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第85回 双葉病院の再出発

公開日:2025年12月12日 08時40分
更新日:2025年12月12日 08時40分

宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業


 皆さんは、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故で被災した、博文会双葉病院を覚えているだろうか。2011年3月11日の震災後、全電源喪失により原子炉が水蒸気爆発を起こした福島第一原子力発電所から至近の距離にあった精神科病院である。

 当時病院とその近くにある系列の老人保健施設患者・入居者を合わせて436人の避難が必要になった。さまざまな混乱の中で、避難には数日を要し、約50人の命が失われた。それだけでも無念な状況であるが、さらに、当時の院長が「患者を置いて逃げた」というデマが拡散されてしまった。

 事情を知らぬ世間の批判も浴び、自らも被災しながら患者・入居者のために尽力した職員の心情は察して余りある。私は当時、精神科で働く看護師として、批判される職員に自分を重ねては、憤りを禁じ得なかった。

 精神科病院には、加齢とともに精神症状が穏やかになっても、受け入れる家がなく入院している患者さんが少なからずいる。退院促進の流れに沿って、私たちも努力はしている。それでも、どうしても軌道に乗れない人はいて、長期入院はなかなか減っていかない。

 そのような状況の病院がまるごと被災したら、その対応は困難を極めるだろう。血縁者の協力もそうそうは得られない。ひたすら転院先を探し、新たな環境に送るのは、どれだけ大変だったことか。それも、そうした業務に当たる人もまた、被災者なのである。

 双葉病院の事件は、医療者がどこまで自分を犠牲にして患者を救わなければいけないのか。そんな重い課題を私に突きつけた、忘れられない事件であった。

 2015年には、デマの元になった震災後の患者避難に関する「誤報」を県が認め、裁判で謝罪。1年間公式サイトに掲載することで和解が成立した。不十分ながらも、汚名を晴らす努力が実ったと言える。こうした事実を多くの人に知ってほしい。

 そして、今年11月17日、双葉病院は博文会市里病院として再出発した。病院名の「市里」は、鈴木市郎前院長の精神科医療に対する理念であった「患者様にとって心安らぐ"ふる里"のような場所でありたい」という願いを込めて命名されたという。

 残念ながら、前院長は開院を見ることなくこの世を去った。きっと空から病院の行く末を頼もしくご覧になっていると思う。

 国が「ニュー・ロングステイを出さない」との方針を出して久しい。精神科医療の進歩は著しく、長期入院が当たり前の時代ではなくなってきた。病前の家族や職場との関係を切らず、元の環境に戻れるのが当たり前になりつつある。

 災害はもちろんない方がいい。しかし、ひとたび何かあった時には、医療者ばかりに負担が偏らないあり方が望ましい。

 市里病院のことを思いながら、そんなことも考えていた。

<近況>

 市里病院の開院記念品をいただきました。双葉病院の名前と市里病院のマークが入った紅白まんじゅう。ここまでの道のりを思うと、目頭が熱くなりました。

写真:双葉病院の名前と市里病院のマークが入った紅白まんじゅうの写真

 市里病院は閉院したいわき開成病院の敷地に建ちました。このコースターの材料は、いわき開成病院が建つ前からその土地に立っていた桜の木。市里病院開設に伴い切らざるを得なかったそうです。込められた気持ちを思いながら、大事に使わせていただきます。

写真:いわき開成病院が建つ前からその土地に立っていた桜の木を材料にしたコースターの写真

著者

筆者_宮子あずさ氏
宮子 あずさ(みやこ あずさ)
看護師・著述業
1963年生まれ。1983年、明治大学文学部中退。1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業。1987~2009年、東京厚生年金病院勤務(内科、精神科、緩和ケア)。看護師長歴7年。在職中から大学通信教育で学び、短期大学1校、大学2校、大学院1校を卒業。経営情報学士(産能大学)、造形学士(武蔵野美術大学)、教育学修士(明星大学)を取得。2013年、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
精神科病院で働きつつ、文筆活動、講演のほか、大学・大学院での学習支援を行う。

著書

「本音のコラム」の13年 2010~2023(あけび書房)、「まとめないACP 整わない現場,予測しきれない死(医学書院)、『看護師という生き方』(ちくまプリマ―新書)、『看護婦だからできること』(集英社文庫)など多数。ホームページ:ほんわか博士生活(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

「本音のコラム」の13年 2010~2023(あけび書房)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

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