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第17回 訪問看護の限界

公開日:2020年3月31日 09時00分
更新日:2020年3月31日 09時00分

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業


 私が働く訪問看護室は、アルコール依存症の治療も行う精神科病院の中にある。そのためアルコール依存症の利用者さんのお宅にも訪問している。

 ある時、長年飲酒を続け、60代後半になって初めてアルコール依存症の治療を受けた人のお宅を訪問することになった。定年退職後アルコールの問題が露呈するパターンで、すでに妻子は去り、ひとり暮らしになっていた。

 アルコール依存症は、「否認の病」と言われる。全日本断酒連盟によれば、否認には以下、2つの段階があるという1)

  • 第1の否認:「自分がアルコール依存症であることを認めない」という否認
  • 第2の否認:「自分は酒さえ飲まなければ、何の問題もない」という、自分の責任を酒に押し付けてしまう否認

 この利用者さんについては、「俺は、酒で全て失った。親から山のように財産をもらって、女房、子どもも楽しく暮らしていたのに。金を使い果たしたら、とっとと出て行っちまった。本当に酒はこわいよ。あんたも、酒に飲まれちゃだめだよ」が口癖。これを聞く限り、第1の段階は過ぎているように見えた。

 しかし、第2の否認は続いている。「もう75歳にもなって、飲む元気もないよ。前頭葉がスカスカになっているって、医者のやろうが言いやがった。これ以上ばかになったら困るから、飲まないでいる。飲まなきゃ大丈夫なんだから。全部酒のせいなんだよ。女房も子どもも、本当に不人情だよ。いいときだけの家族なのか。飲まないときには、いい思いもさせてやったのに」。

 この愚痴も、彼はまるで口癖のように繰り返し、時に涙を流した。彼は自分が酒を飲んだ責任を巧みに回避する。悪いのは酒。酒さえ飲まなければ自分に問題はない。それを評価しなかった妻子が悪い。.........彼は自分の外に責任を求め、自分が変わろうとしていない。

 そのことが痛いほど伝わり、言い訳を聞き続けることが、果たして彼のためになるのか。悩みながら帰るのが常だった。

 あるとき、彼はスリップ(再飲酒)した。飲んだのはストロング系と呼ばれる、アルコール度数の高い缶チューハイ。コンビニなどですぐに手に入り、安くてアルコール度数が高い酒として、依存症への入り口として指摘され始めている2)

 連続飲酒が止まらず、再入院になったが、きれいな缶、ジュースのような味わいで、罪悪感なく飲めたと後に語っていた。

 アルコール依存は自分が変わらなければ、と気づかねば治らない病気と言える。入院中に、自助グループにつながり、なんとか自分を振り返る機会を持って欲しい。

 訪問看護は決して万能ではない。アルコール依存症には、家を訪れる訪問看護より、外に出て人と関わる機会を増やすのが効果的ではないだろうか。彼との関わりを振り返り、否認の聞き役になってしまったと反省しては、どうあればよいか思案している。

写真:「下手くそやけどなんとか生きてるねん。: 薬物・アルコール依存症からのリカバリー」渡邊 洋次郎著の表紙写真「下手くそやけどなんとか生きてるねん。: 薬物・アルコール依存症からのリカバリー」知人の渡邊 洋次郎さんが書いた本です。依存症とその回復について、ありありと描かれています。

文献

  1. 「二つの否認」,全日本断酒連盟(2020年3月9日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  2. 「薬物に過剰に厳しく、アルコールに甘い日本」,岩永直子、BuzzFeed News,2020年1月20日(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

著者

写真:著者宮子あずさ氏

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。

著書

『宮子式シンプル思考─主任看護師の役割・判断・行動1,600人の悩み解決の指針』(日総研)、『両親の送り方─死にゆく親とどうつきあうか』(さくら舎)など多数。ホームページ:ほんわか博士生活(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

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