして添い寝をすると、気持ちが穏やかになります。

著者

筆者_宮子あずさ氏
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。

著書

「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ:ほんわか博士生活(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

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