第82回 詐欺は全てを奪う
公開日:2025年9月12日 08時40分
更新日:2025年9月12日 08時40分
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
私がまだ訪問看護の仕事をしていた時、不特定多数の者から現金等をだまし取る特殊詐欺について、連載で取り上げている(
)。その後も特殊詐欺の被害は増加の一途をたどり、警察庁によれば、今年1月から6月までの半年間の特殊詐欺の被害は全国で1万3213件、被害総額は597億3000万円。これは、統計の残る2004年以降、件数、被害額ともに最多とのことである。
病棟勤務の3年半の間に、特殊詐欺で全財産を失った患者さんと関わる機会があった。精神的ショックから長くうつ状態が続き、かなりの時間を経てようやく退院が可能になった。
詐欺の手法としては、典型的なロマンス詐欺。若い異性からのメールに応じるうち会うようになり、金銭の要求にいそいそ応じてしまう。異変に気づいた子どもが警察に届け、詐欺被害が発覚した時には、数千万の現金が失われ、持ち家を担保に借金をする寸前であったという。
不幸中の幸いは、持ち家が残ったことと、生活できるギリギリの年金額があったこと。一方で、貯金を元に豊かな老後を送る夢は潰え、扶養におびえる子どもからは距離を置かれるようになった。
特に、若い異性にだまされたという事実は、子どもたちには受け入れ難く、それに追い打ちをかけたのが、この期に及んでまだ「だまされた」と認めきれない親の未練であった。
<元からしっかりした人だったので、まさかあんな馬鹿げた詐欺に遭うとは今も信じられない。犯人は20代の若者という以外にわからず、捕まっていません。そのせいもあって、まだ犯人を信じているようなのが、信じられない。お金が尽きると連絡が途絶えたというのに。うつになったのはかわいそうなんですが、申し訳ないけどそう思えない。話していると、本当にイライラしてしまいます。だから、会いたくないんです>
久しぶりの面会で、子どもの一人はこう言って帰って行った。私はその言葉を記録に残しながら、自分がこの立場だったら、きっと同じように感じるだろうと思っていた。
改めて、詐欺は全てを奪うと実感。お金だけでなく、人間関係までも、奪われてしまう。一番悪いのは、だました詐欺犯。子どもたちもそうわかりつつ、だまされた親を許せない気持ちなのだろう。
一方、入院中一度も詐欺犯について語らなかった患者さんを思うと、だまされたと認めたくない心情もわかる気がした。過ちを認めるのは、あまりにも被害が大きい。取り返しがつかない失敗だからこそ、認められないのであろう。
そして、一人の人間から穏やかな老後を奪った犯人は、今もきっと、ほかの誰かをだましている。特殊詐欺の元を絶つには、どうしたらよいのか。
微力ながら、情報を発信し、「はっとする」機会が提供できればと願う。
<近況>
もふこの角膜炎の治療には、お盆休みはありません。1日6回の点眼は今も続いています。原因は不明のままですが、本当に良くなりました。ステロイド開始直前の7月25日の写真と、8月15日の写真を比べると一目瞭然です。


どちらの写真もベッド下にいるのは、目薬が嫌で逃げているから。でも、こうやって顔を出してくれるので、すぐにつかまえられるんですよ。基本的におとなしくて素直なもふこ。点眼や内服の時も、シャーッと怒られた記憶はありません。
著者

- 宮子 あずさ(みやこ あずさ)
- 看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。
著書
「本音のコラム」の13年 2010~2023(あけび書房)、「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ: